15:行商人

 店を始めて三ヶ月目も半ばに入ったある日の事。いつも通り雑貨屋に行くと何やらジェニーおばさんが、カウンターの奥からちょいちょいと手招きをしていた。

 どうやら私を呼んでいるらしい。


「何かご用ですか?」

 私がジェニーおばさんの居るカウンターの奥に入ってそう問い掛けてみると、

「いまシャウナちゃんが扱っている薬はどれも安い物なのよね?」

 以前通りの霊薬も無いわけではないが、最近は安い物の棚に押されているので陳列はしておらず、必要なら聞いてくださいと言うスタンスになっている。

 だから棚に置いてあるのは全て劣化版の霊薬ばかりだ。


「はい、いまはどれも銅貨五枚の物しか置いていません」

 当初の銅貨三枚から瓶の価格を考慮して少し値上げしたのだ。


「だったらあたしの方で代わりに店番をするから、シャウナちゃんは一日中ここに座っている必要はないわよ」

 棚を借りた当初は、〝高価な品は怖くて扱えない〟と断られたのだが、どうやら今の値段の品なら一緒に取り扱ってくれるらしい。

 ジェニーおばさんが店番をしてくれるのならば、今後、私の方では朝方に薬の調合と補充だけを行えばよくなるからとても有難い申し出であった。


「是非にお願いします」

 間髪入れずにお願いすると、

「じゃあ店番はあたしがやるわね。それで~」

 すぐに返事をしてしまったのだが、どうやら無条件じゃなかったらしい。

(ううぅ~この迂闊な所が今の私の現状を産んでるんだわ)


 心の中で頭を抱えて反省していると、

「実はここに子供たちが来ているでしょう。

 空いた時間で良いから、その子たちにお勉強を教えて上げてくれないかしら?」

「はい? 今も教えていますけど何か問題がありましたか」

 正式に頼まれたのはこれが初めてだと思うが、今までも同じように文字の書き方や読み方なんかを教えている。

 覚えの早い子などは、もう簡単な本ならばすらすらと読めるほどに成長している。


「あらごめんなさい言い方が悪かったわね。あたしが店番を代わるとシャウナちゃんはもうここに来る必要が無いでしょう?

 でも子供たちの為にお願いよ」

 あぁなるほど、私が来なくなることを危惧していたのか。


「それはもちろん構いませんよ」

「そうなの!」

 ジェニーおばさんはとても嬉しそうに微笑んでいた。確か彼女の子供は混じっていないはずなのだが……

(きっと子供が好きなのね)

 こうして私は在庫補充でやって来る朝から昼までの間だけ、今まで通りここで子供の勉強を見ることになった。







 三ヶ月目の収支は、銀貨にして一枚と銅貨が八枚だった。

 先月の青銅貨四枚に比べれば今月はなんと二百七十倍!


 来月以降もこの成長率を維持すれば、再来月には晴れて借金返済となる……、わけが無いわよね。

 町に疫病でも流行らない限り、薬の消費量が極端に増えることは無いだろう。


 値上げしてみたがやはり瓶の代金が高くて、一本あたりの儲けがあまり多くない。

 もっと瓶を安く仕入れることができれば……

 いいえ、そうじゃないわ。

 銅貨五枚程度の中で利益が少しばかり増えようが焼け石に水だ。これで一年で金貨二枚に届くとは思えない。

(何か手は無いかしら)




 収支が出た翌朝、ドンドンドンと言う玄関の扉が壊れるかと言う音が鳴り響く。微睡の中に居た私はその音で飛び起きたのだが……

 なぜここの町の人は早朝にやってきて扉を叩くのであろうか?

 知識を得ることを至高とする賢者ではあるが、その疑問の答えよりも今はのんびりとした朝の時間の方が惜しい。

 しかし扉が破壊されれば、間違いなく訪問者の方がエライ事になるので私は渋々起きることにする。

(侵入者とみなしたダンフリーズトレントが攻撃しちゃうわ)


「サイラスちょっと放して」

 私を後ろから抱える様にしているサイラスの手をポンポンと叩いて合図する。どうやら昨夜は勝手にベッドに入ってきて抱き枕にされていたらしい。


 私の合図で起きたサイラスは、不満げに「雄の匂いがする」と言った。

 んん、男じゃなくて、雄?

 起き抜けなので聖獣様も寝ぼけているのかしら。

「ほらっドアが壊れる前に出るから放してよ」




 急いで準備を終えてドアを開けるとそこにはドワーフのバートル爺さん居た。

 なるほどドワーフが力一杯に叩いていたのであんな音がしたのか~


 努めて笑顔を作り、

「バートル爺さんいらっしゃい。久しぶりね」と挨拶をした。

 彼を玄関のドアを開けて出迎えると、彼の後ろに見知らぬ男性が一人立っている事に気づく。オレンジの長髪を後ろで結んだかなり美形のカッコイイおじさん?

 青年と言うほどには若くなく、中年と言うには若すぎる。


「初めまして、シャウナです」

「俺の名はアルヴィド、そうか覚えていないか……」

「おや? どこかでお会いしていましたか」

 このような鮮やかなオレンジの髪ならば忘れることは無いと思うのだが、頭を捻ってもやはり記憶には無い。


「ここで話しもなんじゃ、ちょいと上がらせて貰うぞ」

 バートル爺さんが話を遮り、

「あっ失礼しました。

 キーン、お茶をお願いね」

「ホゥ」と一声、屋根の梁からひょいと飛び降りて初老の執事姿に変わると、彼はそのまま台所の奥へと消えて行った。




 バートル爺さんがドカッとソファに座り、アルヴィドの方は丸い食卓テーブルの方に座る。えーっと、二人は仲が悪いのですかね?

 私はどちらに座ろうかな~と、視線を彷徨わせるとバートル爺さんがお前は丸テーブルに行けと顎で合図を送ってくれた。

 どういう分け方だろうと思ったが、座ってみて思い出す。

(そうか、ドワーフは首しか出ないんだった!)


 さてキーンにより皆の前にお茶が前に置かれると、

「実はな、借金の話を聞いてから儂なりに考えてみたんじゃが、なんも思い浮かばんかった。だが一つだけ、いけ好かない狩人の事は覚えておったから手紙を送っておいたんじゃよ。

 それがこの馬鹿者が、まったく音沙汰が無くてこんな時期になっちまった。すまんかったのぉ」

 全く話が見えません!!


 何度も首を傾げる私を見て、

「やれやれこの脳筋ドワーフは相変わらずの様だな。

 もう少し順序立てて説明は出来ないのか」

 アルヴィドがフンと鼻を鳴らして馬鹿にした。


「ちぃ。だったらお主がやれ。

 もう儂の用事は終わったからのぉ!」

 そう言うとバートル爺さんはソファにごろりと横になる。もしかしてこれは会話に参加しないよと言うポーズかしら?

 どうやら二人はとても仲が悪いらしいわ。

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