17:異世界の記憶

 一番の懸念であったお婆さんの封印は、無事解くことが出来た。

 すっかり失念していたが、私には聖獣サイラスの加護があった。つまり人間が聖獣の魔力に勝てるわけが無く拍子抜けするほどにあっさりとね。


 さて無事に異界の知識を取り戻すことが出来た私だが……

 なるほど、これはお婆さんが封印したのも理解できる。

 私が言葉を解して話す様になって、そして見かねたアルヴィドが私を買い取るまでの間、私には虐待の記憶があった。


 異世界の記憶を話す私を気味悪がった父親は、ある日を境に家に帰ることが無くなった。その後からしばらくで、母親から過度の虐待が始まっていた。


 うっかりと異世界の記憶から何かを喋ろうものなら、日夜問わずに樹に縛り付けられた。夜には野犬などの遠吠えに恐怖して過ごした。また人前で話せば家に帰ってから、桶に入れた水を被せられて濡れたまま家から追い出される。

 数年それが続いた頃には、母と同じ年代である二~三十代の女性が怖くなり、見るだけで萎縮してしまい挙句に吐き気を覚えようになっていた。



 嫌な記憶が一気に蘇った事でむかむかとした吐き気を覚える。立っていられない気分になり、手近な椅子に座ろうとするが、上手く足に力が入らずに倒れそうになった。


 ふらっとよろめいた瞬間、横からスッと手が差し出されてとまる。

 私を支えてくれたのはサイラスだった。


「顔が真っ青だぞ」

 彼はそう言って私をギュッと抱きしめてくれた。

 さらに背中に回した手で優しく、まるで子供をあやすかのようにポン、ポンとゆっくりと叩いてくれた。

 次第に気分が落ち着いてくる。

 あれは過去の事、今は大丈夫、大丈夫……



 たっぷりと十分ほど、

「ありがとう、もう大丈夫だと思う」

「そうか」

 短い返事、しかし背中に回った手は緩むことが無くて、

「ねぇなんでまだ抱いてるの?」

「我が離したくないからだ」

 まあいいか。

「ありがとう」



 サイラスに抱きしめられながら、私は異世界の記憶の方を探っていた。この世界とは似ても似つかない世界の記憶。

 誰も知らない知識を得ると言うのは、なんと賢者冥利に尽きることか。

 惜しむべくは私の手柄や功績では無いのが残念かしら。


 続いてこの世界に無くてあったら便利そうな物を考えていく。

 アルヴィドは〝商売のタネ〟と言う言い方をしたかな?


 実際の構成やら造り方などを知らなくとも、キーワードさえあれば賢者の固有アビリティである【知恵の館バイト・アル=ヒクマ】で調べて、きっと再現することは可能であろう。

 ただし、〝もって来ちゃいけない物〟があるから慎重に考えなければならない。

(戦争に使われる未来しか見えない〝火薬〟はその筆頭よねぇ)







 数日後、実際に再現するにあたり、「原材料はどうするの?」と言う至極当然の疑問が湧いた。例えば私が不便なので、手始めに〝クリップ〟や〝ヘアピン〟、それに〝安全ピン〟を造ろうと思ったのだが、それを造るには金属が必要となる。

 もちろん金属と言ってもなんでも良い訳では無くて、ステンレスが理想だ。


 当たり前だがこちらの世界にステンレスと言う金属は存在していない。それどころかこの世界の製鉄や製鋼の技術は低くて、武器や防具を造る鉄や鋼でさえも純度は余り高くないようだ。

 だったらまずはステンレスを製鋼するのが先よね。


 ステンレスの材料は鉄にクロムとニッケル。

 武器防具にも使われている鉄などは、市場に多くそして安く出回っている。しかしクロムとニッケルは聞いたことが無かった。

 困ったときの【知恵の館バイト・アル=ヒクマ】によれば、チェスロック火山に棲むマグマ状の魔物がドロップすることがあるそうだ。なおこいつは、色々な金属を出すのだが─この世界では─使い道のない金属しか出さない事から、冒険者もあまり相手にしない魔物だってさ。


 さすがは異世界!

 鉱山からゲットじゃなくて魔物からなんだーと、別の意味で感動したわ。



 マグマ系の奴なので動きが早くない。つまり遠距離で弱点魔法が使用できる魔法職わたしにとっては脅威でもなんでもない敵だ。


 早速狩りに行こうと準備してサイラスと出掛けようとしたのだが、町でそちら行きの馬車に乗ろうとする前に見知らぬ騎士さんに止められた。

「失礼ですが、貴女は賢者シャウナ様ですよね?」

「はいそうです」

 この騎士さんはこの町で知られる〝魔女〟と言う通称では無くて、〝賢者〟と言ったことから、どうやら町の人ではない様だ。非常に残念ながら、町の人はいまだに私を魔女だと思っているのだからね。


「マクフォール男爵様からの命令で、貴女は町の外への外出は禁じられております」

「はい?」

 つまりどういう事かと言えば、借金の約束を反故にして町から逃げ出さない様に~と、彼らは私の行動を監視していたらしい。


「ちょっと用事でチェスロック火山に行きたいのですが……」

「申し訳ございませんが許可されておりません」

 以後は何を言ってもダメの一点張りだった。




 と言う訳で、私は自由に外出できない事をアルヴィドに相談した─商品が出来るまでの間、家に泊まって貰っているのだ─。

「そうか、外出許可が出ずか。

 ならば冒険者を雇うしかないだろうな」

「そう提案すると言う事は、もしかして伝手があるのかしら?」

 彼は静かに首を振った。


「伝手も何も関係ないさ。

 この町にも冒険者に仕事を依頼するギルドならある。そこで依頼を出せばよい」

 仕事の内容を決めてギルドに依頼を出せば、冒険者がそれを請けてくれる。品物と代金のやり取りはギルドが間に入って仲介してくれるから、気性の荒い冒険者らともめる心配も無い。


 報酬を高くすれば品物は早く手に入り、安くすれば誰もやらないか遅く手に入る。

「報酬の加減が難しいが、何度も出せば専属化する奴も出てくるだろう」

 同じ依頼を出せば冒険者も慣れていく、慣れれば彼らも効率が良くなるからそれを請ける。さらにそれが定期的に出るとなれば、専属化してその依頼待ちになる冒険者も生まれるかもしれない。


「鉱石はそれで手に入るとして、後は加工の方ね」

 できれば今回造るステンレスの製法は秘匿しておきたいので、作業して貰う鍛冶屋は少ない方が有難い。

 まぁ炉が対応していないと思うから、製鋼方法を知っても再現できないだろうが……


「それならば、職人ギルドの方に頼めば大抵は請け負ってくれるだろう。

 まぁ鉱石の扱いだったらバートルに頼む方が早いかもしれんな」


 どうしてここでバートル爺さんなのかと首を傾げれば、

「もう引退しているが奴は鍛冶屋だ。もうろくしてなければ、鉱石の取り扱いくらいはまだ出来るだろうさ」

 冒険者を引退した後は鍛冶屋になって、武器を作っていたそうだ。

 今は引退して、工房は息子に譲ったとか。


「ちょっとバートル爺さんのところに行ってくるわ!」

 バートル爺さんの助力を得るため、私は町に向かって走って行った。

 まぁ五分も続かず息切れして素直に歩いたけどさ。

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