46:王都

 スメードルンド王国の王都は、ここから北東東へずーっといった港街だそうだ。

 そこまではかなりの距離だと聞いたので、てっきり【転移の魔法陣】を使用する物だと思っていたのだが、乗せられた馬車が向かう方角は【転移の魔法陣】ではなく、北東方向へ向かう街道であった。


「あのぉ【転移の魔法陣】は使用しないのですか?」

 不思議に思って同じ馬車に乗ったちょび髭の役人さんに尋ねると、

「なんだ知らんのか? あの【転移の魔法陣】より東には、一切【転移の魔法陣】は存在しておらんぞ」と、教えて貰えた。


「あれより東に無い?

 それは凄く不便なのでは」

 スメードルンドよりも東にはそのまま北に真っ直ぐに伸びる半島がある。そこにもすべて無いとすれば、内陸部に比べて相当に不便だろう。


「そうだな。しかし無い物は無いのだ」

 あの魔法陣は既に失われた魔法スキルで生み出された物だそうで、容易に造れる様な物ではないらしい。

 長年の研究によって石に掘られた図に意味があるだろうと推測されているが、しかし同じように削っても反応しなかったそうだ。

 結果いまに至るまでどの国でも再現は出来ていないとか。


「失われた魔法スキルですか、それは興味深いですねぇ」

「もしも再現出来れば驚くほどの富と名声を手に入れることだろうな」

 確かにあれが手に入ると言われれば、金を積む国は沢山あるだろう。

 富にも名誉にも興味はないが、知識欲を得る為に一度研究してみようかしら。




 馬車は街道をひたすら北東方向へ進んでいった。

 三日に一度は町ほどの規模に辿り着くので物資の面で不便は無いのだが、私のお尻には相当に負担が掛かっていた。

 つまり座り過ぎてお尻が痛いのだ。


「私だけ聖獣で移動すると言うのは?」

「わしにはお主を無事に送り届ける責任と、監視の義務があるゆえに却下だ」

 なお一緒に聖獣に乗れるのならば良いとは言われたが、契約者でない上におっさん乙女に非ずなのでサイラスは間違いなく許さない。

 どうやらお尻がどれだけ痛くとも我慢するしかないらしい。



 一週間過ぎ、二週間過ぎ、三週間目に入ると私はついにキレた。

「ねぇ! 王都はまだなの!」と、ちょび髭の役人改めレイモンドの胸倉をグイと掴んで、私は真顔で詰め寄ったのだ。


 ここまでの道のりが十五日、普通に馬車で戻れば一ヶ月を無駄にする計算だ。仕事の件はキーンに飛んで貰い、バートル爺さんに一任することを伝えた。そして仕事が予定通り終わればハナム工房から入金が入り借金の完済となる。


 はずだったのに!!


 移動の往復で一ヶ月……

 つまりこの移動の最中に借金の返済期限を迎えてしまう。

 金があるのに返せない!!

 帰りはサイラスに頼めばまだ間に合うとは言え、焦る気持ちは日に日に増していく。

 そして半月目の今日ついに私がキレた。


「お、落ち着け賢者シャウナ。

 あと二日で王都だ、借金の返済期限はわしから男爵に伝えて絶対に延ばして貰う。

 だから安心してくれ!!」

「あ、そう?

 じゃあいいわ」


 返済期限が延びるなら私が焦る必要はない。ゆっくり王都観光でもしようかしら~とすぐに気分を切り替えてふんふん~と鼻歌を歌い始める。

 ちなみにその隣ではレイモンドは、曲がった襟首を正しながらホッとこれ見よがしなため息を吐いていたわ。

 全く失礼しちゃうわね!







 スメードルンド王国の王都は今まで見たことが無いほどの大きさの街だった。高い城壁にぐるりと覆われた港街。

 大きな帆船が港に何十隻も停泊していて、貿易が盛んな事が見て取れる。

 しかし【転移の魔法陣】が無いゆえの船舶の数だと思えば、この光景にはどこか哀愁を感じるわね。


 馬車は城門を抜けると寄り道も無しに真っ直ぐ大通りを走った。

 眼前に見えてくるのは城壁と同じような高さの壁。その中に頭だけ見えているひときわ高い建物、あれがスメードルンドの王宮であろう。

「大きいわねー、どうやって造ったのかしら」

 石を切り出して積み上げたとすれば、一体どれだけの労力が必要だったのだろうか?

 国の王と言う存在の如何に強大な事かと、私は驚いていた。


 馬車は王宮を囲む壁まで進み、巨大な門の前で停車した。

「さあ降りるぞ」

 レイモンドに促されて私は馬車を降りる。

 彼が門兵に話しかけると、巨大な門の隣にある通用口の様な扉が開けられた。この門はなんだか非効率だなぁとは思っていたが、そんなところに通用口が!?

 残念、大きな門は開けて貰えないようだ。


「こっちだ」

 中から現れた兵が六人。三人を前にしてレイモンドと私が続き、その後ろを残った三人の兵が着いてきた。


 通用口の先は、背の高い木が覆い茂っていて、庭と言うよりは林かな?

 手入れされているのは分かるが、正直に言えば景色は良くない。そんな中を兵に挟まれて進み、私は王宮へ入って行った。



 来客用の部屋に案内されてしばし待つようにと指示を貰う─部屋の扉の前に兵が二人立っていて不用意に出ない様に監視していた。トイレは廊下側の兵士に囲まれて連れて行かれたよ─。

 その部屋のソファに座ってみると驚くほどの柔らかさでお尻を優しく包んでくれる。もしも馬車の椅子がこのソファであったならば、私は不満など言わなかった事だろうね。


 三十分以上待たされた挙句、やっと、

「陛下がお会いされるそうです。準備をお願いいたします」

 執事風の中年男性がやってきて声を掛けてくれた。


「いいか、下手な行動はするなよ。

 絶対だからな!?」

 この二週間の旅ですっかり私の性格を把握したレイモンドが口を酸っぱくして忠告をしてきた。

「大丈夫だって。会って話するだけでしょ」

「お前は軽すぎるのだ!!

 大体だな「あーはいはい。さあ呼ばれているから行こうよ」」

 レイモンドはまだ言い足りないと言う表情を見せたが、苦々しく口を閉じて先に歩いて行った。


 はて、私は何のために呼ばれたのやら。

 スメードルンド国王陛下は果たして面白い話をしてくれるだろうか?

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