12:霊薬の販売実績

 翌日は門番さんに付いて行き、雑貨屋さんに棚を貸してくれるようにお願いした。

 あの【召喚の魔法陣】が発した光の柱のお陰で、町の近くの小さな森に〝魔女〟が引っ越してきたと言う噂はとっくに町中に知れ渡っていたので、私の素性については説明は不要であった。

 実際は私は〝魔女〟ではないのだが、噂なのだから訂正する必要は無かろう。どうせ普通の人からすれば〝魔女〟も〝賢者〟もそれほど違いが無いだろうしね。



 ちなみに雑貨屋のジェニーおばさんに紹介して貰っての開口一番は、

「あんたは未婚かい?」だった。

「はい、結婚はしていません」

「じゃあプレザンッスはどうだい、門番だから収入は安定してるよ」

 なお私が返答するよりも早く、プレザンッス門番さんが、

「止めてよおばさん。シャウナさんが迷惑してるッスよ!」

 と、慌てて止めたのでこの話は終わったらしい。



 さて棚を借りるにあたり、

「うちのプレザンッスが悪かったねぇ。

 棚ならそこの奴を一つ勝手に使ってくれていいから、好きにおしよ」

 のっけからプレザンッスの説明不足で迷惑かけてごめんねと謝られた挙句に、快く棚を借り受けることが出来た。

 おまけに困っていると言う事情を彼から聞いたようで、使用料も要らないよと言ってくれる。

 何とも有難いことだ。

 ただし棚が開いていると体裁が悪いらしいので、並べる物が売れて無くなった場合は店の品を置くよと言われた。

(なるほど、棚が開いていると言うのは品揃えが悪い店と言う評判に関わるのか)

 また一つ知識を得たわね。



 続いて棚に置く品物の説明に入る。

「霊薬を置かせて頂きたいと思っています」

「値段を教えてくれればこっちで並べとくよ」

 快くそう言ってくれたので、

「では一本、銀貨一枚と半銀貨一枚でお願いします。

 取り扱いですが、棚に直射日光が当たる様なら影になるようにしてください」

 そう説明したところで、「そんなに高い品はあたしゃ取り扱えないよ!」と、悲鳴を上げて断られてしまった。

 ここの雑貨屋で扱っている商品の殆どが銅貨一枚もあれば買えてしまうそうで、もしも落として瓶が割れたら、もしも盗られたらと、もしもを言い出せばキリがないが、つまり高すぎる商品は破損した時の責任が取れないと言う事だろう。


「分かりました、では私が取扱いますので申し訳ございませんが、ここに座っていてもよいですか?」

 自分で扱ってくれるなら何の問題ないよと彼女は喜び、店先には私が座るための椅子まで貸してくれた。

「何から何まで有難うございます」

「気にしなさんな、早くお金が貯まるといいね」


 棚に商品である霊薬を並べ終り椅子にチョコンと座る。



 さて人生初めての店番だ。

 町中の様子を座って眺めているだけでも楽しいのだが、どうやら私は眺めている側では無くて、眺められる側だったらしい。

 とにかく、やって来るのは一目でも噂の〝魔女〟を見ようと言う野次馬ばかりで、霊薬を買ってくれるお客は皆無であった。

 ただし棚を貸してくれた、ジェニーおばさんの雑貨屋の方はいつもより繁盛していたそうだけどね。

 ほくほく顔のジェニーおばさんから、夕食にどうぞと、野菜を少し分けて頂いた。

「ありがとうございます」

(今日は食費が浮いたと思えば悪くないのかしら?)



 二日目も同じような感じだったが、野次馬の数はぐっと減った気がする。

 ドワーフ婆さんのグレタさんがやってきてサンドイッチをくれた。

 彼女は「話は聞いたわよ大変だったねぇ」と親身に心配してくれた。

 さらに最悪の場合は、昔の冒険者時代に手に入れた財を全て売ってでもあんたを助けるわよと言ってくれたがそれはちゃんとお断りをした。

 これは私の知識不足が招いた不始末である。賢者たる者が〝知識〟に関わる不始末で、おいそれと他人に甘える訳にはならないのだ。

 なおサイラスやキーンは家族だから良いことになってます!



 三日目は野次馬が男性だけになった気がする。

 中でも特に若い男性から中年までが多いだろうか?

 彼らは遠巻きにウロウロとしていて、私と目が合うと、恥ずかしそうに頭を掻いて立ち去るか、ニコッと笑顔をみせて手を振ってくるのだ。

(男性特有の何かの儀式かしら?)


 昼前にドワーフ爺さんことバートルさんがフラッとやってきて「お昼に喰えよ」とパンを二つくれた。

「ありがとうお爺さん」

「おう」と後ろ手を振りながら彼は去って行った。

 バートル爺さんは笑顔ではなかったけど手を振った、よく分からない儀式だわ。



 四日目になると、遠巻きにいた男性らの中には、子供連れの奥さんにこっぴどく叱られて逃げていく姿を見るようになった。

(もしかして私を口説こうとしていたのかな?)

 しかし彼らは声を掛けて来ないのだから、私が自意識過剰の可能性もあるわね。やはり何かの儀式か?

 考えてみたが答えは出なかった。


 さて旦那を連れ戻しに来た子連れの奥様方だが、奥様方は旦那を連れ帰っていなくなる。しかしその子供たちはなぜか私の周りに群がって残っていく。気づけば私の周りには、子供が沢山集まっていた。

 お客も無く座っているだけの私はとても暇だったので、集まった子供らに文字の書き方や読み方、そして歌などを教えて上げた。

 その日以降、奥様が来なくとも私を囲む子供の数が増えていった。子供たちは用意周到な事に、皆が短い棒を手にしてやってきては、それで地面に字を書いて、私に「これあってる?」と、問い掛けるのだ。

 私も杖でカリカリと書いて間違っている所があれば訂正し、当たっていれば特大の丸を付けて上げた。

 なおその中にはドワーフ青年のマイコーの姿もあった。

 もう彼の年齢を聞いた後なので、いい大人が子供に混じって何をしているのだろうと真剣に彼の将来について不安を覚えたわ。



 そして十日経ったが売れた霊薬は無し。

 自分でも驚きの0本……、さすがにへこむわね。


 とても残念な結果だが今日はサイラスが帰ってくるので、早めに雑貨屋を後にする。

「明日は少し用事がありますので、また明後日に来ますね」

 ジェニーおばさんは帰りにまた野菜を持たせてくれた。

「いつもありがとうございます」

「いいのよ、これは近所の家からのお礼なんだからね」

 よく分からないがもう一度ありがとうと言って店を後にした。




◆◇◆◇◆




 町のとある井戸端会議。

「ねえ奥さん知ってるかしら。最近ね、雑貨屋さんの前に魔女が座ってるのよ」

「ああジェニーさんとこの子? もちろん知ってるわよ」

「若くて美人だからって男どもが集ってるのよね、同じ住人として恥ずかしいわ」

「確かにうちの旦那もろうろしてたからとっちめてやったけどさ。

 そっちじゃなくて。あの子、集まって来た子供に歌とか文字を教えてくれてるのよ」

「そうそう、うちの子なんて父ちゃんよりも字が読めるようになっちゃって、ほんとありがたいわ~」

「あ~うちの子が最近どこか出掛けてると思ったらそこにいってたのね~」

「あたしね、魔女なんてのは偏屈の塊だと思ってたんだけどさぁ、あの子を見てると魔女に偏見持ち過ぎてたのかと思っちゃってねぇ」

「あ~分かるわ。最初は魔女が来たって聞いてそりゃもう怖かったもんね」

「「「「あの子が良い魔女で助かるわ」」」」

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