24:グレンヴィル伯爵領へ①

 私に対して、自領地以外への外出を堅く禁じていたマクフォール男爵だったが、グレンヴィル伯爵の名前の前ではそんなことは言えなかったらしくて、渋々だけど外出を許可して貰った。


 なおグレンヴィル伯爵領への移動だが、「何かあっては困る」と、マクフォール男爵から護衛の為にと衛兵を二人付けて貰っている。

 もちろんこれは護衛じゃなくて監視だ。えぇ解ってますとも。



 ここからグレンヴィル伯爵領へは、途中【転移の魔法陣】をくぐって馬車で五日と言う距離になる。もちろんそれは、何も観光せずに走り抜けた場合に限り、だ。


 私は頭の中に予定を思い浮かべては消すと言う作業を行っていた。

 まず今月分の霊薬はやっと瓶を購入する資金が入ったので急いで造って、先日やっとこジェニーおばさんに渡した。

 その際にはジェニーおばさんとお母さんたち、それから子供たちには半月ほど町からいなくなる事を伝えてある。


 それからマイコーとイーニアスにも先日旅立って貰った。いつも通り一週間で帰ってくるだろうから、鉱石はバートル爺さんに渡して貰う算段になっている。

 報酬はやや遅れるが、伯爵領から戻ってから渡しますと伝えてある。そしてこれがイーニアスが協力してくれる最後の一回。マイコー一人で行かれては困るので彼にも依頼は終了と伝えておいた。


 そしてバートル爺さんには造って貰う品は伝達済みで、グレタ婆さんにも出立の挨拶は済んでいる。


 アルヴィドが戻るのは二~三ヶ月後だから、これは考えなくても良いわね。

 サイラスとキーン、それからリンネアは今回の旅に同行して貰うので家の留守番はダンフリーズトレントにお願いしておいた。

 よし問題なし、途中の街で少しだけ観光して来よう。




 旅の代金は自分の為の旅行だからリンネアが持つと言ったのだが、じゃあよろしくと弟子に払わせる訳には行かない。


「いいえ私が払います」

 たとえ師匠が借金を背負っていて、弟子が実は貴族で金持ちでもダメな物はダメ!


 しっかりその意図は通じたようで、彼女は我を通すことなく素直にお礼を言った。

「わたくしの為にありがとうございます」

「いいえ大丈夫よ。弟子をとるのだから私もちゃんとしないとね」


 さて馬車代はと言うと、まずはグレンヴィル伯爵領の最初の街まで三日。食事付き一人分が銅貨二枚なので白フクロウ姿に戻っているキーンを除いて三人分、つまり銅貨六枚だ。なお【転移の魔法陣】の使用料は馬車を運営している会社が払うので考慮しない。


「ところで食事なしの場合はいくらかしら?」

「おやお姉さん珍しいこと聞くね。

 えーっと確かこの辺に……、あったあった。

 食事代は青銅貨七枚だから、乗車賃だけなら一人当たり銅貨一枚と青銅貨三枚だよ」

 馬車の食事は鍋でどっさり調理するので安く済む。三日の道中、どうせなにかしら食べる必要があるのだから、乗合い馬車を利用する人でそれを断る者はほとんどいない。

 しかし食事を付けると、一人だけ食事を必要としない聖獣のサイラスがとても浮くからこればかりは仕方がないだろう。


「じゃあ食事なしを三人分でお願い」

「あいよ。えーっと、銅貨三枚と青銅貨九枚だね」

 指折り数える男に私は四枚の銅貨を出して一枚の青銅貨をお釣りに貰った。




 さてまずは三日間の馬車の旅だが、これを無為に過ごすのはよろしくない。

 私は【知恵の館バイト・アル=ヒクマ】から次に立ち寄る街の情報と、グレンヴィル伯爵領の知識を取り出して事前に学習しておくことに決めた。


 そして新たに弟子となったリンネアには、早速〝魔法使いの弟子〟としての訓練を開始して貰う事にする。


 魔王を名乗るモノが存在しおまけに魔物が大量に出没していた過去ならばいざ知らず、平和になったこの時代では、人族の魔力を操作する器官はすっかり衰退しており満足に魔力を操ることは出来ない。

 だから魔法使いになるには、まずは魔力を感じる訓練から始める。


 私は馬車に乗る前に小さな魔石がついた指輪をリンネアに渡した。

 指に付けて貰った後、彼女の逆側の手を握った。その手から彼女の体の中を通るように逆側の指にはめた指輪へ向かってゆっくりと魔力を送っていく。


「なんだか体の中がぽかぽかしますわ」

「それが魔力の流れた感覚だよ。ちゃんと覚えてね。

 ぽかぽかすると言う事は、リンネアはきっと火属性だと思うわ」

「火属性?」

「えっとね、体温が上がれば火属性、冷たく感じると水属性、くすぐったかったり痺れる感覚だと風属性、何かが移動する感覚があると土属性と、まぁ大体こんな感じかしら」


 彼女は「へぇ~火属性ですの~」と呟いた後、

「でしたらお姉さまは何属性ですの!?」と、上目使いで目をキラキラさせて問い掛けてきた。

「私は風属性かしら」

 キラキラだった目が一瞬でしょんぼりとする。

 私が慌てて、「まぁ最初はそれが得意だと言うだけで、そのうち何でも使えるよ」と、付け加えれば、彼女はほっと安堵の息を吐いた。

 なんか疲れるわ~




 馬車はガラガラと走る。

 サイラスは本を読む私にピッタリと寄り添って右隣に座っている。何やらご満悦っぽいので機嫌は良いようだ。


 リンネアはサイラスの逆側だ。

 彼女は指輪をはめた右手を顔の前で広げ、首を傾げながら魔石の入った指輪を無言でじぃと見つめていた。

 私も昔は何も感じなくて睨み付ける様に指輪を見ていたものだ。だから見つめたい気持ちはすっごく分かるよ!


 しかしお婆さんから生前、「いま魔法の伝授は秘匿されているんじゃ」と聞いているので、人前で大っぴらに教える訳には行かない─馬車の中には他の客もいるのだ─。

 だったら口に出さなければいいかな?


 私はリンネアの持ちあがった手を取り指輪をスッと抜き取った。

「あっ!」

 そして今度は左手をとって先ほど抜いた指輪をはめる。

「はぅ!?」

「?」

 謎の声がリンネアから発せられる。まあいいや。これで指輪は私の逆側になったので、彼女の右手をギュッと握ってゆっくりと魔力を流してあげた。


「あっ……ふぅぁ」

 リンネアからなにやら艶っぽい声が聞こえてビクッと隣を見ると、彼女は目を潤ませて頬を高揚させていた。

 火属性の彼女は体がぽかぽかするとか言っていたから体温が上がったのかしら?


 ちなみに五分ほど魔力を流してから手を放すと、不満げに「むぅ」と声が聞こえた。

 どうやらまだ感覚が掴めていない様だわ。

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