36:収穫祭①

 十ヶ月目に入る頃。

 リンネアの修行はもう一段階上の過程に進んでいた。


 最初の修行が一ヶ月で終わり、二つ目の修行は二ヶ月半掛かって終わった。

 なお二つ目の修行に入って二ヶ月目が終わる頃、リンネアはしばし成果が見られなかった事でやけに成長速度が速いか遅いかと言う事を気にしていた。

 その質問の回答は「正直な所分かりません」以外にない。


「そうなんですの?」

 そう言ってなんとも胡乱な表情で彼女は尋ねて来たのだが、

「リンネアは私にとって初弟子だからね。

 そもそも他に比べるものが無いのよ」


 さあどうだと言わんばかりの、他に言い様が無いほど完璧な答えでしょうと胸を張ったのだが、

「でしたらお姉さまはどの位で修業を終えたのですの!?」

 そう来たか~

 私は確かお婆さんに引き取られた一年後の九歳の頃から修業が始まり、十二歳には【賢者】になっていた。


 この修業は……

「どうかなぁ、最初はかなり掛かったと思うけどね。

 私の場合は【魔女】の修行が中心で、どちらかと言うと霊薬の素材を覚えたり調合するための保存方法や加工なんかを教えて貰っていたのよ。

 だから最初の頃は魔法の修行はそんなに力を入れてなかったと思うわよ」

 その答えは失敗だったのか、彼女は再び無言で修業に没頭するようになった。そして半月後、ついに彼女は「やっとできましたの!」と満面の笑みで私に飛びついてきたのだった。



 その修業が終わる頃、リンネアには霊薬の調合も教え始めている。

 霊薬とは魔女の知識ではあるが、無いよりはあった方が良いに決まっているし、私は【魔女】には慣れなかったけれども、リンネアの可能性はまだ分からない。ならば可能性を潰さない為にも、お婆さんから教わった事は全てやるべきであろうと判断したのだ。


 まだ素材の加工方法を教えるに留まっているが、いずれは一人で霊薬を造れるようになって貰いたいものだね。







 さて現在、彼女が取り組んでいる三つ目の修行は、自らの魔力を媒介にして空気中の魔力を集めてきて、それを空の魔石に込めるというものだった。

 ─なおこの修業に入る前に、彼女のモチベーションを上げる為に簡単な火属性の呪文を教えている。初めて使用した魔法で相当にテンションを上げてくれたので効果は抜群だったよ─

 使っている魔石は指輪に入っていた小さくてちゃっちい石なんかじゃなくて、子供の頭ほどもあるドデカい奴だ─これは自らの魔力だけでは、決して埋めることが出来ない様にと言う意味でもある─。



「最初に言っておきます。

 この魔石を満タンにできたら修業は一旦終了となりますが、そこは終着点ではありません。後は独自でより良く鍛える様に、よろしくね」

「つまりこの修業には終わりがないと言う意味ですの?」


 まったくもってその通りだ。

「その魔石を満タンにする魔力を得る為に、媒介とする自分の魔力量をより少なくできたら満タンに出来る魔石の数は増えるはずだよね?」


「はい、確かに仰る通りですの」

「今は魔石だけど、それがそのまま魔法の使用回数や使える魔法のレベルに合致すると思えば、どこまでも上を目指すべきだと思わないかしら」

「なるほどですの」


「ここからは私独自の考察だけどね。これが不得手だと、魔法のスキルレベルの上昇の妨げになると思うわ」

 魔力が足りないから高レベルの魔法が使えない。

 高レベルの魔法が使えないとスキルレベルの上昇はしない。何故ならいつまでも簡単な本を読み漁っていても新たな知識が手に入らないのだからさ。



「あのぉ、前にお姉さまが使われた雷の魔法だとどのくらい必要なのでしょうか」

 リンネアは実に分かりやすく聞き辛いですーという表情を見せている。

 あの威力と魔物の断末魔は、私の中ではややトラウマになっているのだが弟子に聞かれたのなら仕方がない、ちゃんと答えましょう。


「あの時使った【雷嵐サンダーストーム】は、風属性のスキルレベル5の呪文よ。

 あれと同じ魔力量を得るのならば、その魔石を五~六個ほど満タンに出来れば使えると思うよ」

「えぇ~そんなにですの~」

「これでも貴女の師匠ですからね」と、えっへんと大いに威張っておく。


 実は失敗なしでそれほどの魔力を操るのは私でも困難で、聖獣サイラスの加護と、【湖白銀こはくぎんの杖】、それから【綿花のローブ】と言う妖精族らの特殊装備による補助のお陰なのだが、これは言わなくても良い事だろうと口を噤んでおいた。







 どうやら今年、この国はどこの地区も豊作だったそうで、この町のみなの顔はとても明るかった。

 どこも豊作と言う情報はとても良いと思う。

 だってさ、所持している約束手形が間違いなく支払われると言う事を意味しているのだからね!



 事前にアルヴィドに伝え聞いていた手形の換金方法だが、約束手形は収穫月こんげつの終わりに財産管理局に持っていくとお金に変わるそうだ。


 約束手形の発行は財産管理局が行っているので、代金の受け取りと支払いはこちらの管理局が代理に行ってくれるのだ。

 ただし発行人が納金していない場合は支払ってくれないけどね。


 なお財産管理局は、私が暮らすこの町には無い。そのため男爵の治める街まで行く必要があるのがやや手間だろうか。

 まぁ今回に限り、その足で借金を返すので手間と言うほどの事は無い。



 さっさと借金が返したいのと、街では収穫祭なる祭りが大々的におこなわれると聞いたので、私はやや早めの日程で、サイラスやリンネアを連れて男爵の治める街に入っている。


 一月ぶりにやってきた街の中は人でごった返しており、とても賑やかだった。

 特に大通りでは─祭りの間、馬車は通行できない─、前に歩くだけでも人ゴミをかき分ける様に進む必要があるほどに込み合っていた。

 露店で物を買おうなんて無理!

 串なんかを買おうものなら、道行く人の服にべちゃりとタレをつけるのがオチだわ。


 なおキーンには早々に人型を解除して貰い、お嬢様育ちのリンネアがはぐれないように屋根の上から注意して貰っている。



 そんな大通りの人ゴミをみたサイラスがとても嫌そうな表情で、「ここを歩く気にはなれんな」とぼやいた。

 そりゃそうだろう、そもそも一角獣ユニコーンであるサイラスは人に触れられるのが好きではないのだから。

 ただし乙女は除くけどね……



 悪戯心と言う訳ではないが、何気にふと思った疑問をそのまま聞いてみた。

「もしも歩いているのがすべて乙女だったとしたら、どうかしら?」


「ふむ、それなら悪くは無い……、と言いたいが。我にはお前がいるからな、やはりすすんで歩きたいとは思わんだろうな」

 可否を問う回答でよもやそのような殺し文句こたえが返ってくるとは流石に思わず、私は盛大に赤面しつつ、「恐縮です」と小さく呟くのがやっとだったわ。




 収穫祭のため宿はどこも一杯。何とか開いていたのはややお高い宿で、おまけに四人部屋一つだけだった。ぶっちゃけ普段の私なら絶対に泊まらない金額である。


 しかし!

 手形が無事に現金に変われば、今月徴収される税金を納めても借金は無事に完済するのだから今回ばかりは多少の贅沢も構うまい。


「今日明日は派手に行こう!」

「おーですの!」

 声を出したのはリンネアのみ、サイラスもキーンも渋い表情で無言であった。

 なんだか同意の声が小さくない?

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