31:魔法使いの恐怖

 いやはや知らなかった事とは言え、念のために一番威力の大きな魔法を使った所為で町の南側にはぽっかりとクレーターの様な物が出来てしまった。

 必死に謝り倒したのだが……


 えぇ再び男爵邸に召還されましたとも。




 男爵邸の応接室で待っていると、前回同様、ドアが『バンッ』と開いて、小太りの男爵がそれはもう不機嫌そうに入ってきた

 彼はドカッと私の前のソファに座るるとすぐに、

「賢者シャウナよ、お前はまた我が領地を……」

 そしてギリギリと歯ぎしりの音が聞こえそうなくらい、渋い顔を見せていた。


「えーっと今回ばかりは不可抗力だと思うのですが……、ダメですかね?」

 男爵は大きくため息を一つ吐くと、バサリと紙の束をテーブルに投げつけてきた。

 どうやら手紙を束ねた物の様だ。


「町長以下、門番や市民などから嘆願書が届いておる。

 聞けば町中・・には一切の被害が無かったとか……

 魔物を倒したことによる功績を踏まえ、今回は不問としてやってもいい」

「おおっぜひともその方向でお願いします!!」

 私の言葉を聞いた男爵はまんざらでもない様な顔を見せた。言い方はアレだったが、どうやら男爵は感謝している様だ。

 しかし中年の小太り禿オヤジのツンデレなんてどこにも需要は無いので、次回からは遠慮して頂きたいと思う。



 男爵は改めて、正式に不問にすると告げた後、

「なあ賢者シャウナよ、それほどの力は個人で持つには大きかろう。

 やはり儂の所で使わんか?」

 先ほどまでのトゲトゲしい雰囲気とは違い、私を気遣うような口調であり少々驚いた。男爵ってエロいけど実は良い人なのかしら? と。


 さて彼が言う個人が持つには大きい力と言う意味は理解できる。しかし私は今回の件で、彼とは全く真逆の意見に辿り着いている。


「いえ今回の件で私は気づきました。

 このような力が命令できる組織の中にあって良い事が起きるとは思えません。だから絶対に嫌です」

「そうか。儂は治世の為だけに使おうとは思うが、将来にその考えが変わらないとは保障できん。

 しかし……あれを見れば、過去の戦争で魔法使いが恐れられたのも頷けるなぁ」

 最後の方は私に伝える為の言葉と言う訳ではなく、呟きの様だった。だから私は何も言わず無言を貫いた。



 私が放った【雷嵐サンダーストーム】の呪文は、魔物含めて大地を焼き、死体の骨も残らぬほどに消し炭にしてしまった。

 おまけに威力はそこで留まらず地面を大きくえぐるほどの損害を出している。


 初めて使った広範囲の破壊呪文。その威力は私の想像を軽く超えるほどの威力を秘めていた。

 その結果、私はその時に聞いた魔物の焼ける匂いと断末魔により、震えが止まらず呆然としてしまい立ち尽くしていた。

 その後に私の態度がおかしいと気づいた、サイラスが部屋まで連れ帰ってくれたことさえ知らなかった。


 魔物相手でアレだ、過去の魔法使いは一体どんな気持ちで人に向けて撃ったのか……


 組織に属しあれを命令で使わされたら、私だったら確実にノイローゼになるだろう。

 だからあれを見た私は、今後絶対に人に仕えることはしないと決めたのだ。


「借金は必ずお返しいたします」

 今度は男爵の方が無言であった。







 魔物の襲撃から三日後。

 男爵邸から戻った私はいつもの用事で町を訪れていた。なお普段使う家に近い北門側ではなく、不本意にも私が造ったクレーターを見る為に南門から入っている。


 町からほんの二百メートルと言う距離。直径三十メートルほどの範囲に何度も何度も同じ場所に雷撃が落ちた為不格好なクレーターが出来上がっていた。


 深さは最大で三メートルほどだろう。円の三分の一ほどが街道に掛かっていて、乗合い馬車や商人の馬車などはぐるりと迂回しなければならず、いい迷惑だろう。


 いずれ雨季が来て大雨でも降れば、人口の池になるだろうか?

(その池がシャウナ池とか名づけられたら恥ずか死ぬわ……)



 自分が造ってしまった傷痕クレーターにため息を一つ吐いてから、門番に挨拶をして町に入った。

 名も知らぬ門番さんだったが、「町を救ってくれてありがとよ!」と、笑顔を見せてくれた。私は返事の代わりにペコリと頭を下げて別れた。



 私は町の大通りを歩いて、ジェニーおばさんの雑貨屋を目指した。

 襲撃の後はほぼ一日放心しており、それから立ち直ると今度は男爵から召還されたので、実は今日があの件以来、初めて町中を見る日だったりする─だから傷痕クレーターも見ておきたかったのだ─。



 リンネアやキーンから話は聞いていたが、魔物の襲撃を未然に防いだお陰で確かに町の中には目立った被害は無い。

 それだけに町の外のあの惨状は目立っているとしか言いようがない……

(うぅ気分がまた落ち込んできたわ)



 町中を少し歩いて気づいたが今日はやたらと視線を感じる気がする。しかし私が振り向くと、町の人は余所余所しく愛想笑いをして去っていく。

 お礼を言いたいけれど恥ずかしい人なのかしら?


 そんな私の甘い考えはジェニーおばさんの店に着いた時に打ち砕かれた。



「あらシャウナちゃん、領主様の方は大丈夫だったのかい!?」

 私の姿を見てジェニーおばさんが心配げに声を掛けてくれた。昨日の在庫補充はリンネアとキーンに頼んで代わりにやって貰ったのだ。


「はい皆さんが嘆願書を送ってくれたお陰で無事に不問になりました」

 補充用の在庫をおばさんに手渡しつつ、ぺこりとお辞儀をした。「町を護ったんだから当たり前じゃないか」と、彼女は呆れ声を漏らしていた。


 さて在庫の補充も終わったので、次は子供に勉強を教えようとしたのだが、

「あら今日はこれだけ?」

 集まった子供の数はいつもの半分ほどしかいない。

 するとジェニーおばさんが、

「あのねシャウナちゃん……、今日からはその子たちだけになりそうなのよ」

 普段は快活なジェニーおばさんが、なんとも言い辛そうな濁す様な言葉を吐いた。


 あぁそれを聞いてやっと理解できたわ。

 町で感じた幾多の視線、あれは恥ずかしかったのではなく、人外の存在に対する恐怖の目だったのだ。



 記憶を手繰ってみると、ここに来ている子はどうやら猟師の家の子が多いようだ。きっと私への恐怖よりも、町に戻れなくなった家族を救ってくれたと言う思いの方が強いから前と変わらぬ態度をとってくれているのだろう。

 しかし関係のない町の人は、町のすぐ近くで、想像を超える破壊活動を見せた私を恐れている。


「あのぅ、私はもうここに来ない方が良いのではないでしょうか?」

 ジェニーおばさんに迷惑が掛かるのではないかと、危惧してそう聞いてみたが、

「何を馬鹿な事を言ってんだい!

 あんたは甥っ子のプレザンッスを含めて、この町を救ってくれた救世主なんだよ!

 馬鹿な事を言う奴がいたら、あたしがガツンと言ってやるわよ」


「ははは、それはどうもありがとうございます」

 腕まくりしてこれからどこかにカチ込もうかと言う勢いに気圧されたのか、私の口からは思いのほか渇いた笑いが漏れた。


「いいかいシャウナ。あんたは絶対に気にしちゃいけない。

 町を護ったのは私だと胸を張ってりゃぁいいんだよ!

 無遠慮な町の奴らに変わってあたしが町を代表してお礼を言うわ。シャウナ、町を護ってくれてありがとうよ!」

 イケメンの様にニカッと笑うジェニーおばさん。

 断末魔が耳から離れないほどの思いをしてまで町を護った甲斐があったと、私は初めて思う事が出来た。

 そう思うとさすがに涙が堪えきれず……

「ううっう、ぐすっぐす……」

「あんたも辛かったんだね」

 彼女は私が泣き止むまで背中をポンポンと優しく叩いていてくれた。




◆◇◆◇◆




 町のとある井戸端会議。

「ねえあんな事が出来ちゃう魔女がこの町に住んでいるのは危険だと思わない?」

 ある女性が呟いた。

「あぁあの大穴を開けた破壊魔法でしょう。もしもあれが町に撃たれでもしたら、あたしたちみんな死んじゃうわよねぇ」

「やだわぁこれからあの魔女の顔色を伺いながらずっと暮らしていくなんてさ」


「あんたたちさぁ、町を護って貰ったのにあのに感謝とかない訳!?」

「そうよ。あのが居なかったら、あたしたちはもうここに住むことさえ出来なかったのよ?

 それにあのは子供好きな気の良い女の子でしょう。何を心配することがあるってのよ!」

 最初に呟いた女性は彼女らの声に狼狽えた。どうやら猟師が多く住むこの地区では擁護派が七割ほどいて女性にはやや分が悪い様だ。


「でもあんた……、もしもあの魔女の機嫌を損ねたと思えば夜も眠れないじゃない」

「いいえ、シャウナちゃんはそんなことしないわ!

 それから! あのは魔女じゃなくて賢者なのよ。気まぐれな魔女なんかと一緒にしないで頂戴!」

 多勢に無勢、こうして悔しそうな表情を見せて否定派の女たちは去って行った。

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