26:グレンヴィル伯爵領へ③

 私は宿屋に戻ってキーンから報告を受けていた。

「彼らはあの後、色々な店に立ち寄っては店の品を持っていくこともあったのですが、代金は一切支払っておりません。

 それどころか街にある店から、逆に金銭を要求している様でした」


「みかじめ料と言う奴かしら?」

 異世界にもいた暴力団と手口が一緒だ。あんな者たちが居るのだから、街が活気を失うのは当たり前だろう。

 一体この街の衛兵は何をやっているのか……


「衛兵に伝えて見ましょうか?」

「止めておけ」

 これまでずっと静観していたサイラスが声を出して制止した。


「あなた何か気づいたの?」

 聖獣であるサイラスは人と違う感覚を持っている、もしや何か思う事があったのだろうか?


「この街には悪意が渦巻いている。

 行きずりの我らが興味本位で手を出すのは得策ではないだろう」

 突然の制止とこの言い方、つまり衛兵の中にもそれを容認する存在が居ると言う意味だろう。

「旅人が下手に手を出さないのは賛成だけど、貴方はあれを見て我慢できたの!?」

「いいや違うぞシャウナよ。落ち着いてよく考えてみるがよい」

「リンネアに頼ると言うのは聞かないわよ?」

 言い当てられたサイラスがため息を吐く。


「いえお姉さま、ここは我慢して目を瞑りましょう。

 わたくしがきっとお父様にお願いして何とかして頂きますから!」

 どうやらサイラスとリンネアは反対の様だ。私がチラッとキーンを見ると、彼も首を横に振った。

 全員反対か……


「分かりました。

 対処についてはグレンヴィル伯爵のお力をお借りします。でも発端とどこまで蔓延っているかは調べるわよ」







 まずは聞き込みだ。

 十一歳のリンネアには宿に残って貰い、私はサイラスとキーンを連れて夜の街へと出ていった。情報の集まる場所と言えば酒場や食堂なのだが、当たり前だが普通の人は行きずりの旅人にそんな重大な話はしない。

 しかしそこは魔法の出番で、【精神魔法】から【共感エンパシー】の呪文を使用して警戒を解き聞きだした。相手を支配し命令形式で聞く【魅了チャーム】と違って、【共感エンパシー】は自分の意思であたかも友達に愚痴を吐き出す様に話してくれる辺りが楽ね。



 まずは酒場にやって来た人たちから話を聞いた。さらに翌日には、衛兵や雑貨屋などにも話を聞いていく。

 その結果出て来たことは……


 三年前ほどから、領主代行に変化があったと言う事だった。

 領主代行はこの街に来て十年ほど経っている。元々彼は賭け事が好きな人だったそうだが、三年前に、知人に誘われる形で街の裏の顔役が経営するカジノに入り浸ったと言う。そして彼はかなりの金額を負けて多額の借金を背負ったそうだ。


 まずは彼は金貸しから借りた金を返す為に、なんと街の税金を上げた。

 街の物価が高いのはこの所為だそうだ。


 金を返す目途が立つとまたカジノへ。

 その頃には裏の顔役と親しくなっており、通りの店に対してみかじめ料を取るような行為を黙認するようになったらしい。

 当時の衛兵隊長はそれを取り締まるべく動いたそうだが、半月ほどで別の町へ異動になったという。そして新しく来た今の衛兵隊長は、パッと見は取り締まっている風を出しているが真剣さは無く、それどころか見て見ぬふりをすることもあるのだとか。


 衛兵隊長がそんな態度をとり始めた事で衛兵の半分は諦めて沈黙し、もう半分は荒れて暴力団らと変わらないならず者になっていったらしい。


 上申しようにも衛兵隊長や領主代行に握りつぶされるから効果が無く。ならばと、伯爵の居る隣街に走れば道中に襲われて大怪我を負ったり、最悪の場合には帰らなかったそうだ。


「下らん話だな」

「最初から領主代行を取り込むつもりでカジノに誘ったんでしょうね」

「あのおじさまが、残念ですわ……」

 何回かあった事があると言うリンネアは、見知った領主代行の変わり果てた話を聞き、悲しそうに呟いていた。




 調査を終えた私は残り二日分の行程をサイラスに乗って走った。さすがは聖獣である、サイラスはたったの二時間で伯爵の居る街に到着してくれた。

 ─初めてサイラスの一角獣せいじゅう姿を見たリンネアはほぇーと見惚れて固まっていた。しかし彼女はサイラスには乗せられないのでキーンと街に居残りと告げると、とても残念そうな表情を見せていた─


 そしてその足でグレンヴィル伯爵邸に駆け込み、挨拶もそこそこに、真っ先にあの街の現状を伝えた。

 伯爵は相当ショックを受けたようだが、すぐに持ち直すと街へ向けて文官と兵を派遣するように指示を出していた。


 私とサイラスはすべての指示を出し終えた伯爵と、応接室で向かい合って座っていた─その応接室の窓には私が造ったブラインドが掛けられている─。


「賢者様、この度は誠に有難うございます。

 貴方の英知のお陰で街の異常に気付くことが出来ました。

 貴方様の元であれば、娘も立派に成長することでしょう。今後ともよろしくお願いいたします」

 そして伯爵の手からつぃと小さな袋が差し出される。

 小袋からはジャラリと音がして、何かしらと中を見れば、袋の中には見たことも無いほどの沢山の金貨が入っていた。


「これは?」

「今回街の平和を取り戻して頂いたお礼と、娘を預かって頂くお礼です」

「でしたらこのお金は受け取れません。

 まず私がリンネアを預かるのは弟子としてですからお礼は不要です。

 そしてあの街の事ですが、私は伯爵様にお伝えしただけです。このお金は今まで苦労していた街の方々にこそ使われるべきでしょう」


「なるほど貴女の様な御方に、娘が弟子入り出来たことがとても誇らしい」

 私を持ち上げまくって微笑む伯爵に、笑い返しながら私は思う。

 借金一発完済できるほどの金貨、惜しい。実に惜しい。

 しかし主義を曲げては私は賢者では無くてただの守銭奴に成り下がってしまう。かの領主代行の例もある、身の程はわきまえるべきだと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る