41:北の森
私の家がある北側には小さな森がある。
猟師が向かう南の森とは違って、北の森はぐるりと回っても二十分も掛からないほどの大きさしかない。
しかし森の中には小さいながらも泉もある。
実は私はこの森に、数ヶ月前から〝魔女の森〟で取れる霊薬の素材の一部を定着出来ないかと試行錯誤を繰り返していた。
その結果、概ね半分ほどを定着させることが出来た。
ただしこの森の樹は若く、そして魔力的なアレとか、魔女的な何かと言ったよく分からない栄養素が少ないらしくて、若干育ちが悪くて少々貧弱なのは否めない。
なぜこんなことをやっているかと言えば、これもリンネアの修行の為だ。
霊薬の素材は多岐に渡り、それこそ野草や葉っぱ、そして根っこに始まり。昆虫やら爬虫類、あまつさえはそれらの部位のどこどことか、それの体液とかまぁ色々あるよ。
霊薬の配合だけではなく、素材の加工方法なんかは教えてきたつもりなのだが、彼女はそれがある場所やら採るためのコツなんかは知らない。
つまりリンネアを、森にポイっと捨てて探して来いと言っても無理と言う意味だね。
今まではサイラスが持ち帰ってくれるからと、私も甘えていたのだが……
いつまでもやって来ると思うな霊薬の素材!
そんな訳でやや遅まきながら、私はリンネアにはそれらの採取方法を覚えて貰おうと、こちらの森を改変していたのだ。
本当は〝
今の私はこの男爵領に捕らわれているし、あそこは遠くて
サイラスが私と契約していなければ
まぁリンネアが来てから着々と準備をしてきたことなので、何気に良好な結果となって良かったと思うよ。
「と言う訳で、本日は町はお休みして森へ行きます」
朝食の席で私がそう宣言すると、
「お話が唐突過ぎて理解に苦しみますが、何が『と言う訳』ですの?」
当然の様にリンネアは首を傾げて問い返してきた。
「良い質問だね!
今日は森へ行って霊薬の素材探しをするんだよ」
続けて、「貴女は素材の加工は出来てもそれがある場所とか正しい採取方法は知らないでしょう?」と、一気に捲し立てる。
ちなみにやっとこ森が良い感じ─個人の主観─になったので、私のテンションも上がっているのですよ!
「はぁ分かりましたの、でしたら動きやすい恰好に着替えてきます」
やれやれ昨日のうちに言っておいてくださいの~とばかりに、私とは対照的にリンネアはローテンションで自室に戻って行った。
「あ、うん。すみませんお願いします」
さてすっかり着替えて戻ってきたリンネア。
秋らしく濃緑のワンピース姿だった彼女は、町の男が着る様な無骨な丈の長いズボンと長袖のシャツに身を包んで帰ってきた。
女子力は最底辺まで下がったが、着てきた服の生地はやや厚め。
どうやら木の枝や葉などで肌を傷つけない様に気を付けているらしい。言われるまでも無くそう言った服装を選んできた彼女は中々賢い。
「いいね~、可愛さが激減した以外は……」
「ふぅ、お姉さまは森に何を求めていらっしゃるのですの?」
「すみません。失言でした!」
ちなみに北の森にはお弁当を持ってピクニック形式で出掛けた。
修行だと聞いて緊張しているリンネアを、少しでも和ませようと思っての行動だったのだが、リンネアはやや不満げだった。
緊張感が持続しない師匠でごめんなさい。
※
森の中に入り、リンネアと二人で歩いて回る。
「何か素材となる物を見つけたら教えてくれるかな?
ただし、絶対に触ってはいけないよ!」
扱いを間違えれば茎にあるトゲが刺さり毒に侵される様な草もあるし、昆虫の中にも小さい癖にヤバい奴だっている。だから後半の語尾は強く、絶対にダメだと伝える必要があった。
森に入る前の、軽い雰囲気から一転した私の真剣な態度を見たリンネアは同じく真剣な表情を見せて頷いた。
行先はリンネアに任せて、私は付かず離れずの距離を保って彼女の後をついて行く─念のために【
あとでもう一度回る時に改めて教えれば良かろうとまずはスルーしておく。
やっとリンネアが立ち止まり、
「えっと、あの葉っぱは見覚えがありますの」
リンネアが指したのは樹に絡みつく蔦状の草の葉だった。その葉はやや高い位置にあってリンネアの身長では届かない場所だ。それに気づいたと言う事は上の方もしっかり見ているのだなとひと先ずは安心した。
「うん正解だね。他にはないかな?」
私の言葉にホッと息を吐くリンネア。
続いて自信な下げに、「あの草はどうでしょうか?」と問い掛けてきた。
彼女の指先には鮮やかなオレンジ色をした葉を付けた草があった。その草は先ほどの葉っぱよりも近い位置にある。
「なぜあれを指したのかな?」
霊薬の調合の材料の中にあの様な鮮やかな色の草は無い。大抵は枯れたか腐ったような茶褐色が多いのだ。
「色が違うのですが葉の形状が同じですの。ですから乾燥させればいつも使っていた根っこの奴と同じではないかと思いましたの」
「よく観察しているね、正解だ。あの草は引き抜くと色が変わってしまうんだ。
そして色が変わる前のあの状態だと、毒がある」
抜くときは素手は禁止。必ず手袋をつけて採るか、紐で括って引き抜く必要がある。
「いいかい、茎にあるこの細かいトゲに毒があるんだ。
触れても人間ほどの体格ならばそれほど一大事になる事は無い。だけど手の感覚を少しだけ麻痺させるから、他の素材を採る時に失敗することがあるよ」
リンネアにしっかり指導しながら草を引き抜いて貰った。
地面から抜けるとあれほど鮮やかだったオレンジの葉はスゥーっと茶色に変色していき、まるで乾燥したかのような色に変わっていった。
「あら、この草は乾燥していたわけではないのですね」
「さあこの色に変わったらもう大丈夫、毒は消えているよ」
リンネアは満足げに手に入れた素材を腰に付けた袋に入れていた。
「さぁ次はその葉っぱだよ」
私は彼女が最初に見つけた葉っぱを指差し「あれは普通に採るだけだ」と教えた。
タタタと樹に走り寄ったリンネアは、樹の幹にしがみ付きよいしょよいしょと昇り始めた。しかし彼女が広げた手よりも太い幹の樹がそんなに簡単に登れる訳はなく、声とは裏腹にまったく進んでいない。
そもそも貴族令嬢が樹に登れるのだろうか? と言う疑問も湧くね。
「リンネア、樹に登る必要はないんだ。
落ちている枝に蔦を上手く引っかけて引き降ろしなさい」
「あっなるほどですの!」
慣れない作業ゆえ、彼女はかなりの苦心の末に葉を手に入れることに成功した。
リンネアが採取している間、私は森で食べられる木の実や野草などを採っていた。
そう言えばこういった生活も久しぶりだなと、お婆さんと暮らした森の中の生活を思い出して少しだけ感傷に浸った。
お昼になると、家から持ってきたお弁当と一緒に、持ってきた小さな鍋を使って先ほど採った森の恵みを煮て食すことになった。
その名は何の捻りも無しで〝森の恵み鍋〟だ。
出来た粥っぽいものを見て、
「これは食べても大丈夫ですの?」
彼女の口元は引き攣り、額には冷や汗の様な物が流れている。さらには小声で「材料を洗ってないですの~」とひきつった声も聞こえた。
「食べられる野草とか木の実だからね、とりあえず煮りゃあなんでもいけるって」
ちなみに肉系だったら、『焼きゃあ大体いける!』だよ。
彼女はその言葉に盛大に顔を顰めたが、大きく息を吸って眉を寄せると、エイヤッとばかりにスプーンを口に運んだ。
そして味わう事も無くごっくんと。
ぱぁぁ~と分かりやすく笑みを浮かべるリンネア。
味は聞くまでも無いだろう、〝森の恵み鍋〟はどうやらお気に召してくれたらしいね。ぶっちゃけ、朝から歩いてこれだけお腹が空けば何でもご馳走に違いないよ。
「ご飯も食べた事だし、家に帰ろうか!」
突然の私の言葉に「えっ?」と驚くリンネア。
覚えることはまだ多く、根を詰めてやるような事ではないから、また時間が開いた時にこればいいだろう。
「大丈夫、時間はたんまりあるよ」
そして私はお婆さんの口癖を笑顔で言った。
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