20:賢者の工房
ここ一週間、バートル爺さんは─アルヴィドに商品を持たせるために─かなり無理して作業をしてくれたらしく、残りの材料で一回り小さい物を三つ造り終えると疲れたと言って眠ってしまった。
「どうも有難うございます!」
「おぅ……」
返す声にも力がない、十分に休んでください。
さてブラインドの完成を待っていたアルヴィドは、大きなもの一つと新たに完成した小さい物三つを持って旅立っていった。
三ヶ月ほどでまた戻ってくるそうだ。
その頃になると、クロムとニッケルを持ち帰ったイーニアスとマイコーらの旅の疲れもすっかりと取れて、彼らは再びチェスロック火山へと旅立っていった。
二人は一週間ほどでまたこちらに帰ってくるだろう。
三日後、作業疲れが取れたバートル爺さんは私を訊ねてきて、
「シャウナよ、余ったステンレスを譲ってくれんか?」と、懇願してきた。
新たな金属のステンレスを見て、なにやら鍛冶屋心がうずくそうだ。
手伝って貰っているのだからそのくらいはお安い御用だ。
「はい構いませんよ」
彼はほくほく顔でキャベツ一玉ほどのステンレスを受け取って帰って行った。
なおグレタ婆さんの話では、しばし工房から出て来ない状態が続いたらしい。
マイコーとイーニアスは一週間は火山に行き、一週間休む。
そしてバートル爺さんは、今回からは週休二日のペースを守って貰い、一週間で二つ分のブラインドの材料を造って貰っている。
そして組み立ては私とキーンの作業なのでこちらで完成品に仕上げる。
一週間にできるブラインドはたったの二つ。
素材集めの方が若干早いペースなのだが、イーニアスが就職するとマイコー一人になり今のペースは維持できなくなる。
それを考えれば素材が余るのは想定通りと言えよう。
このようにして私の借金生活四ヶ月目が終わっていった。
翌月の早々に、サイラスが持ち帰った素材を霊薬に調合し終えるとジェニーおばさんにお願いして棚に並べて貰った。
先月の霊薬の利益は銀貨一枚と大銅貨三枚。
先月よりも少し増えた。
売れた品を確認すると、どうやら塗り薬タイプの傷薬の売れが良いらしいのだが?
「何やら危ない事をしているのでしょうか?」
「あら違うわよ。猟師の人がね、安全の為に携帯するようになったのよ」
森の中を歩けば草や枝で傷ついたり、イノシシや狼などに襲われることもあるらしい。霊薬の効果が薄くなっているとは言え、塗れば一時間も掛からずに完治するからと人気が出ているのだとか。
塗る量はほんの少しなので、半月に一つだけ売れる。この町は南の大きな森が近くて猟師の数が多いから、皆が一つ買うだけでもかなりの数が減ると言う事だった。
「なるほど、でしたら来月は傷薬を大目に造ります」
「はいよ、ありがとね」
薬の補充が終われば、お昼まで子供の勉強を見てから家に帰る。子供たちの成長は早く、全く文字を知らなかったのに、今ではほとんどの子が本を読めるほどに成長していた。
私は家に新たに設けた工房で、ブラインドに変わる新たな製品の開発を始めていた。
商売相手は貴族だ。
だったら一般家庭には要らないけどね~と言う物が良いかと思い、今度は天井に付ける風を散らすプロペラを開発してみた。
羽は当然ステンレスでギア部分もステンレス、動力は電気が無いので魔石を埋め込んだ。魔石が入ると色々な事が出来る様で、プロペラの動力にまずは汎用魔石を一つ、おまけにもう一つ属性用の魔石の中から、火属性の魔石を入れれば暖房に、水属性の魔石を入れれば冷房に使えるように設計してみた。
つまりこれはプロペラ型だが最先端のエアコンなのだ!
やや魔石のチャージが面倒なのだが─天井に付けた後が特にね─、部屋の中はかなり快適になった気がしないかしらね?
まぁ私は要らないかなぁ……、だって魔石高いんだもん!
さてプロペラだが、バートル爺さんの作業はブラインドに比べて少ない。
しかし魔石を使用しているので、最終仕上げはバートル爺さんやキーンには無理。つまり私がやるしかない。おまけに調子に乗って二つの魔石を使ったことで、そのバランス調整が思ったより難航して地味に時間を喰うのが欠点。
トータル作業量で言えば、ブラインド三枚とエアコン二個が同じくらい。
続いて材料費だが、魔石を二つも使用したことで跳ね上がりなんとビックリ! ブラインドの四倍ほど必要だった。
う~んこれはボツかしら?
続いて作ったのは大きな鏡。
─本当はガラスからグラスファイバーが造りたかったのだが、化石燃料から作れるプラスティックが無くて断念した─
ここは大きな平面ガラスが造れない世界だったので、火山で手に入れたスズと商人から買った硝石を使い大型の平面ガラスを作成した。
出来たガラスを鏡に造りかえて、いざ運ぶ所で、ガシャンと砕け散った。
よくよく考えてみればここは道が舗装されている訳でもなく、そして車じゃなくて馬車と言う世界だった。
割れ物は運送方法を確立してから造るべきだったと猛省した。
なお支出だけが計上されたのでキーンの視線がとても痛かった。
さらにキーンがサイラスに伝えたから、その後がとても大変だったわ……
その日、私はご機嫌取りの為に、彼の抱き枕として過ごす羽目になったのは余談であろう。
アルヴィドからは小物は良くないと言われたのだが、万年筆を造ってしまった。
新しい商品の設計図を描いているときに、毎回羽ペンにインクにチョンチョン付けて書くのが面倒くさかったんです。
明らかに自分用の品なのだが、それを言うとキーンに睨まれるのであと五本だけ同じ物を作ってカモフラージュしておいた。
うん、やっぱりペンは良いわね!
こちらは小さな物であるから細かい作業が必要で、バートル爺さんの作業量はまぁまぁ多い。逆に私はペン軸に埋め込んだガラス製の小さなインク瓶にインクを入れて書けるかチェックする以外にやることが無い。
ブラインド一枚の作業時間に対して万年筆は三本出来る。
おまけに材料費はブラインド一枚で万年筆五本分とややお得かしら?
こうして私の借金生活五ヶ月目が終わった。
まずは収益の部から。
まず 薬の販売収益は銀貨一枚と大銅貨二枚。どうやら安定して銀貨一枚ほどの儲けは得られるようになったらしい。
試作で作ったヘアピンやら安全ピンの販売額が大銅貨三枚。
さてここからは支出の部だ。
ステンレスの主原料である鉄鉱石は先月から値段が下がって銀貨で一枚と大銅貨五枚。その他雑費がさらに大銅貨で二枚だ。
出来れば鉄鉱石は安値の間にもう少し買い足したいが資金が無い。
マイコーらに支払う報酬が大銅貨三枚×月二回予定で大銅貨六枚。なおバートル爺さんは相変わらず報酬を受け取ってくれないので余ったステンレスを提供している。
生活費は野菜などを頂いているので結構切り詰めることが出来ているのだが、それでも大銅貨二枚ほどはどうしても小麦やら消耗品費で消えて行ったらしい。
そして失敗作の硝石代が銀貨一枚と大銅貨三枚……、くぅ。
「つまり、当月のお嬢様の収支は銀貨二枚と大銅貨三枚の赤字でございます」
「あぅぅぅ」
こうして私は再び赤字生活に突入して行った。
当月の赤字はギリギリ前月繰り越しで補う事が出来たが、残金はほぼゼロ。手持ちには数枚の銅貨と青銅貨を残すのみだ。
あぁ~どうしよう、仕入が止まっちゃった!!
現在の手持ちは、ブラインドが四枚、資金不足で魔石が入っていない未完成品のエアコンが二つに、万年筆が五本。
新商品を造った事でブラインドの数が少ないのが気になるけど、もう資金が尽きているので何もできなくなってしまったわ。
五ヶ月目(※銅貨以下は切り捨て)
前月繰繰越___銀貨二枚、大銅貨三枚 ____230│_______│
霊薬販売益___銀貨一枚、大銅貨二枚 ____120│_______│
その他販売益_______大銅貨三枚 _____30│_______│
鉄鉱石仕入額__銀貨一枚、大銅貨五枚 _______│____150│
その他雑費________大銅貨二枚 _______│_____20│
雇用費二回________大銅貨六枚 _______│_____60│
硝石仕入額___銀貨一枚、大銅貨三枚 _______│____130│
生活費__________大銅貨二枚 _______│_____20│
=====================================================
小計________________ ____380│____380│
最終収支額_____________ _______│_______│______0
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