43:取引の行方

 私は町に戻り、翌日を待ってバートル爺さん宅に向かった。もちろん今回のハナム工房の件をバートル爺さんに話す為だよ。

 あの席で私は『一度持ち帰る』と言ったが、どうせこの話はすぐ通るだろうと私は楽観視していた。

 むしろ持ち帰って、今後の事をバートル爺さんから助言して貰いたかったと言う気持ちの方が強かっただろう。



 しかし話を伝えたバートル爺さんはなぜか渋い顔を見せていた。

「何か問題でもありますか?」


 その表情を不安に思って問い掛けると、

「シャウナよ、少し確認したいことがあるんじゃがの。

 今回の車軸やらナットなんかは鉄が主原料となっておる。ならばステンレス鋼はどうするつもりじゃ?」


「ステンレスも悪くないのですが、今回の商品だと費用が上がります。

 鉄だけで行けるのなら必要ないと思っています」

 幸いにも相手が鉄の仕入を引き受けてくれると言うのだから、極力持ち出すお金は少ない方が良い。


「ではステンレス鋼はもう必要ないと?」

「今後は分かりませんが、この取引ではしばらく必要ないでしょう」

「ふむ。ならば儂はもうお主に協力できんのぉ」

 バートル爺さんから何とも無念そうな口調が漏れた。


「えっ?」

 突然の言葉に口元が引き攣ったまま顔が固まった。

 まさかの拒絶。

 なんで? えっ? と頭の中はフル回転するが理由が見つからない。


「なぁシャウナよ。儂が協力する条件を忘れておらんか?」

 私がしばし固まっていたからだろう、バートル爺さんから穏やかな声でそう指摘されて、私は自分が失念していた問題にやっと気づいた。

 そうだ。バートル爺さんが協力してくれるのは、彼の孫のマイコーに仕事を依頼することが条件だった。

 その為にイーニアスが居なくなった際には、新たに冒険者のヤンネに声を掛けていたと言うのに、借金返済の残り期間が迫った今、すっかりそのことを失念してしまっていた。


「す、すみませんでした!

 自分の事だけを考える余り忘れていました」

「今がお主にとって大事な時期なのは分かっておる。その大事な時期に笑って協力してやれん儂は酷い奴じゃと思っておるよ。すまんのぉ」


「いえ違います。

 最初からそう言う約束でした。それを忘れた私が悪いんです」

 その後、続けるべき言葉が見つからず私は再び無言になった。


「……話は仕舞い、じゃな。

 方針が決まったら一応知らせてくれるかの?」

 彼が立ち上がり、私も仕方なく立ち上がる。

 ぺこりと頭を下げて彼の家を後にした。



 心はすっかり気落ちしていると言うのに、これは森の中で独りで暮らしていたら絶対に知ることが出来なかった知識だと、私の賢者の部分が歓喜している。

 あぁ……人との交わりはなぜこれほど色々と気づく事があるのだろうか。







 私は家に帰ると自室のベッドの上に座って今後の事を考えていた。


 バートル爺さんの協力が得られない。

 これに付随する問題について、真っ先に上がるのは〝溶鉱炉〟だろう。しかしこれは実は大した問題ではない。

 彼の作業場の溶鉱炉は、確かに私が魔法で強化した特性の物だが、別の炉に同じ事をすれば解決できる程度の問題でしかなかった。


 そんな事よりも、もっと大問題なのは、今まで培っていたコツと言った経験がすべて失われる事だろう。

 炉の温度管理や融けた鉄の扱いなど、新たな職人がバートル爺さんと同じレベルに至るにはきっと時間が足りない。

 そうなるときっと車軸やナットの強度が落ちて質が下がる。

 サンプルよりも品質が下がれば、契約に至らない可能性まで出てしまう。


 まぁ契約できなければステンレス鋼の着手に戻るしかないので、バートル爺さんは返ってくると言えるが……


(思ったより手詰まりなのね)




コンコンコン


 ノックの音で我に返り「どうぞ」と返事をする。

 ドアがガチャリと開きキーンが入ってきた。

 執事姿の彼は腕を胸の前にして恭しく礼をすると、「お嬢様、夕食の準備が整いました」と教えてくれた。


 確か昼の少し前に戻ったはずだが、見渡せばいつの間にか日が落ちていたようだ。しかし時間がいくら経っていようがお腹はまったく空いてはいなかった。

「食欲がないわ」


 私の返事を聞いたキーンは首を横に振った。

「いけません。本日は昼食も召し上がっていらっしゃいません。

 食べられる物だけでも構いませんので、降りていらしてください」


「分かった、行きます」

 キーンに強く言われるとどうしてもお婆さんに言われた気になる。

 私は仕方なく腰を上げて食卓へ向かった。



 食卓にはいつも通りのリンネアと、珍しい事にサイラスが座っていた。聖獣ゆえに食事の必要のないサイラスは普段この時間に食卓ここにいることはほとんどないのだ─食べない人にジッと見られると食べにくいじゃんって奴だ─。


「……珍しい」

 呟く様な言葉だったのだが、彼は聞きとめて、

「普段は能天気な我の姫が珍しく気落ちしているのだからな。我も偶には珍しい事をしたくなったのだよ」

 ニィと嗤うサイラス。


「もしかして何か良い案でもあるのかしら?」

「あのドワーフが残る事を前提にあの話を進めるべきだろう。

 そこでのみ見えてくる物がきっとあるはずだ」

 期待を込めて聞いたのだが、返ってきたのは期待外れのぼかした答えだった。


「いまは抽象的な話は要らないわ」

「答えだけ聞いても解ったとは言えぬぞ?」

「普段ならそれでいいけどね。

 今回ばかりは時間もないのよ。出来れば答えを頂戴」

 ああそうだ。普段は〝賢者〟のプライドが邪魔する私が、ここまで無条件に甘えられる相手はきっとサイラスだけだろう。


「話が進み契約したとする。ドワーフが商品を造れば商品はここに出来る。ならばその商品を街まで運ぶ者が必要であろう。

 それを誰に依頼するのか、それが答えだな」

「っ! サイラスありがとう!!」

 私は駆け寄り彼に抱きつくと感謝を込めて何度もキスをした。



「コホン……、未成年の弟子に対してもう少し配慮して頂きたいですの」

 その咎める様な声に我に返る私。

 そう言えばここは食卓で、そして─すっかり彼の膝の上に座ってしまっているが─その向かい側にはリンネアが私待ちで座っていたのだった。


「えっと……」と視線を彷徨わせて、おもむろにパンっと両手を叩き、

「じゃあご飯にしましょうか!」


「お姉さまはそこで食べるおつもりですの?」

 私は冷ややかな弟子の視線から逃げる様にそそくさと、彼の膝の上から降りた……

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