34:勇者(仮)の訪問①

コンコンコン。



 我が家にしては何とも控えめなノックの音が聞こえてきて目が覚めた。しかしノックの音こそ場違いだが、時間はやはりいつもの我が家っぽく早朝。


 この町の付近の人は何故こんなに早起きなのだろうか?



 ノックの音が控えめなお陰で─つまりダンフリーズトレントに襲われる心配をする必要が無く─、私の主義主張を曲げる必要なく─私生活をサボる為に魔法を使わない─ゆっくりと準備をすることが出来た。


 たっぷりの時間を待たせた後に、玄関を開けとそこには今にも泣きそうな涙を瞳に一杯溜めた十代半ばほどの少女が立っていた。

 涙一杯の瞳に反して、なんだか目力は強く意思が強そうなキリッとした元気印のボーイッシュ少女。

 彼女は急所部分に金属をあしらった革製の鎧を着こみ、頭には左右にニョキッと角があしらわれた兜、俗に言うバイキングヘルムを被り、背中には長剣と盾を背負っていた。

 この風貌だ、間違いなく冒険者であろう。


「やっと開きました!」

 そう言って安堵の表情を見せるバイキング少女。

 まぁ最初のノックからたっぷり三十分は経っているので仕方があるまい。

「おはよう。家に何か用ですか?」


 そう尋ねると彼女はグイと袖で涙を拭い、えっへんと胸を張る。

「おはようございます賢者様! あたいは近い将来に勇者となる者です!

 今日は賢者様をあたいの仲間に誘う為にやってきました!」

 言い終えてドヤ顔。


「お引き取りください」


バタン


 閉まった扉の向こうから「えぇ!?」と叫び声が聞こえるが知らん!

「キーン、朝食の準備をお願いね」

 玄関先の話は忘れて、私は日常の生活に戻った。




 朝に起こされた所為で朝食を食べ終えた時間はいつもよりも少し早い。しかし何をするにも時間が短く中途半端。きっと本を読み始めれば遅刻するし、霊薬の調合をすれば終えた頃にはやっぱり遅刻するだろう。


(早いけど町に行こうかしら)

 ジェニーおばさんの店はもう開いているだろうから少しくらい早くとも迷惑にはなるまいと考えて、霊薬の在庫をいつも通り袋に詰めて、私はいつもよりも早い時間に玄関を出た。


 ガチャリと玄関を開けると、家の前─正確には家庭菜園の畑の柵の外─には見慣れぬテントが立っていた。

 おまけにその近くにはたき火の跡まである。


 んん~?

 私が眉をしかめてテントを見つめていると、玄関の開いた音が聞こえたのだろうか、テントの入り口部分が開きそこからひょっこりと生首が現れた。

 予想通り、─バイキングヘルムは脱いでいる様だが─先ほどの未来の勇者を名乗った少女だったよ。


 彼女は私と目が合うと、ニパッと笑顔を見せた。

「あっ賢者様! お出かけですか?」

 対して私はため息交じり。

「貴女、そこで何をやっているの」


「賢者様をお誘いするためにここでキャンプをしていました!」

「それは先ほど断ったわよね」

「はい!」

 返事はとても元気で大変よろしいと思います。……でもさぁ、人の家の前でキャンプして何ら悪びれないその態度はどうかと思うよ。



「断ったのに何でまだいるのよ」

 大体さぁ民家の真ん前でキャンプをせずに、町の宿屋を取れよと思わないか?


「あたいの国では、〝賢人の知恵を得るには最低三回はえ〟と言うことわざがあるんですよ」

 聞けば「賢人相手に簡単に許可貰えると思うな」と言う意味だそうで……


「それでまだここにいると?」

「はいそうです! だからあたい、許可が貰えるまで・・・・・・・・頑張りますね!」

 自信満々に両手をグッと握りしめられましてもね……

 私から許可なんて一生出ないからね?


 ちなみに、「本当にそう言う意味なの?」と、ジト目で問い掛けてみたら、彼女はしどろもどろになり、

「あたいは学が無いんで……

 でもことわざですから! きっと断られても頑張れって言う前向きな意味ですよ!」

 いやその解釈は絶対に違ってると思うわ。




 家の前でキャンプされるのは迷惑なので─火の不始末で柵とか燃えたら嫌だし、稀に我が家を訪ねて来る人からの体裁も悪い─、渋々玄関に入れた。


「訪問二回目にして賢者様の家にお招きされるとは!!

 ぐぐいと親密になった気がします! あたい期待して良いんですよね!?」

 一人でテンションを上げているバイキング少女改めレジーナ。


 本音では全く聞きたくないのだが、「せめて話だけでも聞いてください」と腰に抱き付かれたので─鎧着た女子を引き摺れるほどの体力は私には無いよ─、渋々話を聞く羽目になったよ。


「実はあたいの村に魔物の集団が現れましてね!」

 それは最近、あちらこちらでよく聞く噂だ。

 鉱山に現れた様な大規模な物は無理としても、大抵は冒険者ギルドに依頼が入り討伐隊の様な物が組織されて倒されている。


「幸いにも村の人は武闘派ばっかりなんで何とか退けたんです!」

「ええっそりゃ凄いよ!」

 彼女の村に現れた魔物の規模はこの町に来た半分ほどらしいが、それでも村レベルでそれを退けたと言うのなら凄い快挙だ。


 武闘派村人すげーと感心したのだが。

「あれそれだったら解決してない? 私要らないよね」

 私が勧誘される理由がもう無い事に気付いた。



「確かにあたいの村は護られたんですが、聞けばいろんな所で同じような事が起きていると言うじゃないですか!

 これはきっと何かが起きていると思いましてね、うちの村人はみんな出てっちゃったんですよ」

「はぁ!? 出て行った?」

「はい!」

「みんな? 子供や老人なんかは?」

「近隣の町に避難して貰ってます。残りはみんな旅立ちました!」

 動ける村人は皆が武器を持って出て行ったと……、うわぁ~武闘派無いわ。


「えーなんでそんな行動になるのよ。だって村は救われたんでしょう?」

「村が救われただけで満足してどうするんですか?

 世界中の人が同じように困ってるんですよ! だったら出来る人が助けないとダメでしょう!」

 あっこれはアカン子だ。

 だってこの子、いま真顔で首を傾げたよ……


 どういう教育を受けたのか、世界平和をガチで実行しようとする子に対して、ただ嫌だ・・・・って言うのはきっと通じない。

 それにこんな高すぎる志を持ったの誘いをそんな不明確な理由で断れば、私には悪い噂しか流れないだろう。

 まぁ無事断れたら……と言う問題の方が先だけどね。



 どうするんだ、これ。

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