40:商人ギルド
サンプルの車軸と車輪、それからナットを持って─重いのでバートル爺さんに手押し車を借りた─私は乗り合い馬車の事務所に来ていた。
朝方は出発する便が多いので事務所の中はとても忙しそう。その列に並び、おまけにまったく関係のない話を振るのは流石に勇気がいる。
よし、開くまで待とう!
そんな訳で私は、事務所の端っこを陣取り、朝の忙しい時期が過ぎ去るのを待つことに決めた。
すると、
「どうしたいお嬢さん。馬車の乗り方が分からないのか?」
中年の御者っぽいおじさんが声を掛けてきた。
親切なことに、「どっち方面だい?」と聞いてくれている。
「ごめんなさい、私は馬車に乗りたい訳では無いんです。
実は馬車の新しい車輪の部品を提案しようと思ってるんですが、そう言った事を管理している方を紹介して頂けませんか?」
「んーお嬢さんが言ってることは良く分からんのだけどな。
その荷台の奴が馬車の部品だというのなら、ここじゃなくて馬車を作ってるところに行かないと意味がないんじゃないかな?」
なんと! ここじゃないと言うのか。
「つかぬ事をお聞きしますが、ここで使用している馬車はこちらで造っているのではないのですか?」
「ハハハハ、馬車を造ってんのは普通は馬車工場だろうよ。
うちは乗る場所だから馬車なんて造ってないさ」
車輪やら荷台なんかは軽く直せるところなら直すそうだが、大きく破損すれば職人に依頼してここでは請けないそうだ。
「その工場とか職人さんに会うには、どこに行けば良いのでしょうか?」
「さあ、おれにはわからんな」
御者のおじさんは他の人にも声を掛けてくれて聞いてくれたが、皆が「知らないな」と首を横に振った。
「そうですか~ありがとうございます」と言ってその場を後にする。
さて困った。
乗合い馬車のこの事務所は、どうやら別の所で造られた馬車を買っているだけで造っている訳ではないらしい。
おまけに現場の方々はその購入先を知らなかった。乗合い馬車の組織は大きいので、どうやら現場の人間は把握していない様だ。
現場は『今日新しい馬車が来るんだってよ~』、『へぇ~』って感じだってさ。
仕方がない、次は商人ギルドの方へ行ってみようかな。
※
私は荷台に新たにブラインド二つを積んで商人ギルドへ向かった。
在庫で抱えているブラインドや万年筆を、出来れば
いま抱えている在庫はアルヴィドに渡しても借金返済には間に合わないからね~
商人ギルドの中は、同じ〝ギルド〟と言う名だと言うのにいつぞやに見た冒険者ギルドの様な装いとは大違いで、入ってすぐにカウンターがありそこに受付嬢が立っていた。
その彼女の後ろには一本の通路が伸びており、その通路の左右には複数のドアが見えている。どうやら個室がいくつも設けられているようだ。
きっと商談するのはあの個室の中なのだろう。
「いらっしゃいませ、本日はどの様なご用でしょうか?」
受付嬢は私を見るや笑顔を見せてペコッと頭を下げて挨拶をしてくる。
「珍しい商品を売りたいので商人さんを紹介してくれませんか?
あと……、新しい馬車の部品を提案したいのですが、馬車工場なんて知りませんよね?」
まったくもって漠然とした私の言葉にも関わらず、彼女はニッコリ微笑む。
「はい畏まりました。
珍しい品と馬車の部品ですが、まずは一度ギルドの職人が改めさせて頂きます。
問題なければ依頼書を発行いたします。その依頼書を見てギルドに所属している商人が仕事を請け負う事になっております。
なお無事に依頼が成立しましたら、ギルドが仲介手数料として、代金の一割だけ徴収させて頂きます。
これで問題なければ職員の方で受付させて頂きますが、よろしいでしょうか?」
仲介で代金の一割も取られるのか!? とやや難色を示したのだが、
「こちらのギルドを通して取引が行われた場合は、この地区でしたら領主税の二割のうち半額が軽減されまして一割となります。
つまりお客様からすれば、税金の支払額までを考慮すれば~ですが、今までと何ら変わりがございません。
さらに残った一割の領主税分も、ご要望により事前に引いてからお支払いたしますので、収穫期に面倒な手続きもございません」
大変お得ですよと受付嬢は再び笑顔で締めくくる。
言われてみれば確かに、なんだかお得じゃない?
しかし疑問がある。
「領主税が手数料分免除になったら領主の取り分が減るんじゃないの?」
領主の得る税収は気軽に減らしてよい物では無くて、その税収で兵を雇ったり、治水やら壁の補修をしたりとまぁ色々と使い道が決まっているのだ。
「はいそのような意見を持たれる領主の方もいらっしゃいますね。
しかし商人が領地に沢山やって来るのならば自然と領地は栄えますから、良い領主様ならば、長い目で見れば悪くないと判断されているのでしょう」
その後、商人ギルドがある領地と無い領地を例に何やら色々と解説をされた。
どうでもいいけど、このギルド。良い領主=ギルドに許可を出すと言う図式を勝手に作ってんだけど大丈夫かな?
聞きたいことは概ね聞き終えたので、私は「じゃあそれでお願いします」と返した。
「はい畏まりました。
ところでお客様、商人ギルドのご利用は初めてでございますよね?」
話はこれで終わりだろうと思っていたのだが、どうやらまだ続くらしい。
「はいそうですけど」
「こちらのギルドにはお得な会員と言う制度がございます。
年会費は銀貨二枚ですが、ご会員様特典としまして仲介手数料がさらに一割値引きです。よろしかったらこの機会に入会されては如何でしょうか?」
訳が分からなくなってきたので今一度しっかりと確認した。
銀貨二枚を支払えば一年間ギルド会員となる。
会員の期間中は、仲介手数料で徴収された代金の一割が一割値引きされるらしい─ややこしい言い回しだ─。
えーっと、つまり1%お得ってことかな。
通常、銀貨一枚の商品を売ると税金で大銅貨一枚、仲介手数料で大銅貨一枚だ。
これが会員ならば、仲介手数料が一割の銅貨一枚分お得で九枚でOK!
元を取るにはえーっと……
銀貨二百枚分─つまり金貨二枚─の取引が必要と。
「いえ年会員は要りませんから、普通でお願いします!」
「(ちっ)」
危ない危ない。危うくお得だと思って飛びつくところだったわ。
一瞬にして笑顔が消えた受付嬢、突然態度が悪いな!!
どうやらワザとややこしい言い回しをして、今までも煙に巻いてきたのだろうと推測したわ。
こうして私は商人ギルド二つのに商品を卸した。
【買取り ブラインド 大銀貨十五枚 在庫二個】
【買取り 万年筆 大銅貨三枚 在庫五本】
なお当初はアルヴィドと同じ代金で依頼したのだが、職員から「高いと依頼が捌けないですよ」と言われたので、不本意ながら値引きすることになった。
そして買い取りではなく契約取引が一つ。
【取引契約 馬車用車軸とナット サンプルあり 費用は要相談】
取引が成立したら職員から連絡が入るそうだ─家の場所を教えているので伝えてくれるらしい─。
しかしどうせ毎日、在庫の補充の為に町に来ているだから、日課に組み込み立ち寄る事に決めた。
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