37:収穫祭②

 本日はお祭りの街中なのだからいつもと違う屋台なども出ているはずで、おまけに資金は潤沢だ。デート代わりにサイラスと一緒にどこかへ出掛けようと思って彼を誘ってみたのだが、

「我がお前と語らうのならば街中ここである必要はない」と素気無く断られてしまった。


 お祭りで屋台が多く出ているから~とか、賑やかで良いじゃないと言うのは人間のお話で、聖獣かれはその様な感性を持ち合わせていなかった。

 考えてみれば屋台が多かろうが彼は食事はしないのだから関係ないし、人が多いと言うのも人からむやみに触れられたくない彼からすると敬遠したい要素なのだろう。


 しかし彼はすっかり気落ちした私に気付き、「我に気にする必要はない、そこな弟子を連れて楽しんで参れ」とフォローをしてくれた。


「じゃあリンネアと二人で行ってくるよ。

 ご飯を食べて財務省の方にも立ち寄って来るから昼過ぎに帰るわ」


「分かった。証文をられぬように気を付けるのだぞ」

 手形の証文は魔法で封がされている腰のベルトポーチに入れてあるから問題ない。そもそもこの服の上に一張羅の白いローブを着るのだから掏り様もなさそうだけどね。


 しかし忠告は素直に受け取り、分かってるよーと頷いて私はリンネアを連れて宿を出ていった。



 本格的にはぐれた場合は屋根にとまったキーンに教えて貰う予定だが、最初からはぐれることを前提に行動するつもりは無い。

 私はリンネアの手をしっかりと握って歩き出した。

 すると、彼女は手をパッと離すと私の腕をしっかりと抱きしめて、「こちらの方がはぐれ離れにくいですの」と笑みを浮かべた。

 確かにはぐれ難いとは思うが、これは交際している者同士が取るポーズだ。


「周りから変な誤解を受けそうだわ……」

「ふむぅ誤解ですか。

 お姉さまはわたくしと姉妹に見えるのがお嫌ですの?」

 実年齢二十七歳に加えて他の世界の記憶を持ち、擦れ切った私と違い、若干十一歳の我が弟子は、普通に仲の良い姉妹が取る意味しかなかったらしい。

 私は素直に謝した。ただし誤解の元となった件は必死に誤魔化したけどね!


 貴族令嬢に百合なんて知識は要りません!!




 貴族令嬢として育ったリンネアは、これほど人が集まった場所に来たことは無く。そして屋台の物も食べたことは無いのだろう。

 通りを歩いているだけで彼女の眼は落ち着きがなくキョロキョロとしている。


 そして貴族令嬢ではないけれど、お婆さんと二人きりで森で暮らしてきた私だってそんな経験は無い。二人揃ってあっちへフラフラこっちへフラフラして、一本目の通りを抜けるだけでもかなりの時間が必要だった。


 おまけに二人の両手には抱えるのがやっとなほどの袋が……

「買い過ぎた」

「ええ重くてもう持てないですの~」


 祭用に設置された休憩所に入って戦利品を広げていく。

 揚げ物に串焼き、そしてパンケーキはそれぞれ数種類。飲み物は南国の木の実ジュースと紅茶のカップが二つにアルコールの瓶が二本。

 続いて甘味だが、紅茶の焼き菓子にドライフルーツが練り込んである団子、そしてバタークッキーが数点。

 食べきれるかは後で考えるとして─無理そうだが─、食べられるだけマシだろう。



 それよりも……

「これは一体なんですの?」

「木彫りの梟です」

 手のひらサイズの木彫りの梟。

 冷静になってみるとイラナイ……


「それは見れば解りますが、どこに使うのですか?」

「なんとなくキーンっぽくない」

「残念ながら梟と言う共通点しかありませんの」

 あっ梟だ~と思って買った品なのでもちろん使い道は無い。強いて言うならちと軽いが紙を押さえる文鎮くらいには使えようか?

 そして似ている以外に意味は無いと言うのに、白フクロウのキーンが木彫りになれば等しく茶色なので、リンネアの言葉もそりゃあ辛辣になるだろう。



 視線を逸らしつつごめんなさいをした後、

「えーとじゃあこのこの小箱やネックレスは?」

 木の箱と貝を花弁のように模したのネックレスを指してリンネアにツッコみ返しだ。

 なおこちらの品は、きっと私より多いだろうリンネアのポケットマネーで購入した物なので私がとやかく言う筋合いはない。


「綺麗でお手頃な値段だったからネックレス買ったのですが、それを入れておく箱が無いのに気付きましたので箱も買い足しましたの」

「これって普段着ける?」

 最近は着けていない様だが貴族のお嬢様がつけるにはなんだかアレな品なのだ。


「お祭りの記念にお姉さまに贈るつもりで買いました」

 そう言われると返す言葉は無くて……

 どうぞですの~と笑顔で箱ごと差し出されれば、「ありがとう」と言うしかない。


 とりあえず使い道がない木彫りの梟を買った師匠に比べて、何とも良くできた弟子だと思ったよ!







 当たり前ですが食べきれませんでした……


 時間が経てばべたつく揚げ物や串だけは、屋根でこちらを監視していたキーンまで巻き込んで何とか食べきった。そしてそれ以外の、乾物系の品は残して袋に入れて宿に持ち帰り、そのまま本日の晩御飯になる予定だ。



 ひとしきり街を廻った後は、リンネアと連れ立って財務省のある建物に入り、手形の証文を役人に手渡した。役人さんは、「少々お待ちください」と言ってカウンターの後ろの机に座って作業を始めた。

 きっと証文が本物か~とか、証文の相手の貴族が支払いを終えているかなどをチェックしているのだろうね。


 五分ほど待つと役人さんが受付に戻ってくる。

「こちらの証文の真偽については問題ありませんでした」

 そりゃそうだろうとコクコク頷く。


「しかし代金はどうやらお支払できない様です」

「はい?」

 首を傾げる私とリンネア。


「この手形の相手であるシアラー男爵ですが、二週間前に急死しております。

 現時点で入金は無いため未納と言う扱いとなっております」

「それは、どの様な、扱いになるので、しょうか?」

 自分の声が思ったよりも震えているのが分かり、焦らない様にゆっくりと問い掛けた。どうやら私は動揺している様だ。


「期限までにシアラー男爵の世継ぎが決まり無事に納金されれば正常に処理されますが、それがされない場合は手形の契約通りに処理されますので、えーと……えぇ!?

 ど、どうやら貴女には男爵位が譲渡されるようです!」

 手形を二度見されて驚かれたのでかなりの特例なのだろう。アルヴィドもそんな事いってたなぁ~と思い出す。

 しかしだ、欲しいのは男爵位では無くてお金なんです。


 世継ぎの方はさっさと処理を済ませるか、誰か男爵位を買ってくれる人はいないかなぁ~

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