42:交渉
馬車を造っている工房と言うのが街の方に二つあるそうだ。そしてそのうちの一つの方から、新しい部品を見せて欲しいと言う打診があったのは、ギルドに依頼してから半月後の事だった。
依頼を出したのがこちらなので、当然だが伺うのは私の方になる。街へ行く準備を進める中、お陰で、もしもここに決まったなら作成した商品の運搬なども交渉で詰めないとダメだなと気づくことが出来た。
作った部品の運搬方法か、まだまだ私は知らない事の方が多い様だ。
だからこそ町の生活は面白いね。
今回は商売の話なので、リンネアはお留守番。
私は
要するに「我に乗馬の真似事をしろだと!?」と言う奴だよ!
街の端っこも端っこ、街を護る壁寄りにその工房─ハナム工房─はあった。
私が伺うと、職員の人に「伝え聞いています」と言われて別室に案内して貰えた。
ほんの五分ほどで作業着を着た男性二人が入ってくる。一人は白髪で、もはや老人と呼んでも差支えの無い年の男性、しかしその眼光は鋭い。そしてもう一人は三十代付近の男性で、老人の隣だからか穏やかそうな雰囲気である。
二人は顔が似ているのでお爺さんとお孫さんだろうか?
まずはあちらが自己紹介を─二人ともハナムと名乗ったのでやはり血族なのだろう─、続いてこちらが自己紹介を終える─サイラスではなく私が代表だと言うと驚かれた─。
「失礼しました。すっかりお待たせしてしまいましたね」
「いえ全く」
わずか五分。本気で待っていないのでそう返すと、若ハナム氏から笑われた。
「ははは失礼。正直なお嬢さんだなと思いましてね。
それで新たな商品と言う車軸と、えーっとナットでしたか、それを見せて頂いても良いですか?」
眼光鋭い老ハナム氏は無言、若ハナム氏の方が主体で話が始まった。
「では早速」
私はサイラスに目配せをして脇に置いてあった袋から、車軸とナットのサンプルを取り出して貰う。
しかし商品は車軸とそれを
「大切な商品ですからね、上で構いませんよ」
そう言ってくれたので「失礼します」と言ってサンプルをごとりとテーブルの上に置いた。
「では形状の説明を」と続けると、
「いえまずは見せて貰います」
彼らは私の言葉を遮って、商品を手に取って良いかと尋ねてきた。
販売人のお世辞文句などは聞いても時間の無駄でしかなく、二人とも職人ゆえに良い物は見れば分かると言う事だろうね。
私がどうぞと言うや否や、そして二人は真剣な表情でナットを手に取って確認したり、車軸に掘られた均一の切り込みをジッと見つめていた。
しばしの観察の後、老ハナム氏はおもむろにハンマーを取り出して、「打っていいかの?」と聞いてきた。
「ええどうぞ」
そう返すと老ハナム氏は車軸に向かってハンマーを軽く打ち付けた。数回ほど、室内に金属と金属が打ち合うキィィンと言う甲高い音が響いた。
そして二人は満足したのか、ほぅと深い溜め息を吐いた。
サンプルがテーブルの上に戻されると、再び若ハナム氏が口を開き、
「とても素晴らしい技術だと思います。
そもそもこの車軸もナットも鉄製品の様だが、今までにないほどに純度が高い……
形状も然り、これが普及すれば車輪が外れる様な事故は随分と減ることでしょう」
「ありがとうございます」
「後は値段と供給量の問題になります」
そうだろうね。
「失礼ですが、いくらほどを考えられておられますか?」
若ハナム氏は車軸とナットのセットを指差してそう問い掛けてきた。
車軸とナットに使用した鉄鉱石はブラインドの量より多い─太さが人参ほどもあるからだ─。そのため、一本辺りで銀貨三枚ほどの仕入れ値が掛かっている。
それ以外は型に流し込み、
作業費が少々と原価に約二割半ほどの利益を乗せて、
「輸送費は別としまして、材料費はこちら持ちで銀貨四枚でしょうか?」
「高すぎますね、失礼ですが鉄鉱石の仕入れ値に問題があるとしか思えません」
即答で首を横に振られてしまう。
「そう言われましても、鉱山に魔物が出たと言われて、市場に出回っている材料の鉄鉱石の値段は上がる一方です。
私の方では何ともしようがないなのですけども」
私だって高いと思ってんだよーと、心の中できっちり叫んでおくのは忘れない。
「ではこうしましょうか。
鉄鉱石はこちらで仕入れますので、その精製と加工費の算出をお願いできますか?
もしくはその技術を全て売って頂くのでも良いですがね……」
どうやらこの工房は鉄鉱石の独自の仕入ルートを持っている様だ。
今月も鉄鉱石は高騰していると聞いているし、材料費を持ってくれるのならば、私の資金は目減りしないので願ったりである。
しかし技術はダメだ。
「残念ですが、技術をお売りしたとしても、炉などが対応していないでしょうから、この様な純度が高い鉄は精製出来ないと思いますよ」
「ほぉやはり炉が違いますか、なるほど興味深いですなぁ」
語り過ぎただろうか? と一瞬だけ危惧するが、魔法で強化されたあの炉を真似出来る者は居ないと気づく。
私と同じく【
魔法使いさえ希少な現代、そのような存在はほぼ皆無であろう。
「作業費は後ほど算出してお伝えします」
単純に差額で一セット当たり大銅貨五枚付近になるだろうが、バートル爺さんからも了承を得ないと不味いだろうと判断して即答は避けたのだ。
「分かりました。
ところで、あのネジとナット言う部品ですが、わたしどもは馬車以外にも有用性があると考えております。
もしも商品の大きさを変えることが可能であれば、より広い範囲で使用できると思うのですが、それは可能でしょうか?」
「もちろん可能です」
金属を流すだけなので鋳型を変えれば問題ない。
回転して削るのは小さかろうが作業としては同じだ─もちろん小さ過ぎず大き過ぎずの加減はあるが─。
「ふむむ、わたしどもとしましては、今後は車軸だけに留まらず、純度が高い鉄と、ひいてはそれで作成された、ネジとナットと言う部品を、是非とも専属に契約したいと思っております。
なるべく早くに良い返事を期待しておりますよ」
「はい分かりました。
本日はありがとうございました」
やっと終わった。
ハナム工房を出た私の背中には嫌な汗がつぅと流れている。
私はきっと営業やら商売と言った仕事は向いていないなと、初めての交渉の席を終えてそのことに気づいたよ。
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