32:借金完済①

 九ヶ月目の中ごろ、予定よりも早くアルヴィドが帰ってきた。

 彼は「戻ったぞ」と言うよりも早く、

「賢者が大魔法を使って魔物の集団を倒したと、隣の国まで聞こえる噂になっているぞ」と、何とも嫌な情報を教えてくれた。

 どうやらその噂を聞き、心配して早く帰ってきてくれたらしいのだが……


「その噂はもう痛いほどに知ってますよ……」

 ここ半月の間、弟子入り志願者と、身分を名乗らないどこぞの国の使いや、さらにならず者の訪問が引っ切り無しに続いているのだ。

 なお闇にまぎれて襲ってくるならず者だが、夜行性で夜目が効く白フクロウキーンによって発見され、ダンフリーズトレントによって排除されている。

 朝起きて、庭先に蔦でぐるぐる巻きにされているならず者が居て驚いていたのは最初の数日、今では「あら今日の数は少ないわね」と、結構平気だったりする。。


 ちなみにならず者の目的は、間違いなく私を攫う事だ。体よく攫った後はきっとどこかの国か貴族かで働かされるのだろうね。



 アルヴィドから交易の販売利益を受け取る。

 まずブラインドが四つ、一つ辺りは前回同様で大銀貨二枚。しかし一枚だけ、手形で販売されており彼から貰った大銀貨は六枚であった。


「これが約束手形の証書ですか」

 私は代金の大銀貨とは別に手渡された紙を広げて内容を確認した。

 そこには『シアラー男爵が来月の収穫期までに大銀貨三枚を支払う』と言う様な事が書かれていた。


「えーとなになに、無事支払いが出来ない場合は、爵位を譲渡する?」

 何も考えずに読み進めて「んんっ!?」と驚き二度見した。


「ええっ爵位を譲渡!?」

「ああそうだ、貴族にとってそれ以上の担保は無いだろう」

「もっと壺とか、肖像画の様な美術品が良かったです……」

「俺の目利きでは価値のある美術品がなくてな、価格分貰おうとするとかなりの量になった。沢山貰っても輸送費が掛かるし、売るのが手間だ。

 どうせ担保だ、一番価値のある物で構わんだろう」

 なるほど彼の言いたいことは理解できた。

 確かに安いのを一杯差し押さえても邪魔なだけだ。それにどうせ支払われるのだからと一番価値のある物を抵当にする方が効率は良いと言えよう。

 滅多にない事だぞとアルヴィドは笑っているので、きっと貴族が真っ先に返すだろう手形になるに違いあるまい。カードローンではないが、返済の優先順位が高いと言うのはよい事だろうと納得した。



 さらに万年筆の代金が四本で銀貨で二十枚。

 そしてエアコンの代金が一つ分で大銀貨五枚。やはり二つは売れなかったのかな~と気落ちしたが、またもや手形が出てきて大銀貨七枚分で売れた様だ。


「あのぉお父さん? この手形もシアラー男爵なのですが……」

「ああ爵位を抵当にするならもう一品分寄越せと言われてな。だったらと言う事でエアコンを付けておいた」

 彼は体よく在庫処分出来たぞと言ってハハハと笑った。

 あぅぅエアコンはそんなにアレだったんだーと、私は改めてヘコんだ。


 それにしてもだ、

「それに何の意味があるんですか?」

「いや無いだろう」

 抵当の価値に対する商品を出す意味が分からない。

 ちゃんと支払えばその抵当権は失われるのだから、それに釣り合う商品を要求しては本末転倒になる。

 だって、返す額が増えるのだから危険度が増すでしょ……

 それに気づかないとはシアラー男爵って大丈夫かしら?


「強いてあるとすれば、最初から返すつもりがないと言う線だけだ」

「それは?」

「既に借金まみれで返すあてがなく、抵当で品を手に入れてそれを売った代金で借金を返すんだ」

「その時は返せたとしても新たな借金が出来ているからダメですよね?」

「ああそうだ。だから意味は無いな」

 この平和な時代に、男爵とは言え仮にも貴族がそこまでになるとは思えない。




 アルヴィドはいつも通り三日ほど滞在すると新たに出来た荷物を積むと、「お前の借金の期限前の二ヶ月半で帰る」と言って旅立って行った。

 そして九ヶ月目が終わる。



九ヶ月目(※銅貨未満は切り捨て)

 前月繰繰越_銀貨八十二枚、大銅貨四枚 ___8240 │_______│


 行商収益___銀貨百三十枚__________ __13000 │_______│

 _約束手形分_銀貨七十枚____________ __(7000)│_______│

 霊薬販売益________大銅貨八枚 _____80 │_______│


 鉄鉱石仕入額__銀貨三枚、大銅貨七枚 _______ │____370│

 その他雑費________大銅貨四枚 _______ │_____40│

 雇用費二回________大銅貨六枚 _______ │_____60│

 生活費__________大銅貨二枚 _______ │_____20│

 ===========================================================

 小計________________ __21320 │____490│

 _約束手形分計___________ __(7000)│______0│


 最終収支額_銀貨二百八枚、大銅貨三枚 _________________│__20830

 _約束手形分_銀貨七十枚______ _________________│__(7000)



 あの一件で町の一部で恐れられているので、今月の霊薬の売り上げが激減していたのだが、キーンから手渡された月次決算書を見た私は笑いを堪えることが出来なかった。


「ふ、ふふふ。

 あははははは!!」

「ど、どうしましたの、お姉さま!?」

「ついに、ついに金貨二枚分、銀貨二百枚貯まったわ!!」

「えっ!? もう貯まったんですの!」

 何度数字を見直してもある!

 しかも手形なしでだ!!


「キーン! すぐに借金を返しに行くわよ準備なさい!」

「畏まりましたお嬢様」

 キーンは魔法で鍵が掛かった、お金の入った箱を取りに別の部屋へ行った。


 次はっと。

「サイラス! ねえサイラスってば!

 お金を返しに行くから男爵の居る街まで乗せて行ってちょうだい」

 上の階に向かってそう叫ぶと、トントンと私の聖獣様が気だるげに降りてきた。


「まったくお前と言う奴は……、我に馬の真似事をさせるなと何度言えばいいのだ」

「今日は特別! お願いよ」

 そう必死にお願いするが、そんなことをしなくても彼は断らないのは知っている。だからこれは儀式の様な物だ。

 一瞬だけ背伸びして彼の頬に口付けする。


「先払い、ほらお願い!」

「今回だけだぞ」

 しぶしぶと言う体で外に出るサイラス。

 私は笑顔で「うん」と返事してサイラスに乗り男爵の街へ向かった。

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