44:ドワーフ族は大食漢

 明朝、『コンコンコン』と言う控えめなノックの音が聞こえて、目が覚めた。

 よっこいしょ~と体を起こそうとしたが、右半身の肩から太腿に掛けて何かがしっかり絡み付いていて上手く行かない。


 ああそうだ。

 昨日のお礼と言う事で、昨夜はサイラスの抱き枕として過ごしたのだった。

 つまりこの絡み付いているのはサイラスか……


 念のためにシーツを捲ると胸の辺りで光沢のある銀髪がチラリと見える。確かにサイラスの様だ。



「サイラス、邪魔」

 ぎゅうと彼の形の良い鼻を摘まんでやると、彼は不満そうに首を揺らして私の指から逃れようとする。しばらく続けているとようやく目が覚めた様で、薄らと瞳が開き深い青目が現れる。

「朝から酷い扱いだ」

 不満げにそう言うと彼は再びシーツの奥へ沈んでいった。

 どうやら頭の位置が胸から腰へ移動したらしい。


「はいはい、お客さんが来ているみたいだから退いてくれるかしら」

 先ほどドアが開く音が聞こえたので、きっとキーンが中に案内したのだろう。と言う事はキーンが見知った相手と言う事だ。


 人を待たせる訳には行かず、今回も仕方なしに【浄化クリーン】を使用する。私の体が一瞬だけ光りに包まれてすっかり綺麗になった。


 なんだかここに来てからと言うもの、決してサボる為ではないけれど身支度に魔法を使う頻度が増えたなぁ~と思うわね。




 一階に降りてリビング兼応接室に入ると、そこにはグレタ婆さんが座っていた。

「おはようシャウナちゃん。朝早くから悪いわねぇ」

「おはようございますグレタ婆さん」

 挨拶を終えるや、彼女は椅子からトンと降りて丁寧に頭を下げて謝罪をしてきた。

 突然一体何事か? と、こちらが慌てる。


「昨晩爺さんから聞きましたよ。

 あの人ったらシャウナちゃんのお手伝いを一方的に断ったのだとか、この大事な時期にそんなこと言うなんて、まったくあの人は……

 本当にごめんなさいね。頑固な爺さんなのよ」

 何とか説得しようとしたのだが失敗したと、グレタ婆さんは顔を顰めていた。


「いえそれには及びません。

 そもそもはバートル爺さんに協力して貰う条件を私が違えた所為です。ですから悪いのは私の方です。こちらこそ申し訳ございませんでした」

 こちらこそ申し訳ないと頭を下げて謝罪だ。


「そうなのね……

 でもあの人も昨日は後悔してたから、もう一度ちゃんと話し合えば今度こそ上手く行くと思うのだけど、どうかしら」

 つまりもう一度聞いてみて欲しいと言う意味だろう。さらに彼女は「あたしが間に入るわよ」と請け負ってくれる。


「丁度お話がありましたので、お伺いする予定でした。

 でしたら今からお伺いしても良いですか?」

「ええ、ええ! もちろんよ!」

 やっとグレタ婆さんが心からの笑ってくれた。







 グレタ婆さんを伴ってブラード家に行くとバートル爺さんは既に起きていて、食卓で朝食を食べていた。

 そう言えば今朝はまだご飯を食べていなかった。

 そう思った瞬間に、お腹がくぅ~と情けない音を鳴らす。


「あらあらあたしったら、ごめんなさいね朝早くに押しかけちゃってもう。

 すぐにシャウナちゃんの分も用意するわね」

 タタッと台所へ向かうグレタ婆さん。


「えっ、いや私は……」

「こんな時に遠慮しないの!

 さあ座って座って」

 半ば強引に食卓に座らされて─おまけにバートル爺さんの正面の席だ─私は朝食をご馳走して頂くことになった。



 しかし……

 目の前に次々に皿やら器が並べられていく。

 どうやらこれがすべて私の分、つまり一人前だろう─バートル爺さんの前にも同じ物があるのでそう判断した─。


 まず大きな皿の上に、火で焙った分厚い燻製肉ベーコンが乗り、その隣には拳半分ほどのチーズの塊と同じほどの大きさの蒸かしたイモが二つずつある。

 その大皿の隣には野菜のスープが入った器が一つ。その逆側にも同じ大きさの器がもう一つあって、そちらにはゆで卵を散らしたサラダが入っている。


 そして食卓の中央にはパンが入った籠が……

 籠から見えるパンは見慣れた奴だ。

 しかし残念ながら見慣れているのはパンの形状だけで、うちではこれを指二本ほどの厚さにスライスされて出てくるのだが、どう見ても切込みが無い。

 一切も無い!

 丸々と育ったかぼちゃほどの大きさのパンがドンとね。なにこれ千切って食べ……てないわ。バートル爺さんそのまま齧り付いてるもん!!


 最後にコトンと置かれたのは果実と野菜を絞ったなみなみ一杯のジュース。このコップというか入れ物は見たことがある、そう酒場で!

 酒を飲むジョッキですよねこれ!?


 我が家の朝食に比べて圧倒的に量が多い!

 今日は多いね~と思うのでもパン一切れに卵焼きと薄い燻製肉ベーコンが一枚。あとは野菜スープくらいだよねー



 ちなみにジュースを置いた後、「遠慮せずに食べて頂戴ね」と、グレタ婆さんが満面の笑みで微笑んだ。

 うわぁ断り難~ぅ!!

 こんなに食べられませんとは言えない雰囲気だよ。


 昨日の今日でバートル爺さん─おまけに無言─の前で食べるとか気まずいわ~とか言ってる暇はなく、私は超必死に食べた。

 食べて食べて……


「もう食べれません……、ごめんなさい」

「あらあら人族ってのは相変わらず小食ねぇ」

 満腹に苦しむお腹をさすりながら、ドワーフ族の食費が知りたいかも~と半泣きで思ったわよ。



 ちなみにサイラスの助言のお陰でバートル爺さんとはすぐに和解できました!

 ぶっちゃけ食事の時間の方が長かったわ。

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