28:魔法使いの衰退

 翌月に入っても鉱山に現れたと言う魔物の噂は無くならなかった。それどころか、各地でも纏まった数の魔物が現れたと言う噂が流れ始めていた。


 さらに、

「〝魔女の森〟にも魔物が湧いていたぞ」と、月に一度の霊薬の材料を持ち帰ったサイラスからも同じような報告があった。

 彼が遭遇した規模は、ゴブリンなど三十匹ほどの集団だそうで、中にはオーガが二匹ほど混じっていたとか。


「魔法使い無しでその規模だと、町では対処できないのではなくて?」

 オーガクラスの魔物が吐いて捨てるほどに居たらしい昔々の時代ならば、町に滞在する兵士や魔法使いの数も多かったし質も高かった事だろう。

 しかし平和な今の時代は魔物側の数と質が落ちたことで、過剰な戦力が不要となりこちらも徐々に戦力が減っている。


 今となっては国に仕える騎士はまだしも、町を護る兵士などはむしろ人が犯す犯罪に対する組織と言う意味合いの方が強い。



「近隣の村に立ち寄ったが、すでに避難済みでもぬけの殻だったな。

 しかし町の方はまだそこまでと言うほどではない様だ」

「出来れば早めに逃げてくれればいいのだけどね」



「ねえお姉さま、兵士は減らないのに魔法使いはどうして減ったのですの?」

 私たちの会話を聞いていたリンネアはそのことが不思議に思ったようだ。

 あら良い傾向ねと、私はほくそ笑んだ。


「表面的な話でならば、魔物が数を減らして弱くなったからよ」

 事実、今の時代、人族には範囲魔法を操れるほどの魔法使いは滅多にいない。

 ─もしも操る事が出来れば、宮廷魔術師の地位が堅いだろうか?─


「そう言う言い方をなさったと言う事は、真実は違うと言う事ですの?」

「魔物が減ったのは本当の話だよ。

 しかしそれは理由の発端でしかないわね」

 昔なんかは魔物が増えすぎれば、異世界から聖女なる者を召喚して倒して貰っていたほどなのだ。


「発端ですか、魔物が減ったから過剰な戦闘力を持つ魔法使いは要らない。

 それは兵士に比べて育成に手間が掛かるから、と言う意味ですの?」

 貴族の教育を受けていたであろうリンネアの教養は高い。それを踏まえて、さらには今修行中の身だからこその意見かな?


 魔物の数が減った事で、集団に対して使う広範囲系の魔法は、その魔法使いを育成する費用と釣り合わない事から廃れたと言われている。

 そもそも相手の数が少ないのならば、長い詠唱をしてまで範囲魔法を使うまでも無く、遠くから弓を射る方が早いのだ。


 確かに一般的・・・には正解と言えるのだが……

「残念だけど違うわね」

「でしたらなんですの?」


「そうだなあ。

 以前に、今は魔法を教えることはいま秘匿されていると教えたよね」

「はい確かにお聞きしましたの」


「その理由と、魔法使いが減った理由が同じなんだよね」

「むぅ後は自分で考えろと言うのですね」

 ほっぺをぷぅと膨らませて「お姉さまは意地悪ですの~」と言うリンネア。

 意地悪で言っているつもりは無いのだが……


「違うよ。

 どうしても答えを知りたいのなら教えて上げても良いけどさ、私の見解では、〝知る〟事を放棄すると確実に【賢者】にはなれないと思うよ」

「あっ……」

 私が〝知ろう〟としたことで【魔女】に慣れなかったように、〝知ろう〟しない者は確実に【賢者】に慣れないだろう。

 リンネアはそれ以上追及をすることは無く、ジッと一点を見つめながら考え始めた。


 うんそれでいい。

 魔法使いが減ったのは大した謎ではない。自ずと気づくだろう。師匠としては、そうだなぁ。書庫に分かりやすく本を置いておくくらいかしら?




 そして翌日、昼食を食べた後にリンネアが私の部屋を訊ねてきて叫んだ。

「お姉さま! わたくしのお話を是非ともお聞きくださいの!」

「いいよ言ってみなさい」


 微笑みつつ先を促せば、「はいですの!」と、彼女は元気のよい返事をして昨日の宿題について話し始めた。


「魔物が減ったので世界は平和になりましたの」

「うんそうだね」


「魔物からの脅威がなくなると、戦力を持て余し今度は戦争を始めましたわ。

 そこで魔法使いは魔法の対象を魔物から人に変えたのです。わたくしが読んだ本によると、魔法使いの範囲魔法による死者は騎士の数十倍だったと書かれていましたわ。

 この時代の魔法使いは恐怖の対象だったそうですの」


 それは魔法戦争時代と呼ばれた頃の話で、戦争の勝敗は魔法使いの質で決まった時代でもあった。

 魔法使いの姿を見たら矢が大量に降ってきたと言う話もあったそうだ。なお対抗してただの兵士にローブを着せて杖を持たせて囮にしたケースもあったとか。


 私はうんうんと頷いて先を促した。

「度重なる戦争によって疲弊した国は、戦争を止めて和平を結びました。

 この時代には今後戦争には魔法を使わないと言う条約が結ばれたと、読んだ本に書いてありましたの」

 国は領地拡大や宗教、またはお金の為をうたって戦争を起こす。そして魔物に襲われなくなった分の口減らしが終われば、今度は人民の為として停戦するらしい。


「次に復興が始まると、恐怖の対象だった魔法使いは存在そのものが邪魔になりますの。だから魔法使いは無実の罪を着せられて殺されました。

 一部の魔法使いは逃げ延びたそうですが、魔法を使えることは秘匿したそうです」

 そして時代が進み今。

 民衆から魔法使いへの恐怖はすっかり失われて、魔法使い側もパラパラと世に現れているそうだ。


「うん正解だよ。頑張ったねリンネア!」

 私が満面の笑みを見せて彼女の頭をポンポンと撫でていると、

「あのぅお姉さま。本がとても分かりやすい場所に置いてありましたの……

 もう少しわたくしを信じてくださいませ」


「あーうん、それは悪かったわ」

 どうやら本棚の彼女の視線の高さに本を置くのはやり過ぎだったらしい。

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