21:行商人の帰宅

 六ヶ月目が始まった頃、行商に出ていたアルヴィドが戻ってきた。

 彼は笑顔で、「すべて売れたぞ」と、大銀貨を九枚分の代金を手渡してきた。

「あれ、八枚では無くて?」

 ブラインドの代金は大銀貨二枚、今回は四つ持って行ったので八枚のはずだ。


「いや最初の大きな奴は大銀貨三枚で売った。だからそれで合っている」

 なんと大きさによって値段を変えて売って来てくれた様だ。


「えっとアルヴィドおじさんの取り分はいくらかしら?」

 最初に決めておけば良かったのに仕舞ったな……

 しかしこれはちゃんと伝えないといけない事なのでハッキリと確認しておく。


「何を言っている。お前は俺の娘なのだからそんなものは不要だ。

 それにこれはいつもの行商のついでの事だからな、俺の出費はほとんどない」

 どうやらバートル爺さんと同じく、彼も報酬を受け取ってくれない系統の人らしい。

 それに……、私を娘と呼んでくれることをとても有難く思う─確かに彼が買い取ったのだから私は彼の子なのだろう─。


「ごめんなさい。

 ありがとうございます。えっと、……お父さん」

 彼は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、にっこりと笑って私の頭に大きな手を置きポンポンと二度だけ撫でてくれた。



 彼はそのまま食事を軽く食べると風呂に入って眠ってしまった。

 部屋に入って行った彼の背中を見つめながら、私は一人ホッと安堵の息を吐いた。


(危なかった……)

 カツカツの生活を送りつつ、アルヴィドの帰りを心待ちにしていたのだ。彼が持ち帰ってくれた代金のお陰で仕入も再開することも出来るし、食事も随分とまともになる事だろう。




 さて翌日。

 まずは新商品を見せて使い方の説明に一日費やした。

 一番の懸念点だった万年筆は思ったよりも好評で、「これは悪くないぞ」と逆に褒めて貰った。

 お礼にと言う事で、一本差し上げましたとも!

「すまんな、有難く頂こう」と、普段のクールさはどこへ行ったのやら、何とも満面の笑顔をだった。

 どうやら物は受け取ってくれるらしい?

 それとも娘からの初めてのプレゼントだから特別枠扱いなのかしら。



 さてそんな万年筆だが、彼が決めた万年筆の代金はなんと驚きの銀貨五枚。たかが筆記用具に随分と吹っ掛けてるなーと思う。


 そして万年筆に比べて、エアコンはいまいちな反応でガッカリ。

 どうやら魔石を使う品はあまり人気が無いそうだよ。

「大銀貨三枚と言った所だろうな」

「それは、……地味に赤字ですね」

 私の仕上げ作業がブラインドよりも手間が掛かる上に、魔石まで使用しているので原価をじみに割っている─行商の収益を貰ったのでやっと魔石を購入して取り付けたのだ─。


「ふむぅ、しかし四枚だと売れないと思うが……」

 むぅ、ダメじゃんエアコン!!


 続いて今後の新しい商品の開発についてだ。

「万年筆とブラインドだけで十分に借金は返せるだろう。

 大型鏡やエアコンの様な失敗もあるからな、これからも商売を続けるのならば、まずは借金を返してからのんびりとやれば良い」

 借金を返すまでは堅実に、売れる二品を造り続けろと教えられた。確かに今の時期に下手な冒険をするよりは確実に売れる品だけを造るべきかしらね。


 そして割れた鏡はまだしも……

(そっかーエアコンは失敗枠なのか~)

 渾身のエアコンが失敗作扱いで、割れて使い物にならない鏡と一括りにされた私はかなりへこんだ。


 こうして今後は、ブラインドと万年筆を中心に作っていくことに決まったのだ。




 さらに翌日、今度はアルヴィドの方から相談を受けた。

 それは「約束手形で商品を販売しても良いか?」と言う話だった。

 約束手形とは、将来の収入を見込んで、決められた期日までに金額を支払うことを約束する取引の方法だ。


 貴族らの中には秋の収穫税の時を見越して、約束手形と引き換えに先に物を買う者もいるそうだ。今回の商品は特に〝物珍しさ〟が売りなので、そういった貴族を相手にすればより容易く売れるらしい。


「収穫が悪くて予定の収入が得られない場合はどうなるのかしら?」

 見込んだ金額が期日までに入らなければ、約束手形はお金に変わらずただの紙切れになってしまう。


「相手は貴族だからな、屋敷にある品を抵当にしておけば最悪は取りっぱぐれは無いだろう。まあその場合は金じゃなくて物になるからひと手間かかるがな」

 そう言って彼は苦笑した。

 その手間は提案したアルヴィドが持つと言うから、ならば私は考慮しない。


「収穫税と言う事は期日は秋で、秋になればお金に変わると言う事かしら?」

「ああそうだ。ちなみに手形の相手だと俺は二割増しで売るつもりだから上手く行けば儲かる」

 お金がすぐに入らず支出だけになるので、アルヴィドは基本的に約束手形の相手には割高で販売しているそうだ。


 さて、私の借金返済の期限は冬の初めだから、秋にお金に変わるのならば手形であっても何ら問題ないだろう。

 唯一の懸念は運転資金だが、先ほど手に入れた大銀貨があれば借金返済までの額ならば収入が一切なくとも十分に足りる。


 あっそう言えば……

「あのぉ~次はいつ戻ってきますか?」

「そうだな、初夏から秋は儲かるからな、三ヶ月から四ヶ月辺りになりそうだな」

 つまり十ヶ月目の辺りね。


「でしたら手形で構いません。

 戻られた月かその翌月が収穫期ですから、私にとっては現金でも手形でも現金を受け取る日は大体同じです」

 貰う日が変わらないし、それに売りは全て任せているのだから、彼が売りやすいのならばその方が良いだろうと考えて返事をする。


「ああ確かにな。

 では悪いが手形で販売させて貰うぞ」

「はい、えっと……お父さんにお任せします」

 まだ慣れずややぎこちない言葉だったが、彼は嬉しそうに頷いてくれた。


 アルヴィドは二日だけ家に滞在した。そして三日目には前回よりも多くの荷物を持って行商へ旅立っていった。




 行商収益   大銀貨九枚、つまり銀貨九十枚!!


 六ヶ月目初旬収支額:銀貨九十枚!!


 仕入復活!!

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