25:グレンヴィル伯爵領へ②

 私たちの眼前に寄り道で立ち寄る街が見えてきた。ざっとの外観だが、マクフォール男爵が治める街の約二倍ほどの大きさがある様だ。

 さすがは伯爵領の街ね。


 街を護る高い壁の外で馬車を降りて、門を抜けて街中へ入って行く。私たちは門を護る衛兵さんに宿のある通りを確認するとそちらの方へ向かって歩いていた。


 さぞかし賑やかだろうと期待していたはずの街の中は、

「う~ん。なんだか活気が無いわ」

 大通りを横切ったと言うのに人影はまばらだ。

 そんな私の言葉に、人の街には興味がないサイラスは無言、世間知らずのリンネアは首を傾げた。


「あらお姉さまが住む町よりも、人通りは多いと思いますの」

「う~ん、あそこは町だからねぇ、そもそも人口が違うよ」

 私が住むのは町、こちらは街である人口の規模が違う。

 しかし同じ街であるマクフォール男爵の治める街は半分の大きさしかないのにもっと凄かった─ただし護送の馬車の窓から見ただけだが─。


「はぅーそうなんですの」

 父親が治める領地の街の感想が低かったので、リンネアはガッカリしていた。



 衛兵から教えられた路地に入ると確かに宿屋が何軒も建っていた。大きな街なので部屋が空いているかと不安であったが、どこの宿屋でもお好きな部屋をどうぞ! とばかりに空室だらけのガラガラであった。

 旅人が多いから誰もが泊まれるほどに宿屋が大きいのかもと思ったが、厩も空っぽなのでどうやら本当に客がいない様だ。



 小奇麗な外観の宿屋に決めて値段を聞き、私は宿代の高さに驚いた。

 三人部屋なんてものは無いので、泊まるのならば一人か二人か四人、または雑魚寝の大部屋になる。

 若い娘が二人に聖獣様と言うメンバーなので大部屋は論外、しかし四人部屋は少々高いので一人は子供だからと頼み込み二人部屋にして貰ったのだが、一人に付き一泊銅貨四枚と言われた。

 子供扱いになったリンネアは割り引いて半額で良いそうだが、それでも銅貨十枚。

 おまけにこれは食事なしの素泊まりの値段で、食事はさらに一人に付き一食銅貨二枚必要だと言う。明朝の馬車が出るまでに最低、晩と朝の二食が必要なので、食べないサイラスを除いても二人×二枚×二食でさらに銅貨八枚追加。

 合計で銅貨十八枚、つまり大銅貨一枚と銅貨八枚か……

 一ヶ月の平民の稼ぎが銀貨二枚なのだから一泊で約一割ほどが消し飛ぶ計算だ!



「とても高くないですか?」

 しかし宿屋の主人はぶっきら棒に、

「この辺はみんなこの値段さ、ほかも変わらないよ」

 どうやら嘘を言っている訳ではないらしい。すみません、魔法を使いました。


 これが相場と言うのならば仕方がない。

「では食事は外で食べますので、部屋だけお願いします」

 食事を断ったのは高いからと言うよりは、食事を必要としないサイラスの事を考えてではあるが、宿屋の主人は良い顔はしなかった……




 店に入ってサイラスが何も口にしなければ結局は怪しまれるから、食事は外で買い持ち帰って宿で食べることに決めた。

 宿を出て露店が多いだろう大通りを目指して歩いていく。

 やはり男爵の街よりも大きな街なのに街中の雰囲気が全体的に暗い。歩く人々には活気が無いし、通りに並ぶ店の多くが閉まっいて灯りが消えている。

 まるで異世界で言う〝シャッター商店街〟の様だ。


 さすがに生活に密接する、食品などを売っている雑貨屋は開いているのだが、チラッと見た値段は宿屋と同じですこぶる高い。

 パッと見で、私が住む町の相場に比べれば二~三倍、どうやら私はこの街で暮らすことは出来なさそうだ。

 随分と高いけれど、大きな街だとこの値段でも売れるのかしらね。



 そしてやっと辿り着いた大通りでは、道の端に露店はほとんど出ていなかった。

「酷いわね」

「そうだな」

 私たち二人の言葉でやっとリンネアにも理解できたようだ。

「確かに道行く人の顔がまるで死んでいるかのようですわ」

 そう呟いて悔しそうな表情を見せるリンネア。何度か来たことがある街らしいので思い入れは強いのだろう。


 数少ない露店にはめぼしい物が無かったので、私は仕方なく通りの外れにあった食堂に入った。持ち帰りが出来れば良いのだけど……


 食堂のドアを開けて店に入ると、丁度、数人の黒服を着た男たちが食事を食べ終えて席を立つところであった。

 彼らはガタンと大げさな音を立てて立ち上がると、つかつかと出口こちらの方へ歩いてくる。

 私たちは扉の前をスイと避けた。男の何人かは、私を値踏みするような不躾な視線を向けて来たが全員が無言で店を出て行った。


 おや?

 私は気になって彼らが座っていたテーブルに視線を送る。しかしあるべきものは無かった。

(無銭飲食かしら。でも店主も出て来ないし、先払い制?)

 こんな明るいうちから、おまけにあの数の男の一団が無銭飲食とは考えにくいのだが、テーブルに代金が置かれていることも無ければ、帰る時に代金を払ってもいない。

 可能性を消せば先払い制と言う事になるのだが……、この世界でそんな店は聞いたことが無い。



 男たちが去った後、店の奥から中年の店主らしき男性が現れて、「いらっしゃい」と元気のない声で言う。

 そして彼は食事の終わった、男たちが居たテーブルを片付け始めた。


「ねぇさっきの人たち、代金を払っていないと思うのだけど……」

 そう問い掛けると店主はビクッと体を震わせて、怯えて周りをキョロキョロと確認する。そして誰も居ない事が分かると、

「旅人が滅多な事を言わんでくれ!」と、語尾荒く吐き捨てた。


 彼の言葉で、この街には何かあると私は確信した。

 しかし旅人の私が下手に口を出しても、明日にはこの街を出ているので、厄介事に油を注いだだけになりきっと恨まれることだろう。

 さてどうするかな……


『さっきの男たちを追って』

 店主に聞こえない様に、私は使い魔にだけ聞こえる念話を使用して、店の外にキーンを放った。



 さて入った店は、残念ながら持ち帰りはできなかったので、食事を頼みここで食べることになった。なお食事の代金は先払い制でもなんでもなく、帰りにちゃんと食べた分を支払ったわ。

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