27:イーニアスの就職

 グレンヴィル伯爵領から戻る頃にはすっかり月末になっていた。

 まずは町へ行き旅行中の為に支払いを待って貰っていた、マイコーとイーニアスに対していつも通りの報酬を手渡した。ついでにバートル爺さんにも会って、依頼しておいたものを受け取る。



 それから二日後、とある・・・準備を終えた私はイーニアスに会うために彼の家を訊ねた。

「おや、シャウナちゃんいらっしゃい」

 出迎えてくれたおばさんに、イーニアスに用があると告げるとすぐに取り次いでくれた。


「こんにちはシャウナさん。

 俺に何か用ですか?」

「こんにちはイーニアス。

 今日はお礼を言いに来たのよ。今までありがとうね。それでこれ、私からの就職祝いなの、良かったら使ってくれるかしら」

 そう言って布で包んだ剣を差し出した。


「ありがとうございます」

 彼は開けても良いですかと聞いてから、丁寧に布を除けて一振りの剣を取り出した。


 出てきたのはいま彼が腰に帯びている剣と同じサイズ、そして同じ形状の剣だった。元々彼の剣はバートル爺さんが造った物だったので、今回も使い慣れた物と同じサイズになるように改めてバートル爺さんにお願いして造って貰ったのだ。


「抜いてみますね」

「ええどうぞ」

「では……」

 キィィン! と、涼しげな音が響き刀身が現れた。

 やや黒味を帯びたその剣の刀身には、【印魔法パワーシンボル】の魔法文字がいくつも刻まれていて、薄らと青みを帯びた魔法の光に包まれている。


「凄い! 本当にこんなものを頂いても良いんですか!?」

「貴方達が取って来てくれた鉱石の残りから、チタニウム合金が少しだけ造れたのよ。

 それでバートル爺さんに剣を造って貰った後、私が魔法の刻印を刻んでおいたわ。魔法によって少しくらいの刃こぼれなら直るし、切れ味も増しているはずよ」

 新たに生み出した異世界の合金ではあったが、素材のドロップ率が悪くて剣一本作るのが限界で、バートル爺さんからは汎用化は難しいと聞いている。

 どうせ余り取れないのならばと、彼の就職祝いに使ってしまう事にしたのだ。


「ありがとうございます!

 まさか俺、年下の女の子から就職祝いなんて貰えるとは思っていませんでした!」

「ん?」

「どうかしました?」

 どうやらお互いの認識に齟齬そごがある様な気が……


「えーっと、イーニアスは今いくつなのかしら?」

「俺は今年で十八になりました!」

 うんやっぱり年下だわ。


「言い難いのだけど、私はこれでも二十六歳よ」

「え?」

「つまり私は貴方の八歳年上です」

 見た目は確かに十七歳だが、中身はれっきとした大人です。


「そ、そんな……、俺、ずっとシャウナさんの事好きだったのに……」

「ひゃっ!?」

 突然の告白に驚き照れる。


「俺、ちゃんと騎士になれたらシャウナさんに告白しようかと思っていたんですよ」

「ごめんなさい、私にはサイラスがいるから、じゃなくて!

 それよりも! なんで私が年上だと告白しない前提なのよ!?」

「そこまで年上の姉さん女房はちょっと……」

 一つ二つ差ならまだしも八歳はちょっとと視線を逸らしながら言うイーニアス。


「いいかしらイーニアス! 貴方はいま私を含めて、色々な女性を敵に回したことを思い知りなさい!」







 七ヵ月目が終わった。

 修行が始まって一ヶ月が過ぎたリンネアは、無事に魔力の流れを感じることが出来るようになったので次の段階へ進んでいる。

 進行速度は可も無く不可も無く、一般的な速度と言えよう。


 さて新たな段階になると、まずは指輪を二つに増やす。

 私は彼女の指輪を付けていない方の手を取り、新しい指輪をはめた。

「はぅぅ!」

 相変わらず彼女はよく分からない声を上げる。


 はめたのは同じく魔石が入った指輪なのだが、新しい指輪の魔石は空っぽ。つまり次の段階とは、魔石から魔力を取り出して、空の方へ移すと言うものになる。


「移す時に目減りしない様に注意するのよ」

「くすん、そもそも移せないですの~」

 そりゃそうだ。教える前からできたらその子は天才だよ。私は彼女の両手を取ってお遊戯の様に輪を作ると、彼女の体の中を通す様に魔力移動を実践した。


「いい、抜くよー」

 指輪にあった魔石から光が失われる。

 いま彼女の体内に魔石から抜いた魔力が宿っているはずだ。それを今度は逆の手に移動させていき、

「今からいれるよー」

 逆側の魔石が魔力を得て輝き始めた。


「はいこれで移動したよ」

「むむむむぅ~難しいですの~!」

 確かに難しいとは思うが、実は本当に難しいのはこの後だったりする。移動の最中に魔力が目減りしない様にする事が一番大事なのだ。

 まずは速さより正確さ。

「まぁ気長に頑張りなさい!」

 ぽんぽんと頭を撫でて上げると、彼女はくすぐったそうに眼を細めていた。





七ヶ月目(※銅貨未満は切り捨て)

 前月繰繰越_銀貨八十八枚、大銅貨六枚 ___8860│_______│


 行商収益______________ ______0│_______│

 霊薬販売益___銀貨一枚、大銅貨四枚 ____140│_______│


 馬車食事往復_______大銅貨一枚 _______│_____10│

 宿泊代二泊________大銅貨二枚 _______│_____20│

 街食事代_________大銅貨二枚 _______│_____20│


 鉄鉱石仕入額__銀貨三枚、大銅貨一枚 _______│____310│

 その他雑費________大銅貨四枚 _______│_____40│

 雇用費一回________大銅貨三枚 _______│_____30│

 イーニアス就職祝い____大銅貨二枚 _______│_____20│

 生活費__________大銅貨二枚 _______│_____20│

 ===========================================================

 小計________________ ___9000│____470│


 最終収支額_銀貨八十五枚、大銅貨三枚 ________________│___8530





 キーンから差し出された月次決算書を見てため息が漏れる。霊薬が予想以上に売れたのでまだマシだけどさ。

「鉄鉱石が高ぃぃ~、旅行代も酷ぃぃ~」


 今月は鉱山のある山に魔物が出たと言う噂があった為、先月に比べて鉄鉱石が倍の値段が跳ね上がった。

 そして旅行は必要な出費ではあるが、予想以上にあの街での出費が痛すぎた。

「申し訳ございませんの……」

 涙目で謝ってくるリンネア。どうやら先ほどの叫びが聞こえてしまったらしい。

「いやいやリンネアの所為じゃないのよ、すべてはあの領主代行が悪いのよ」

 ここはハッキリと言わないとダメな所だ。



 残金を見る限り仕入のお金には困らない様だが、イーニアスが就職したことでその仕入方法が無くなりそう。しかしこれは事前に聞いていた事だ。

 バートル爺さんの話では後二ヶ月分は素材があるそうだが、その先は……

(素材が切れる前に方針を考えないとね)

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