19:新製品

 私はイーニアスとマイコーが出掛ける前に、彼ら二人の為に【印魔法パワーシンボル】で書いた【護符】を渡しておいた。

 私の得意な魔法の一つである【印魔法パワーシンボル】は、特定の魔法文字を図の様に描いて色々な効果を出す魔法で、私が何度か使っている【召喚の魔法陣】もこの系統の魔法である。

 この魔法のよい所は、貼ればすぐに効果が出ることと、詠唱が不要な事かしら。そして難点は破れると効果が無くなるのと、属性魔法に比べて効果が薄いことかな?

 しかし戦士だけのパーティーには重宝するだろうと、事前に準備しておいたのだ。


 ちなみに今回彼らに渡したのは、【防火レジストファイア】の護符と、【自然回復強化リフレッシュ】の護符、そして【氷属性付与エンチャント・アイス】の護符だ。つまり完全にマグマの魔物用ですよ!


 なおそれを見たアルヴィドは、

「その護符を売れば借金なぞすぐ返せるのではないか?」

 と、首を傾げながら不思議そうにしていた。


 原価は紙とインクだけだから安いし、効果次第では冒険者に飛ぶように売れるだろう。例えば先ほどの疲労が回復する【自然回復強化リフレッシュ】なんて最たる例かもしれない。


「魔法を売り物にするのは賢者として許せません」

 そうハッキリと答えれば、

「そうか、お前難儀なことだな」

 少し含んだ言い方の、その〝も〟の相手は、きっとマルヴィナお婆さんの事かしらね。もちろん私はそれを聞くほど野暮ではない。







 送り出した二人が帰るまでの間、私は私でやることがあった。

 それは溶鉱炉の強化だ。

 製鉄の技術が甘いのは、高熱を維持して金属を分けることが上手く出来ない事が原因だ。まぁ魔法がある世界なので実は高熱は容易に出せるのだが、今度はそれに耐えうる炉が無い。

 そこで先ほどの【印魔法パワーシンボル】の出番となる。

 この魔法により、炉に【防火レジストファイア】の印を描き込めば高熱に耐えうる炉となる。

 火加減は専門家のバートル爺さんにお任せ。

 熱量別に融解して流れ出てくる金属が違うと言えば、彼は長年、それを薄らと感じていたそうですぐにコツを掴んでしまった。



 こうして純度の高い鉄が手に入った頃、送り出した二人が帰ってきた─どうやら護符は役に立ったらしいわ─。

 私は鉄とクロムとニッケルの配分を伝えてステンレスを造り出して貰った。鍛冶屋であるバートル爺さんは、新しい金属の誕生に目を輝かせている。


「それでこれで何を作ればいいんじゃ!?」

 興奮冷めやらぬ様子で、やや喰い気味に問い掛けてきた。


「クリップとヘアピン、後は安全ピン。

 それからナイフとフォーク、後はこれです」

 何個かの図面を見ながらバートル爺さんに説明していく。

「ふむ、あい分かった。

 新しい金属じゃから加減が解らん、そうじゃな三日後にまた来てくれんか」

「分かりました」



 家に戻るとキーンにお願いして今回の支出の計算をして貰った。

 マイコーらの報酬で支払ったのは大銅貨三枚。そしてバートル爺さんは善意だと言って報酬は受け取って貰えなかったので無料。

 炉の炎は魔石で賄っているが、私の魔力をチャージしているので燃料費も無料。

 材料費は細かいのがボチボチと、当月は鉄鉱石がやや高いらしくて銀貨二枚ほど掛かっていた。

「現時点で銀貨二枚と大銅貨五枚ほどの支出です」


 果たして完成したステンレス製品はいくらで売れるだろうか……







 三日後、アルヴィドと一緒にバートル爺さんの工房を訊ねた。

 見せて貰うと、すべてお願いした図面通りに完成していた。どうやらバートル爺さんの腕はかなりの物の様だ。

「この金属は堅いな、これで剣を造ればさぞかし良い武器になるじゃろうて」

 そう言われても私は武器を造るつもりは無い。自分が造った物で、もしや人殺しとかされると寝覚めが悪いじゃないか。


 さて、アルヴィドが商品を見ている間に、私はバートル爺さんに頼んだ部品に紐を通していき最終仕上げを始めた。

(えーっとギアをここに付けて~

 紐がこっちでしょ)

 私だって伊達に森の中でひっそりと暮らしていた訳ではない。炊事洗濯そして裁縫なんかは人並み以上にこなすのだ。

 この程度の部品に設計図通りに紐を通すなど朝飯前!


 まぁ四苦八苦したけど一応完成。

「これはなんじゃ?」

「これはブラインドって言うのよ。

 この世界って大きなガラスが無いから窓は木枠でしょう?

 カーテンの代わりの様な物だけど、貴族だったらこういう珍しいのも買うかな~と思ってね」

「それで、それはどうやって使うんだ?」

 どうやらアルヴィドの興味を惹いたらしく、彼はこちらに視線を向けていた。


 窓枠に軽く引っかけて、ブラインドを開け閉めして実演してみた。

「ほお、悪くないな。

 おいバートル。それの原価はいくらくらいになりそうだ?」

「これはパーツが細かいからのぉ、精製もかなりの手間じゃ。

 正直、ここ三日はこればかりやっておったわ。材料はそうじゃな、あと二つ作れるくらいは残っておるかのぉ」

「よしもう一回り小さくして三つ造るようにするぞ。

 お前の名前を借りるが、それを大銀貨二枚で売ってくる」

「大銀貨!?」

 銀貨十枚で大銀貨一枚だから、二枚と言えば銀貨で二十枚。それを三つも造れるとすれば……

「三つで借金の四分の一以上……、あ、あははは」

「無事売れ続ければすぐに借金返済だな」

「良かったのぉ」

「あ、ありがとうございます。所で名前を借りるっていうのは?」

「賢者が造った珍しい品だと触れて回ると言う事だな」

 まぁそんな事で売れ行きが変わるのならばと、当然了承した。



 ちなみに他の物はと言うと、

「この辺りの小物は市民向けだな。そしてナイフやフォークは確かに綺麗だが売れん。

 この新しい金属は銀製品と違って毒に反応しないし、銀は磨けば光るのだから使用人の労力で賄えている事に貴族は金を使わんよ」

 小物が市民向けとは言え、ステンレス製になれば高価になるので当然売れる値段には収まらない。つまり暗に、これは売れないと言うことだろうね。

 結局在庫処分も兼ねて、試作で作ったヘアピンやら安全ピンなどは安値に設定して、ジェニーおばさんの棚に置いて貰った。

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