33:借金完済②
私は連絡無しは困りますと言う執事に頼み込み、マクフォール男爵への面会を何とか取り付けた。
三度目の応接室。ドアの向こうからカツカツと言う足音が聞こえてくる。そしてバンッと勢いよく扉が開くと、小太りの中年禿男爵が入ってきた。
彼は不機嫌さを隠さずに、「一体何の用だ!」と叫びつつ私の前のソファにドカッと座った。男爵は一瞬だけ隣に座るサイラスを見たが、特に何も聞くことは無く無言で顎をクイと上げた。
早く話せと言う事ね。
「本日は、お約束していた金貨二枚分のお金が貯まりましたので支払いに参りました」
「ほお本当に貯めてくるとはな。
疑う訳ではないのだが、どのように貯めたか聞いても良いかな」
マクフォール男爵のこの問い掛けは、つまり用意した金を盗んでいない事を証明せよと言う意味だ。
「チッ」
男爵の言葉の意味を正確に理解したサイラスから不満げな舌打ちが聞こえてくる。
マクフォール男爵は片方の眉をピクリと上げてサイラスを見たが、すぐに視線を外すと、ワザとらしい咳払いをして流すことにしたらしい。
私はと言うと、この質問は予想が出来ていたのでキーンから資料を預かっていた。
早速、脇に置いたバッグから紙の束を取りだして、
「はい、こちらにここ数カ月の月次資産の資料を持ってきました。
何か不備がありましたらご指摘ください」
男爵は私が差し出した紙の束を受け取ると、パラパラと紙を捲っていった。紙を捲る手は早く、熟読どころか読んでいるかも怪しい速度だった。
彼は最後まで捲り終ると後ろに控えていた執事に手渡し、「しばし待て」と言った。執事はそのまま紙を手にすると、一礼して応接室を退室していった。
どうやら細かい部分は執事が確認するらしいね。
二十分ほど経った頃、ついに待ちに待った執事が再び応接室に入ってきた。
キャーやっと来たわ!!
私のテンションがややおかしい事になっているのには訳がある。
何故なら、先ほどまでの
何がってあんた、サイラスがずーーーーっと男爵にガン飛ばしてたからね!!
そりゃ男爵だって不機嫌になるさ。
しかしそんな事は無かったかのように、男爵は平静を努めて執事に声を掛けた。
「終わったようだな。して、どうであった?」
執事からマクフォール男爵に紙の束と書面が手渡される。紙の束は私が預けた書類であろうから書面の方が彼が確認した結果なのだろう。
男爵は先ほどとは打って変わり、書面に視線を落としてじっくりと目を通している。
そして読み終えると、
「間違いなくこの書類には商売により銀貨二百枚を稼いだことが記されていた。
賢者シャウナが盗みなどの不正が行われておらんのは明白となった」
ふふんっそうでしょうとも!
内心で勝ち誇る私は危うく外ににやけ顔を晒しそうになり、慌てて顔の筋肉を総動員しにへらぁと緩む頬を引き締める努力を開始していた。
しかし次の男爵の言葉でその努力は消える。
「だが残念だが、今日持って参った金を受け取る訳にはいかない様だ」
「はい?」
私は総動員に失敗して口に笑みを浮かべ、コテンと首を傾げた。
「知っての通り来月は収穫期である。
そして収穫期にはその年の収益により税金を納めて貰わねばならん。我が領地で得た利益には二割、領地以外で得た利益には二割半の税が掛かる。
賢者シャウナの利益からその税金を計算すると、まず領地内の収入銀貨六枚と大銅貨八枚より、銀貨一枚と銅貨三十六枚の税。
続いてた領地外で得た利益の大銀貨二十二枚から銀貨五十五枚の税。約束手形の大銀貨七十枚分の方だが、無事換金したあかつきにはさらに銀貨十七枚と大銅貨五枚分の税が掛かる。
つまり税金の合計は大銀貨七枚と銀貨三枚、大銅貨八枚と銅貨六枚である。
先ほどの月次資料を見た所、現時点では、金貨二枚と税金分の金額は無いようだ。ここで儂が受け取ってしまえば来月には税金未払いによって、脱税の罪となりそなたを投獄する必要が出てくるが、どうかな?」
「えぇぇ税金?」
「商売を行えば税が掛かることはもちろん知っておっただろう?」
くぅ……賢者として知らなかったとは言いたくない。
ちなみに税の試算の中には、マイコーに使用した最初の霊薬代は含まれていなかった。何故なら、「我が領民でない者に対して税は掛けられん」だそうだよ。
引っ越さなければ税は掛からず、いやそもそも借金を作ってないか……、だったらお金を稼いでないし、あらこれじゃまるで卵が先かと鶏が先かの様だわ。
「おい、約束手形を入れれば金貨二枚と税金分で足りるだろう」
「名も知らぬ無礼な若者よ、悪いがそれはできんな。
儂と賢者シャウナとの約束は、金貨二枚であって約束手形ではない」
聖獣のサイラスは人間風情に無礼と言われて男爵を睨み付けた。
「サイラスもう良いわ。翌月になれば手形はお金に変わるもの。
マクフォール男爵、本日はお忙しい中で時間をとって頂きありがとうございました。また翌月、今度こそ税金を含めてお金を返しに参りますわ」
「そうか。では待っておるよ」
彼はガタリと立ち上がって足早に応接室を去って行った。
「どうしたシャウナ、帰ろうぞ」
「浮かれて先走ったばかりにまた知識が足らずに失敗したわ……」
悔しくて唇を噛みしめていると、私の頭にサイラスの大きな手がポンと乗った。しかし手は微動だにせず、ただ乗っているだけ。
「何よ?」
重いんだけど~サイラスを睨み付けてやると、
「お前は十分頑張っている。
その、なんだ。確か養母の口癖だったか、『なぁに時間はたんまりあるからねぇ』なのだろう」
どうやら私の聖獣様は普段やり慣れない事だと言うのに、ぎこちなくも慰めてくれたらしい。
「たんまり……ね。
まぁ来月に手形の代金が入れば終わるとは思うけど、九ヶ月でここまで稼いだ事を考えれば、確かにあと三ヶ月
私はから元気を出してクククと笑ってやった。
「うむ、やはりお前には笑顔の方が似合っているよ」
「はいはい、じゃあ貴方の背中で能天気に笑ってるから、私を家まで乗せて帰ってくれるかしら?」
「む、また我に馬の真似事をしろと言うか」
「ほら私はまだ借金のある身ですから。節約できるところは、ちゃんとしないとダメだと思わないかしら?」
「ならば仕方がないな。
ただし褒美は先払いだぞ」
ええ分かってますとも。
私は少しだけ上を向いて目を閉じて彼の方を向いた。するとサイラスはそっと触れるだけのとても優しいキスをしてくれた。
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