16:一生涯の相手

 なんとアルヴィドはバートル爺さんたちのパーティーの一員だった。十年ほどだけ一緒に居たと言う優男の狩人こそがアルヴィドの事らしい。

 顔立ちが整っていて線も細いので確かに優男と言えなくもないが、目つきがどことなく野性味帯びてギラギラしているので全然優しそうじゃないです。

 彼は人族にしか見えないが、数十年経ってもなお三十歳ほどに見えると言う事は、見た目通りの人族ではないのだろう。



 さて私の借金の事を知ったバートル爺さんは、今は行商人になっていた元パーティーメンバーのアルヴィドへすぐに手紙を送った。

 つまり借金返済の為に、彼の持つ商人の知恵を貸してくれと言う事だ。

 しかし彼は行商人ゆえに家にはおらず、手紙を受け取ったのは三ヶ月も過ぎた今頃になったと言う。


 アルヴィドをここに連れてきたから、バートル爺さんは自分の役目は終わったとふて寝、ただしやっぱり気になって帰れずに寝たふりしている辺りが可愛いけどね。




 バートル爺さんがふて寝してすぐに、我が愛しの聖獣様がすっかりと着替え終わってやって来た。彼はソファーに転がるバートル爺さんには目もくれず、アルヴィドをジッと見つめていた。

 意味ありげな視線ゆえに、アルヴィドは眉を顰めたが結局サイラスは何も言わずに私の隣の席に座っている。


 なんだか微妙な空気が流れたが、「では話をお願いします」とアルヴィドを促して話を先に進めて貰う。

 そして彼は最初に、

「シャウナ、お前とは子供の頃にマルヴィナのところで出会っている」と言った。

 先ほど玄関口でもそんな話になったが、残念ながら私には幼い頃の記憶はないから、私には覚えがありませんとすげなく返している。

 だが彼は驚くことに、私に幼い頃の記憶が無い事も、さらには私が謎の記憶を持つことさえも知っていた。



「なぜ貴方が知っているの!?」

 それはお婆さん以外に誰にも言ったことが無い話なのだから、さすがにこれには驚きを隠すことは出来なかった。


「お前は最初から異世界の記憶を持つ不思議な子だったそうだ。

 そのことを気味悪がった肉親から虐待されて育った。行商人だった俺は偶然その場に居合わせてお前を買った。

 だが一所に殆ど滞在しない行商人である俺には、満足な子育てなんて出来ない、だからマルヴィナに預けたんだ」


「じゃあ私に幼少期の記憶が無いのは……?」

「それはマルヴィナが辛い記憶だからと魔法で封印したからだな。

 折角封印してある物だが、今回は借金を返すために思い出して貰うしかない」


 何故その必要があるかと言えば、

「お前には本来、異世界の記憶がある。

 これを元に異世界の商品を作って、新しい物好きの貴族に売るのが良いだろう」

 金貨なんて大金を、日ごろ銅貨や大銅貨を主に使用している市民を相手にして稼ぐには無理がある。だったら日ごろから金貨を使用している貴族を相手に商売すればいい。

 その異世界の記憶こそが〝商売のタネ〟になるのだと。

 これがアルヴィドの出した案であった。



「封印が解ければ〝あの記憶〟を思い出すことが出来ると?」

 今ではおぼろげになっているあの不思議な世界の記憶。


「ああ俺はマルヴィナからはそう聞いている。

 もちろんマルヴィナの魔力にお前が勝てれば、だが……。今回は勝って貰わないと困るからな、何とか頑張ってくれよ」

 お婆さんは魔女の予見でこれを知っていたから伝言を残したのだろうか?

(ふぅ一体どこまで実力が高かったのよ)


 さて、確率はどうだろうか?

 魔女は人の心につけ込む魔法に長けている、対して賢者は魔法全般に通じている。言い換えれば一点突破と広く浅くと言う感じか。

 しかしながら今回防御側になる私には、賢者は魔法に強いと言う抵抗力側の補正も期待できる。一点突破に対して、賢者の魔力と抵抗力が合わされば、届く可能性は十分にあるか……

(良くて六割、悪ければ五割って所かしらね)




「ところで、突然子供を預けるなんて、お婆さんとは一体どういう関係だったの?」

「惚れた女だ」

 表情も変えずにしれっと言うとは!


「えっ……、まさかお婆さんの恋人!?」

(だから俺の子を頼むって? キャー!!

 いやいや、むしろそれは『どこの子よ!』って呆れて振られんじゃないの!?

 修羅場だわ修羅場!!)


 自分の世界に入ってブツブツと呟く私に、彼の冷淡な声が聞こえた。

「俺は角を折ってあいつに告白したが振られた。だからパーティーを抜けた」

「えっ角?」

 そんな痕跡はどこにも無いのだが?


「その雄は確かに一角族だ。

 角を渡すとは、お主その女に本気であったのだな」

 どういう事かと思い聞いてみれば、一角族には生涯これと決めた相手に角を折り渡す風習があるそうだ。二度と生えてこない角を折って渡す、これで『生涯お前だけを愛する』と言う意味になるそうだ。

 ただし一角族(二角)とか(三角)にはそんな風習は無いらしいわね。

(渡す相手が二人や三人になるからかしら?)



 それにしても、

「カッコいい! 生涯の相手にですってキャー!!

 私も言われてみたいわ!!」

 お婆さんのまさかの恋バナが聞けて私が一人テンションを上げていると、隣に立つサイラスが段々と不機嫌な表情になって行った。

 そしてあるピークのところで、「我も同じことをしたではないか」と、ぼそり……


 確かに角は頂いたのですが……

「でもカッコいい台詞で告白はしてくれなかったわ」

 それに一角獣はまた生えてくるから一生涯じゃないじゃないの……、とは間違っても言わないけどさ。


「今か、いま言えばいいのか?」

「あら今さらではダメよ、角と一緒に言ってくれないと効果半減よ」

「くっ、半減でもなんでもよいわ! あとで心して聞くが良い!」

 さすがに皆の居る前ここで言わない分別はまだ残っているらしく、彼は怒りだか恥ずかしさだかで赤面しながら吠えていた。


 そんな私たちは、アルヴィドに「痴話げんかはまだ続くのか?」と、笑われて話が脱線していた事に気づき、改めて二人で赤面することになった。

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