13:魔女と賢者の差
町の門を出て家まで徒歩で十分。
玄関を開けながら「ただいま~」と言って家に入って行くと、目の前に若草色の柔らかい壁が現れてギュッとね。
腰と頭の後ろに大きな手が添えられて締め付けはさらにきつくなり、頭の天辺では、スゥーと息を大きく吸う音が聞こえてくる。
「おかえりなさいサイラス。そろそろ離してくれる」
「もう少しだ」
十日も会っていなかったのだから仕方がないか。
ふぅと息を吐いて彼が気が済むまで、諦めて玄関で立ち尽くすことにした。
たっぷり五分ほど経ってからようやく離れたサイラスは、とてもご機嫌であったのでヨシとしようじゃないか。
丸いテーブルに座るとサイラスは当然の様に私の隣へと座った。私の正面にはキーンが、お茶を淹れ終えて座る。
全員が席についた所で、まずはサイラスが私が預けた【魔法の袋】から、霊薬の材料をどっさどさと出し始める。
「うわぁこんなに! 凄い量じゃないの」
「ああ集めれば集めただけ、借金を返すのが早くなると思えば当然だろう」
言外に自分は頑張ったぞと、誇らしげに胸を張っている様だ。
そしてニコリと笑顔のままこちらを向いて首を少しだけ傾ける。
つまりこれは、お前の方はどうだった? と言う意味だろう。
視線をつぃと反らしてティーカップを持ちお茶を一口こくりと。
「シャウナ?」
声のトーンがやや低い。
「材料集めで疲れたでしょう。今日は早く休んだらどう?」
「シャウナ?」
さらに声のトーンが落ち、私の頭頂部に大きな手がガシッと乗ると、顎にも逆の手が添えられて無理やり彼の方を向かされた。
しかしながら私も抵抗を諦めたわけではなく、視線はやや左下に落として目を合わせない様に努めている。
「今日で十日目だが、今まで売れた霊薬の数を言え」
それは完全に怒っているの時の声色だった。
しかし売れていない物は言いようがないので黙秘する。
「三本、か?」
押さえ込まれているが、なんとか《ふるふる》とぎこちなく首を振った。
「まさか一本とか?」
最初に予想よりもかなり下の数値を言ったにも関わらず首を振られたので、今度は驚きと落胆の声色に変わっていた。
「それも違います……」
「もしかして」
「はい一本も売れませんでした」
カタンと静かに席を立つサイラスを、私は必死に止めた!!
※
昨日はサイラスの機嫌が直らず、私は彼と一緒にベッドに入る羽目になった。ただし大人な行為は一切無くて、彼の抱き枕替わりとしてだ。
なお彼と出会って八年ほど経つが、私と彼の間には、まだそう言った行為はない。
私はいつでも良いよと、とっくに意思を示しているつもりなのだが、彼の本質である
好いた相手を抱きたいとは思うそうだが、純潔の乙女が好きと言うのも本音だそうで、抱いてしまった後に私に対して好意を持っていられるか不安なのだそうだ。
私はそんなことは杞憂だと確信しているのだが……
(これこそ人同士ではありえない無い悩みよね)
何とも知識欲が満たされることだ。
本日はサイラスの持ち帰った材料を薬に調合しなければならないので、雑貨屋はお休みすると伝えてある。
キーンが準備してくれた朝食を食べて、さっそく工房に籠ろうとしたのだが、朝から来客がありその計画を遂行することは出来なかった。
来客は、ドワーフのグレタ婆さんだ。
「今日は雑貨屋さんの方がお休みって聞いたから」
差し入れのパンとチーズを持ってここまでやって来てくれたそうだ。
「すみません、いつもありがとうございます」
思えばグレタ婆さんとバートル爺さんは、それこそ交互に私へ差し入れを持ってきてくれる。お陰で昼ごはん代が浮いてとても助かっているのだ。
なんせ、現状はお金が増えることが無いので、減らないと言う事はとても有難い。
さてグレタ婆さんだが、どうやら今日の用事は差し入れだけではない様だ。
(だって手渡した後に何か言いたげだもの)
「少しお話しますか?」
何用かと聞くよりは、雑談しながら相手が話し始めるのを待つ方が良かろう。
グレタ婆さんは笑みを浮かべて、「ええお願いするわ」と言った。
「キーン、お茶をお願い」
小屋の中のむき出しの屋根の梁にとまっていた白フクロウのキーンは一声「ホゥ」と鳴くと、ふわっと梁から飛び降りて空中で一回転。
床に降りた時には初老の執事に変化していた。
そして「畏まりましたお嬢様」と、恭しく礼をして台所の方へ消えて行った。
いつも食事に使っている丸いテーブルに座ると、背の低いドワーフであるグレタ婆さんは首しか出ないらしく大変よろしくない。
私は庭に置いたログテーブルの方に場所を変えてグレタ婆さんと話をした。
そして半刻ほど話した所で、グレタ婆さんはとても言い難そうだったが、意を決して「霊薬をもっと薄めて売ることは出来ないかしら?」と提案してきた。
「薄めると言うのは、効能を減らすと言う意味でしょうか?」
霊薬は霊薬でしかない。薄めるとは治せる病気を減らすと言う意味であろうか?
私は意味を理解し難くて首を傾げながら問い掛けた。
「ううん、違うのよ。
マイコーの治療の時に飲み水に霊薬を数滴垂らしたわよね。あれを安価に売ったらどうかと思ったの。
あの薄めた物でも霊薬とは相当の効果があるでしょう?
その分安くなれば、あたしらも買うんじゃないかと思うのよ」
「なるほど……」
完治させるための分量ではなく、と言う事か。
治療と言う面では褒められた行為ではないが、お金儲けと言う点では理にかなっている様な気がする。
いいえ、完治するまで購入するのなら同じかしら?
確かに人によって霊薬を必要とする量は違っている。それこそ極端な例だが、ドワーフ青年のマイコーに使った分量はとても少なくて済んだ。
だったら薄めて必要分だけ買うと言うのも新しい売り方なのかもしれない。
「そうですね、霊薬によってはそういった売り方が出来る物もあるかもしれません。
是非とも参考にさせて頂きます」
私が素直にお礼を言うと、グレタ婆さんはホッと胸を撫で下ろした。そして彼女は、笑いながら、
「ふふふ、貴女は魔女のマルヴィナとはまるで考え方が違うのね。
きっとマルヴィナにそんなことを言ったら、彼女はしばらく口を聞いてくれなかったと思うわよ」
ああ確かにお婆さんならそうかもしれない。
【魔女】という者は、自らの造った霊薬を秘匿して他に漏らすこともないし、その効能には絶対の自信を持っているのだ。
だからグレタ婆さんはとても言い難そうにしていたのね。
そしてその提案を簡単に受け入れるから、私は【魔女】では無くて、【賢者】になったのだろう。
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