22:少女現る

 六ヶ月目は日本で言えば梅雨の月だ。

 まぁこの世界には梅雨なんてものは無くて、だたの春先だけどね。


 春の朝というものはどこかのんびりしているから目が覚めても、起きずにベッドでしばらく微睡むのが良いと思う。


コンコンコン!! コンコンコン!!



 だからさぁ! この世界の奴らはなんで朝早くに玄関を叩くんだよ。



コンコンコン!! コンコンコン!!


 ドワーフ族であるバートル爺さんの力に比べれば非力なのか、音は軽いのだが、とにかく回数が多くて耳障りだ。


 私は寝間着の上に白いローブだけを羽織るとお馴染みの【浄化クリーン】を使って、しぶしぶ玄関のドアを開けた。

「はいーどちら様~?」

 じぃ。

 目の前には十歳ほどの旅装束の少女が立っていて、無言で私を見つめていた。


 少女が何か言うかと思ってしばし待ったが無言。

 耐えかねた私は、

「えっとあなたが玄関を叩いていたのよね?」

 しかしコクリと頷いただけで返事は無く、じぃと。


 なぜ無言で私を見つめる、少女よ。

 私が首を傾げると、あちらも同じ方向に首を傾げてきた。


「うちに何か用かしら?」

「わたしはここに住む賢者様に会いに来ました。賢者様をお願いします!」

 お、喋った! と驚くのもつかの間の事。

 丁度そこへサイラスがトントンと階段を降りてきて、少女の瞳がキラリと光った─様な気がした─。

 彼女は私の脇をすすすっとすり抜けるとサイラスの元に走り寄り、

「もしや貴方様が賢者様ですか!!」と、手を胸の前で祈るようなキラキラ目のポーズでサイラスを見つめてそう叫んだ。


「誰だ?」

 短い言葉だが不満げ、そしてそれは私に問い掛けた言葉だったのだが……

 私の言いたい台詞も正にそれ。


「賢者様、わたくしはリンネアと申しますの!

 是非とも貴方の弟子にしてくださいな!!」

 ペコリと綺麗な礼を取る少女、もといリンネア。


 サイラスは面倒くさそうに、「だそうだ」と言うと、キッチンの方へ消えて行った。

 きっと我が聖獣様は、眠気覚ましの朝のコーヒーをキーンに淹れて貰うのだろう。ぜひ私の分も一緒に頼んで欲しいわね。


 さて無視された挙句に捨てて行かれたリンネアはと言うと、目に一杯の涙を溜めながらえっぐえっぐ、ぐじゅぐじゅと鼻を鳴らしている。

(うわぁ、今にも決壊しそうだわ)


 しかし次の瞬間には、私の方へ駆けてきて、

「どちらが賢者様の弟子に相応しいかわたくしと勝負ですわ!! ぐじゅ」

 彼女は私の顔をビシィと指差して、涙目でそう叫んだ。


 この子、人に指差しちゃいけませんって教えて貰ってないのかしら?







 今にも泣きそうな少女をキッチンの円テーブルに座らせて─彼女の前にはキーンが淹れたはちみつ入りの紅茶がある─、詳しい話を聞くことにする。


 室内に入った彼女は旅装束のマントを脱いでいた。

 フードに隠れていた赤みを帯びた金髪がサラリと流れる。前髪は真っすぐに切り揃えられ、左右の耳の上のあたりでひと房に纏められていた。俗に言うツインテールである。

 磨いたような肌の白さ、仕立てのよい淡いピンクのワンピース、よく見れば靴も擦れていなくてお高そう。

 もしかして彼女は良い所のお嬢様と言う奴ではなかろうか?


 まずは小手はじめ、

「リンネアはどこから来たのかしら?」

 しかし彼女は先ほど賢者をサイラスと勘違いしたことが恥ずかしかったのか、俯いてガクガクと震えるばかりで私の問い掛けに答えようとはしない。


 いや何かブツブツと言ってるわ……

 耳を澄ませば「ごめんなさいごめんなさい」と聞こえた。

 前言撤回、恥ずかしいのではなく、どうやら彼女は怯えているらしい。本来は美しいはずの碧緑の瞳が、さっきは涙で、今は恐れで揺れている。


 怖くないよーとアピールしつつ、優しい声色を努めて意識して、

「大丈夫よ、ねぇまずは貴女の事を教えてくれるかな?」

 リンネアは口を少し開いたまま私を見上げて、ほわぁぁと頬がほっこりピンクに染まる。そして目に力が宿り始めついにニパッと笑みを見せた。

 何とも分かりやすいが、どうやら持ち直したらしいわね。


「分かりましたわ、お姉さま!

 わたくしの名前はリンネア、是非ともお姉さまの弟子にしてくださいな!!」

 元気よくそう言ったのだが、「それはもう知ってるわ」と苦笑するしかなかった。


 根気よく話を聞いた結果、どうやらリンネアは、アルヴィドが行商で売ったブラインドを見てこの町に賢者が居る事を知ったらしい。

 そう言えば商品を高値で売るために賢者が造ったと言うぞとは言われていたが、まさか弟子入り志願者が来るなんて予想していなかったわ。


 最近では魔法使いさえも少ないと言うのに、賢者と言う職業ジョブはさらに珍しい。おまけにこの職業ジョブについた者は、大抵は身分を明かさずに密かに暮らす傾向が高い。

 元が少ない上に皆隠すので、よりレアという悪循環。


 過去には、どこぞの物語が勇者を導いたとか書いてくれたお陰で、戦いに長けても居ないのに魔王討伐なんかに誘われたそうだ。

 そんな危険なことはまっぴらごめんだ!


 本気で魔王を倒すなら、勇者だろうが単身で行かずに軍隊を率いて数の優位で攻めるべきだろう。何が悲しくてわざわざ襲ってくださいとばかりに少数になって、一番厄介な魔物の居る場所に行かなければならないのか。

 おっと話が反れた。



 さて向かいに座るリンネアだが、話し終えてどうやらすっかり落ち着いたようで、今はお茶を飲んで一息ついている様だ。

 なおサイラスを賢者と間違えたのは、賢者が〝若い〟と聞いていた事もあるが、─見た目だけだが─十代後半の私が賢者とは思えなかったそうでサイラスの方へ行ったとか。



 さて彼女はブラインドを見て賢者わたしの事を知り、弟子入り志願にやってきたと言った。それが簡単に見られるってことは、貴族かな?

 身なりの良さにお茶を飲む仕草にさえ現れる気品。

 つまり、厄介事の匂いしかしない。


 えーっと、弟子の話だったわね。

「ごめんなさい私はまだ未熟なので弟子は取っていません」

 恥も外見もない、ぎゃん泣きだった……

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