30:救世主
鉄鉱石の鉱山に現れた魔物の退治の為に国軍が出たそうだ。
それに対して、『もっと早く出しなさいよ』と言う苦言が周りから聞こえていた。しかし軍を一つ動かすと言うのはそんなに容易ではない。人だけではなく荷馬など、またはその食料や飲料水など、まぁ色々と準備が必要なのですよ。
と言う事をこんこんとリンネアに教えたのだが、
「本当はお姉さまはどう思っていらっしゃいますの?」
「決断が遅い! かしらね」
「ハァ……、それじゃあ民衆と変わりませんの」
「いいかしらリンネア。理解するのと納得するのは別次元なのよ」
さて各地で魔物が現れたと言う噂は日々増えている。
他人事だから~と思っていた者も、いずれは他人事で無くなる事があるから気を付けないとダメだろう。
例えば私の様に……
ジェニーおばさんの雑貨屋に霊薬を預けた帰り道でのこと、私は町の門がとても混雑している所に出くわした。
「あら人が一杯いますわ、珍しいですの~」
普段であればこちらの北門はまばらで、人影も余りないのだ。
ところが今日は、商人の馬車以外に、街道に出るはずの乗合い馬車までが何台も止まって門の周りを塞いでいた。
いや……
「門が閉じているわ。
何かあったのかしら?」
「わたくしが聞いてきますの」
そう言うが早いかリンネアは人ごみの中へ飛び込み閉じた門の方へ消えて行った。
十五分ほど経った所でリンネアが戻ってくる。
「どうだった?」
「大変ですの! 町と大きな森の間に魔物の大軍が移動して来たそうですの」
大きな森はこちらの北門とは反対の南側にある。
なるほどだからこっちから出ようとしているのか……
「ねえ猟師の人たちはどうなったの」
いまは時間で言えば昼下がり、朝早くに出掛けた猟師の中にはこの時間に町に帰ってくる者も居るはずだ。しかし間に魔物が出たとなると、彼らは町に戻ってこれないのではないか?
「あううっごめんなさい。そこまで詳しくは聞いていないですの……」
再び走り出そうとしたリンネアを止めて、
「いいわ私が直接聞いてくるわ」
そう言って私は門の方へ走って行った。
私は門番の中から見知った顔、プレザンッスを発見すると彼に声を掛けた。
「ねえプレザンッス」
「ひぃッス!」
首を丸めて怯えるプレザンッス。
「何やってんのよ」
「あっシャウナさんじゃないッスか!
脅かさないで欲しいッス。また商人からの苦情かと思ったッスよ!」
どうやら門から出せと何度も苦情を言われていたらしい。
しかし安全かどうかが分からないので、おいそれと出す訳には行かず、おまけに上からは門は閉じろと命令を受けているそうだ。
きっと町の中の方が安全と言う判断を下したのだろう。
「朝方に移動してきたのを乗合い馬車が発見したらしいッスよ!
今は領主様に判断を仰ぐために早馬が出ているから、もう少し待ってほしいッス!」
「男爵の居る街に出したのね?」
「そうッスよ!」
予定通りならばあと二時間もすれば帰ってくるとは言うが、男爵の街は魔物が現れたと言う森の方角にある。安全の為に相当迂回することを考えれば、まだまだ戻って来そうにない。
いずれにしろ到着した早馬の報告を聞き、男爵がこちらに兵を出せば魔物を撃退することも可能であろう。
それを聞いた私は少しだけ安堵して、
「ちなみに数はどの位なの?」と、魔物の規模を聞いた。
「えーっと、二十匹くらいのゴブリン集団らしいッスけど、オーガの姿があったらしいッス! 後はホブゴブリンらしき奴もいたとか」
「オーガですって……、ねぇこの町の警備兵の数は?」
「非番を入れても五十は居ないッスよ」
「それは不味くない……?」
「そうッスよ……」
私が言う不味いの意味は、どうやらプレザンッスには正しく伝わった様だ。
ホブゴブリンはゴブリンより体が二回りほど大きく強い。確かに奴らは脅威ではあるが、しかし兵士でも対処できるほどの強さでしかない─もちろん無傷でと言う訳にはいかないだろうが─。
それよりも問題は、オーガの方だ。
オーガとは身長が人の二倍以上もある恐ろしい怪力を持つ魔物だ─分類は巨人族のはずだが、頭が悪いので小賢しいゴブリンやホブゴブリンに上手く使われて一緒に現れることが報告されている─。
例えば今閉じているこの門だが、これは何本もの丸太がロープで組み合わされて造られた物である。しかしオーガならばこれをきっと軽々と壊すことだろう。
だってあいつらは地面に根付いて生えている樹を、ズボッと人参か何かの様に軽々と引き抜いてそれを武器としてぶん回すほどの怪力なのだから……
つまり奴らが本気で襲ってきたらこの町の門など軽々と突破されるのだ。
それを防ぐには相当数の兵士が弓で接近させない様に射つづける必要があるのだが、その準備が無くおまけに兵の数が少なすぎた。
願わくばそのまま立ち去って欲しい。
しかし私の希望は簡単に消える。
私とプレザンッスの立つ北門の前に、人々の波を割りながら南門から伝令が駆け込んできたのだ。
伝令の兵士は息を切らせながら、
「魔物が町に向かって移動を始めました!!
町長からの命令です、門を開けて出来る限り人々を逃がすように!!」
それを聞いた市民から、『ぎゃぁぁぁ』だの『うわぁぁ』だのと言った悲鳴が上がり、人々が門を開けろと騒ぎ始めて門に一斉に詰め寄った。
伝令の伝え方が悪い、このままでは暴動が起きて、人同士が押し合って圧死する者が出るだろう。
私は残していたリンネアを何とか見つけると、彼女の手を引き南門へ向かって走った。視線の先には、町から逃げ出そうとする人たちの波が迫っている。
「お、お姉さま!? 危ないですわ、そちらには魔物がいますの!!」
「そうッスよ!! シャウナさんすぐに逃げないと!」
「私が魔物を倒します。プレザンッスはこの子を護って頂戴」
「えっ!?」
「それはいいッスけど、勝てるんすか!?」
「さぁ?」
肝心な所で首を傾げる私に二人は不安毛な視線を向けてきた。
そう言われましてもね。
魔物が居ない平和な時代を過ごしてきたのは
知識として知っている魔法の威力から考えれば、確実に倒せるとは思うが、私は今まで一度も生物に向けて攻撃魔法を使ったことが無いのだから、知識通りの威力が発揮されるかは検証していないのだ。
「分は悪くないと思うけどね?」
昔の人が書いた書物の知識だ、それほど大きな嘘は無かろう。
もしもの時も大丈夫、ダメならサイラスに乗って走って逃げるし!
その日の天気は雲一つない晴天であった。
しかし町の南には天を貫くほどの雷光が降り注いだそうだ。
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