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今回の手形の件は私にとって、とても良い経験となった。
絶対の信頼を持っていたアルヴィドでも、予想外の事態が起きれば失敗すると言う事を知ることができたのだ。
もちろん〝魔女の予見〟でもない限り今回の件は知り様も無い事だが……
だからこそ良い経験だった。
私は借金の返済額が貯まっていないと言うのに、なぜ全く焦りも無く、一ヶ月半後に彼が帰ればいつも通り行商の販売代金を貰えると思っていたのだろう。
今回に限り品物が売れなければ?
彼が野盗に襲われて所持金を奪われたら?
男爵の様に運悪く彼が命を落とし帰ってこなかったら?
最悪の事態だけではなく、起きそうな事を考えただけでもまだまだ沢山の事が出てくるだろう。
今のままでは、彼に何かあった場合に私は借金を返すことは出来ない。
その可能性にいま気づけただけでも、私は運が良かったと思う。
アルヴィドは帰ってこない。
それを前提にして、今日から借金の不足分である銀貨五十三枚を稼ごう。
意識を変えた翌朝。私はキーンが準備してくれた朝食を食べながら、今後の方針について考え始めていた。
銀貨五十三枚。
以前にアルヴィドから指摘されたことが、これを市民を相手に稼ぐのは不可能だ。その時、貴族に借りた金額を稼ぐのならば同じ貴族が良いと教えて貰った。
その意見は正しいが、その商売口がアルヴィド一人にしかないと言うのが問題であることに気付いた。
とは言え貴族への伝手は簡単に手に入る物ではない。
しかし私は偶然が重なり、三人の貴族との縁があった。
一人目は私の借金の相手であるマクフォール男爵、二人目はリンネアの父親であるグレンヴィル伯爵。そして最後の一人はシアラー男爵なのだが既に死去しているので論外。
マクフォール男爵は魔物の襲撃の一件以来、どうやら
彼を話した〝一個人が持つべき力ではない〟と言った件は記憶に新しい。
今の彼であれば借金返済の為と伝えても、きっと品物を購入してくれる気がする。しかし私は男爵に、これ以上借りを作りたくないのでパス。
そしてグレンヴィル伯爵だが、リンネアをただの弟子として扱う事に決めているのにこんな時だけ頼るのは筋違いだろう。
実は私は先日にシアラー男爵の情報を頂いたのさえ、過分に過ぎると思っているのだから……
だから伯爵にこの話をするつもりは無く、当然だがリンネアにも口止めしてある。
以前までの私であれば、市民がダメで、貴族もダメとなるともう手が無いか~と思って諦めていただろう。
だが今回の件はとても良い経験をさせて貰った様で、それ以外に〝役人〟やら〝商売人〟と言う選択肢があることを知ることが出来た。
例えば万年筆などは、事務仕事をしている役場に売り込めばかなりの利益を見込めると思うし、以前に造ったクリップや安全ピンなども相手次第で一気に注文が得られるのではと思っている。
そして商売人だが、アルヴィドの様に貴族に伝手のある商人を探し出し、品物をその場で仕入として買い取って貰えば良いのだ。
後はその商人が如何ほどで売ろうが関係ないと言うスタイルだ。
現在の手持ちはブラインドが二つに万年筆が四本。
作業時間が掛かるこの二品だけも十分に借金の完済は可能だと考えていたが、その発想も期限まで残り一ヶ月半となった今となっては危険だろう。
組織を相手にするのなら作業が簡単で大量に造れる物が理想よね。そして仕入れてしまった鉄鉱石やらステンレス鋼が使用できる金属製品であるべきだ。
それに金属以外だとバートル爺さん以外の人員を集めるのに時間が掛かり過ぎる。
早くて大量ねぇ……
まずは〝大量生産〟を【
コストダウンや作業統一による簡素化、後はベルトコンベア?
〝ベルトコンベア〟をさらに検索。
車輪の様な物が二つ、そこにベルトを張っておき、なるほどこの上に品物を並べて流しながら作業するのね……
うちにはバートル爺さんしか作業員がいないからこれには意味はなさそうだ。
しかしベルトコンベアの映像を見ていてふと気づいた事があった。
たしかシアラー男爵は車輪が外れて馬車が転倒したと聞いたけれど、今は何で止めているのかしら?
「お嬢様、そろそろお時間となりますが大丈夫でございますか?」
キーン呼ばれて顔を上げる。
一緒に座っていたリンネアはとっくに朝食を食べ終えて居なくなっており、町に行って霊薬の在庫を補充しなければならない時間が迫っていた。
どうやら思いの外、時間を喰っていた様だ。
「ありがとうキーン。町の方へ行ってくるわね」
慌ててパンをすっかり冷めたミルクティーで流し込むと、私は町の方へ走っていった。
町に入り馬車がすれ違うたびにその車輪をジッと見つめる。
回転している物を見るのは無理!
停車している物を探してよくよく観察すると、金属の車軸に車輪を嵌める。車輪の内側は荷台が邪魔になり止まり、外側は杭が打ち付けられて外れない様にしてあるらしい。
ふむ……
どうやら上手く使えそうだ。
私は雑貨屋に立ち寄りジェニーおばさんに挨拶して在庫を手渡すと、その足でバートル爺さんの家に向かった。
「いらっしゃいシャウナちゃん」
出迎えてくれたグレタ婆さんに伝えて、早速バートル爺さんを呼んで貰う。
まだ朝方だったのが幸いし、爺さんはまだ作業をやっていなかったらしくすぐにやって来て、「何の用じゃ?」と穏やかな口調で問い掛けてきた。
ちなみに彼は職人さん気質と言うか職人さんなので、作業中に話しかけると機嫌が悪くなり、その場合は「なんじゃ!?」とやや喧嘩腰なので怖かったりする。
「少し方針を変えようと思いまして、ブラインドの製造を停止してください」
「ブラインドの方は今は丁度、仕掛り無しじゃな。万年筆も昨日に造り終えてるから仕掛りは無いぞ」
完成分を受け取り、万年筆の在庫が一本増えた。
「では万年筆も終ってください。
ところで今の馬車の車輪と言うのは何で作られているんですか?」
先ほど見てはいるが実際に作業している職人の口から聞きたいと思いそう尋ねた。
「作業の件は分かったぞ。
馬車の車輪かの? まずは木を丸く削って組んでから、車輪の部分には金属で補強しておるぞ」
車輪と言う言い方が悪くて、輪の方の解説をし始めたバートル爺さんを慌てて止めて、車輪を支える軸の方の説明をして貰った。
やはり見た通り、馬車の荷台に車軸を取り付けて車輪を通す、内側は荷台に当たって止まるので何もなし、しかし車輪の外側には車輪が抜けない様に杭を打ち込んでいる。
そして杭を差し込んだら先端を潰してしまい、杭が棒から簡単には抜けない様にしているらしい。
「その部分を新しい素材に変更しようと思っています。
このような物なのですが、バートル爺さんの意見を聞かせてください」
その場で紙を取りだし万年筆でさらさらと絵を描いていく。
描きあがった絵を見せて、バートル爺さんの「ここはどうなっておる?」とか「素材は?」と言った質問を一つ一つ答えていった。
「ふむむ、確かにこれは使えそうじゃぞ。して名前は付いておるのかの?」
「ええ、ナットとネジ。それから工具の方はレンチと言います」
ナットとネジは純度の高い鉄製品にしておき、工具となるレンチだけは鉄よりも堅いステンレス製にしようと思っている。
「外側は兎も角、内側に、それもネジと同じ幅の溝を均一に掘るのは難しそうじゃが、一体どうするつもりじゃ?」
「堅い金属の歯を付けて材料を一定間隔でずらしながら回せばいいだけですよ、チタニウム合金がほんの少しだけ余っていたでしょう。
あの金属なら鉄よりも堅いからきっと大丈夫だと思います」
「では溝を掘る方は任せようかの、まずは試作品を作ってみようではないか」
「何日掛かりそうですか?」
「そうじゃなぁ……、棒と六角部品だけじゃからな。とりあえず二セット分はすぐに掛かろうと思う。
溝以外じゃから昼過ぎには出来るはずじゃ」
二セットとはつまり馬車の前輪と後輪分の二本分と言う意味であろう。
「でしたら昼過ぎにまた来ますね」
「うむ、これが馬車の材料ならば商人ギルドか乗合い馬車の方に立ち寄るがいいぞ」
「そうですね、帰りに立ち寄ってみます。ありがとう」
馬車に限らず、ネジとナットは上手く使えばなんにでも使う事が出来るだろう。
いずれは小型な物を作って大量出荷できれば良いかもね。
ちなみに、溝を作るための回転できる土台やら器具なんてものは無くて、それ専用の器具を作るのにさらに三日が必要であった。
そして完成した器具だが……
「硬~ったぁぁぁぁ!!」
女子の力でだけでハンドルを回して、金属をガリガリと削るのは流石に無理があった様だ。おまけに均一にね。
「儂なら回せそうじゃが、大量にやるとなると無理じゃろうな」
力が強いドワーフ族のバートル爺さんなら、最初の数個であれば難なく回せるそうだが、これが二十個三十個と数が増えればいずれは疲れてきて回すことが出来なくなる。
そうなると作業効率が落ちるばかりか、溝の均一さも失われてしまうだろう。
「その辺りは一応案がありますので、ちょっと準備してきますね」
そう言って自分の家に戻り、私は
早速貰った、木の魔物たるトレントの枝を媒介にして【
魔法により生み出された
難しい命令は実行できない子だが、ハンドルを回すとか、金属をセットする程度の命令は難なくこなすだろう─ただし〝回す〟と〝セットする〟で二体必要だが─。
おまけに彼らに疲れは無いので、均一にずっと回し続けることもやってのける。
こうしてサンプルとなる車軸とナットが出来るまでに一週間を要した。
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