05:序章④
一人で暮らし始めてから数年ほど経った頃─正確にはキーンやサイラスが居るが─。
『お嬢様。森に侵入者がやってきました』
いまや私の使い魔である白フクロウのキーンが、
森の表面であれば
強大な力は少し集中して探れば判る。
しかし今は何も感じないから、きっと旧知の知り合いの可能性が高いわね。
「キーン、お客様のおもてなしをお願い」
私がそう言うと、キーンは枝からふわっと飛び降りて空中で一回転、大地に降りたった時には黒と白の色彩のスーツ姿を召した、白フクロウの翼と同じ白髪をした初老の男性になっていた。
私の持つ記憶で言えば、『執事服』と言う物に近しい。
彼のモノクロがキラリと光る。
「解りましたお嬢さま」
そう言ってから、キーンは胸の前に片手を当てながら恭しくお辞儀をして、小屋の中へと入って行った。
それから半刻ほど経ち、短い赤茶けた髪をつんつんとさせた長身の青年が、私の住む小屋の前の小さな庭に入ってきた。
彼は少しの間、キョロキョロと物珍しそうに巨木に抱かれる様に埋まった小屋と、そして小さな畑がある庭を見ていたが、玄関の扉の横に座る私に気付くと「うわっ!」と、大きな声を上げて驚いた。
そして彼はじぃと目を凝らしながら、
「置き物……じゃないよな?」
と、首を傾げて私をマジマジと見つめている。
「えぇ置き物じゃないわね。
初めまして、私はシャウナ。この森の主よ。
冷めないうちにお茶をどうぞ」
スッと手を上げて私の前の席を薦める。
「あっああ。初めまして、俺の名はイーニアスだ。
随分と若くて綺麗だけど、あんたが【魔女】なのかい?
やっぱり魔女ってのは珍しい髪や瞳の色をしているんだなぁ」
つかつかと歩いて来て私の前に座る青年。
黒髪黒目の私は人族では滅多に存在しない色合いらしく、お婆さんもとても珍しいと言っていたのを思い出していた。
彼の問い掛けに私は静かに首を振り、
「貴方はきっと私のお婆さんを訊ねて来たのでしょう。
残念だけどお婆さんは数年前に亡くなったわ」
「そ、そんなっ!!
だったらあいつを助ける方法は無いって言うのかよ!」
途端に狼狽する青年。
「それは貴方の大切な人なのかしら?」
「あぁ俺の……、幼馴染だ」
そう言って苦渋に満ちた表情を見せるイーニアス。
「どういった症状なのかしら?」
「もしかして、あんたが代わりに治してくれるのか!?」
苦渋に満ちていた青年の顔に希望が見える様になった。
「残念ながら【魔女】になり損なった半人前な私だけど、症状次第では治すことは出来ると思うわ」
そこからの話は早かった。
彼は幼馴染を助けたい一心で、病人のありったけの症状を語り始めたのだ。なおとても残念なことに、彼は急ぐあまりに準備したお茶を口に付けることは無かったわね。
一通り聞き終えた後、
「少し準備をするから待って頂戴」
本当に彼に伝え聞いた症状通りならば、何種類かの霊薬のどれかで治療の効果が得られることだろう。しかしもし症状が違っていれば治療が遅れて命に係わる。
(ふぅ、念のために違う霊薬も持っていく方がいいわよね?)
私は見た目よりも多くの物が入る【魔法の袋】を取り出すと、そこに数々の霊薬を割れない様に慎重に布に包んでは、そっと静かに入れていった。
この袋はお婆さんが持っていた珍しい品で、口を通った物が三分の一程度の大きさに変わると言う効果を持つ。有難い事に重量も等しく減るので、多く入れ過ぎて持てないと言う事も無い。
しかし大きさが変わるだけであるから、霊薬の様な割れやすい瓶の様な物を入れれば、移動の最中に割れる恐れがあるから注意しなければならない。
(貴重な霊薬の中には何もかも溶かしてしまう危険な奴もあるのよね)
ひとしきり瓶を入れたら、愛用の【
最後にローブの上に革製の堅めの肩パットを付ければ準備完了。
「キーン、行くわよ」
私の声を聞き、執事姿の壮年の男性は黒基調から白へと一瞬で変貌を遂げて「ホゥ」と一鳴きすると、私の肩に飛び乗った。
白フクロウであるキーンの鉤爪は猛禽類の物だ、肩パットが無いと大切なローブが傷だらけになってしまう。
「お待たせ」
「わざわざ有難う。
森の外に馬車を停めてある。悪いがそこまでは歩いて欲しい」
「お礼は助かってからでいいわ」
そう言って私がニッコリと微笑むと、「期待してるよ」と彼もぎこちなく笑い返してきた。
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