23:賢者の弟子

 泣きだしたリンネアを何とか宥めてから、改めて彼女の素性を訊ねてみた。

 しかし彼女は首を横に振って口を噤んでいる。

 私はまた泣き出されては困ると、穏やかな口調を意識しながら、

「ねぇリンネア。もしも貴女が弟子をとる立場だったとして、自分の事を正直に話せない子を弟子に迎えると思う?」

 それを聞いた彼女はハッとして、頑なに噤んでいた口を開き、自分の事をぽつぽつと語り始めたのだ。


 身なりや仕草からも想像できたことだが、彼女はやはり貴族の出身であった。ただし爵位は黙秘、しかしこの辺りの貴族ではないと言った。


「貴族の貴女がどうして弟子になりたいの」

 貴族に生まれたと言うだけで、食事や住む場所に困ることは無く将来は安泰だ。なれるかどうかも分からない賢者の弟子なんかよりも、そちらの方がよっぽど良いだろう。

 なお魔女の弟子だったはずの私が、なぜか賢者になったのだから、これは実体験に基づいた考察である。



「わたくしは末っ子で、上に兄が二人と姉が三人いますの。

 兄弟が多くて、将来暮らすのに十分な資産分けがある訳ではないのですから、今のうちに職を付けようと考えて弟子入りを志願いたしましたの」

「嘘ね」

「え?」

 前半は兎も角、後半の言葉は、事前に使っておいた【嘘発見センスライ】にビンビンに反応があったのだ。


「次は無いわよ」

 声のトーンを一段落として警告する。

「……はい、申し訳ございませんの。

 実はわたくし、婚約者が嫌で逃げてきました」

 最後通告が効いたのか、今度の話は本当だ。


「相手は貴族なのでしょう?

 何が不満だったのよ」

 多少顔が悪くとも貴族ならお金がある、借金していても屋敷や領地などの財産があるのだから何とかなるとも言えよう。



「わたくしの婚約者は二十八歳のおじさんなんですの」

「おじさん……と言うのは、実のおじさんで貴女と血が繋がっていると言う?」

「いいえ。そうではありませんの。

 わたくしは今年で十一歳ですの。ですから、二十八歳なんておじさんですの!」

 十一歳と二十八歳、十七歳差の未来の旦那様か。

 赤の他人だけど年齢的におじさんだと……、なるほどそう言う意味か~



「わたくしが年頃の十七歳になる頃には相手は三十四歳。とても耐えられませんの!」

 結婚が早いこの世界であれば下手すれば十七歳上とは父と同じ年齢の男性と言う事になる。まぁ彼女は六人目の末っ子なので、幸いにも父親はもう少し年が上なのだけどね。

 逆に自分よりも若いからと言う事で婚約を結んだ可能性もあるのかしら?


 なるほどねぇ言わんとすることは理解したわ。



 しかしアレだね。

 彼女の何気ない発言は私の心を地味にえぐってくれたよ。

「その理論で言うと、今年二十六歳になった私はおばさんと言う事になるんだけど?」

「えっ!? ええっ!?」

 驚きの表情で、じっくりと顔を二度見された。


 そりゃそうだろう、年齢を公言していないから勘違いされるのだが、聖獣のサイラスと契約している私は成長が止まっていて、見た目は十七歳にしか見えないのだから。なおその見た目から、彼女は私が賢者には見えずにサイラスに走り寄ったらしい。


「お姉さまは本当に二十六歳なのですか?」

「ええ間違いなく二十六歳よ」

「ほぇー、賢者様と言うのは凄いのですねー」

 魔女には及ばないながらも、賢者は寿命が長いと言われているからそう思ったのだろう。リンネアは口をぽかーんと開けて感心していた。



 私は、驚きから復帰したリンネアからさらにもう一つ嫌な情報を貰った。


 どうやら婚約者様には現在愛人がいるらしい。

 それを知った彼女は父に泣き付いたと言うが、父の方は、

「愛人なんてものはお前が美しく育った五年後には見向きもしなくなるだろう。

 だからお前が嫁ぐ頃にはまったく問題なかろう」

 と言ったそうだ。


「はぁ? 何その糞オヤジ!」

「くそっ!? ……お、お姉さまはしたないですの。

 でも判って頂けましたよね!」

 これが彼女の作り話だったらどれだけ楽だったか、しかし残念かな、【嘘発見センスライ】はこれを真実だと告げていた。



「あーうん。事情は分かったわ。

 けどさ、なんでここに来たのよ。弟子になりたいってのは嘘でしょうが」

 そうなんです。彼女の最大の嘘は〝弟子になりたい〟と言う発言だったりするのだ。


 彼女は上目使いで私を見つめながら、

「賢者様ならばなんとかしてくれるかと思いまして……

 だって困った者には知恵を貸して下さるのでしょう?」

 それは物語のお話で、創作なんだよと言えたらどれだけ楽だろうか。

 他の賢者がどうなのかは知らないけれども、少なくとも私は自分の知識を高めることが重要で他人に構っている暇はない。

 だから頼られても困る。


「う~ん私にそんな知恵はありません」

「ええっ!?

 じゃあお姉さまは、わたくしに我慢しておじさんと結婚しろとおっしゃるのですか!?」

「まずはちゃんと両親と話してみたらどうかしら?」

 彼女の態度から、きちんと話す前に逃げ出したのではと推測してみたのだが、どうやら図星だったようだ。


「分かりましたの。

 では両親を説得してみますので、一つだけお約束頂けませんか?」

 この子はこれ以上私に何を求めるのだ……


 やや投げやりに、「なにかな?」と聞けば、

「許可を貰ったらわたくしを本当に弟子にして貰えませんか?」

 今度の言葉は嘘ではない様だ。

 この少女は、一体この短い間にどんな心変わりがあったのだろうか?


 きっと彼女が真剣に嫌だと伝えれば婚約は破棄になるかもしれないが、賢者の弟子なんて言う将来性の無い事に許可が下りることは無く、きっと彼女に新たな婚約者を見繕うだけだろう。

 弟子になりたいからとホイホイなれるほど貴族と言う身分は軽くないはずだ。

「まぁいいわ。両親から許可を得ること。これが条件よ」

「はい、頑張りますの!」




 そして十三日後。

 朝から、コンコンコン!! コンコンコン!! と言う聞き覚えのある連続ノックの音で起こされた私は、再びリンネアの訪問を受けていた。


 彼女は満面の笑みで封書を差し出しながら、

「お姉さま、無事許可を貰って来ましたわ!」と言う。


「はい?」

 差し出された封書を受け取って裏を見れば、差出人はグレンヴィルと署名ある。ついでに彼女を護衛する私兵っぽい姿も後ろに見える。

 どうやら今回は本当にお忍びでは無いらしい。


 慌てて蝋印を剥がして中の手紙を取り出して確認すれば、

『賢者様の弟子になれるほどに名誉なことはございません。

 至らない娘ですが、なにとぞよろしく頼みます。

 グレンヴィル伯爵』


「は、伯爵様!?」

 平民の私には下級貴族にさえも─借金以外に─縁がないと言うのに、この子はまさかの上級貴族のご令嬢であった。


「はい! わたくしグレンヴィル伯爵令嬢のカイトリオーネアと申します。

 ですが今まで通り、リンネアと気軽にお呼びくださいっお姉さま!!」


 これは不味い事になった。

 はいはい~と、この書面だけで大切なご令嬢を預かる訳には行かないだろう。

 せめて一度だけでもグレンヴィル伯爵にご挨拶に行きたいのだが、果たしてマクフォール男爵は外出を許可してくれるのだろうか?


「はぁ……」

 私の口から深い深い溜め息が漏れた。



六ヶ月目(※銅貨未満は切り捨て)

 前月繰繰越______________ _______│_______│


 行商収益____銀貨九十枚_____ ___9000│_______│

 霊薬販売益___銀貨一枚、大銅貨九枚 ____190│_______│


 鉄鉱石仕入額__銀貨二枚、大銅貨一枚 _______│____210│

 その他雑費________大銅貨四枚 _______│_____40│

 雇用費二回________大銅貨六枚 _______│_____60│

 生活費__________大銅貨二枚 _______│_____20│

=====================================================

 小計________________ ___9190│____330│


 最終収支額_銀貨八十八枚、大銅貨六枚 ________________│___8860

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