04:序章③

 数年ほど経つ頃には、森の様相はゆっくりではあるが徐々に変化を見せていた。何故ならこの森にはもう【魔女】が居ないからだろう。


(気配に敏感な妖精などは既に移動しているかな?)

 どうやら昨年に比べれば木の実の数がほんの僅かに減っている。そのため動物がエサに困り別の森へと移住する。それが毎年、毎年と積み重なる事でやがて〝魔女の棲む森〟ではなく普通の森へと切り替わっていく。

 昨今の話ではないが、あの湖も妖精が去れば濁ってしまうだろう。


 森に棲む【魔女】はその森を豊かにするのだけど、【賢者】にはそのような効果は無いのでこればっかりは致し方が無い。



 やや変わりつつある森の中、私は春先を待って、その一角にあるお花畑にやって来ていた。ここの妖精はのんびり屋さんなのだろうか、以前と変わらぬ花を咲かせていた。


「ほぉこれは見事な花畑だな」

 私の隣に立つ白銀髪の青年が、大げさに手を広げてお花畑を見渡している。

 彼こそは私に角をくれた一角獣ユニコーンで、サイラスと言う名を付けた私だけの聖獣である。

 【魔女】ほどに生きることが出来ない【賢者】ではあるが─それでも十分長生きだが─、聖獣と契約したお陰で─おまけに一角獣ユニコーンは生命を司るのだ─私の成長はあの日以来ピタリと止まった。


 ちなみに今日は彼を連れてこのお花畑にやってきた。

 なお春先なので食事は現地調達。

(そもそも聖獣であるサイラスはご飯食べないしね)

 一人分だけならば春に生えてくる野草を採ったり、小川で小魚を獲って木の実の油で揚げ焼きすれば十分なご馳走だ。

 到着したら早々に布を広げてお花畑の近くに敷き、そこに横たわった彼に寄り添って座り花をやらを愛でる。

 このまま二人でイチャコラとしていても楽しいとは思うが、目的はそれじゃないので早速っとね。

 スクッと立ち上がって─サイラスがやや不満そうな声を出したが無視だ─お花畑の方へ歩いていく。


 手近な─しかしなるべく大きな─お花に向かって、

「花の妖精よ、出ていらっしゃい」

 私は声に魔力を込めながら、賢者モードで命令した。


 花の中心から、蝶のようにひらひらと現れたのは、緑に透けた翅を付けたワンピース姿の妖精が一人。ふわりと十センチほどの少女の妖精が花のやや上辺りに浮いている。

(あら可愛い!)

 翅はトンボのそれの様だが、浮くのに羽ばたく必要はないらしくて、ピクリとも動くことなく背中に制止している。

(それにしてもこの翅、一体何の意味があるのかしらね?)


 私の疑問はさておき、

『何かご用ですか?』

 可憐な花の妖精が小首を傾げて問い掛けてきた。

「貴方に布地を編んで欲しい」

 と言う訳で、本日は魔力が上がるローブが作りたくて、妖精の編んだ布を手に入れる為にここにやって来たのだ。

 ちなみに布を作れる妖精は土系統の妖精と相場が決まっているので、花が咲く春先になったのですよ。土系統なら樹の妖精でも良いじゃないか? と思われるが、彼らに頼むと大抵は茶色系統の地味ぃ~な色になるので年頃の女子としてはちょっとね?


 さて、要求に対する対価はと言うと、

『日光が欲しい』

 そう告げて可憐な妖精は花の中にすぅと消えていった。


 さてと、チラリと上を見上げれば、春の太陽ゆえにやや弱い光ではあるが、サンサンと陽の光があたっていると思うのだけど……

 どうやらまたもや言葉足らずの要求らしい。

(これが妖精の特徴なのかしらね?)


 途方に暮れた私がお馴染みの【知恵の館バイト・アル=ヒクマ】に頼ろうかと集中し始めた所で、

「しばし待て」

 と、サイラスから待ったがかかった。

 敷いた布の上にくてっと寝そべっているだけかと思いきや、─ポーズは変わってないけれど─どうやら何か助言をくれる様だ。

 しかし彼の次の言葉を待って立ち尽くしている私はとんだ勘違いをしていたようで、彼は首をコテンと横に傾げると、

「座らんのか?」

 と言いながら自分の寝転んだ腹の前辺りをポンポンと二度叩き手招きしたのだ。


 それはここに座れと言う仕草。

(つまり何? 助言をくれるんじゃなくてこっち来いって意味の待てなの!?)

 私は心の中で憤慨しつつも、書庫から本を読むのは座っても出来るだろうと思い直して彼の手招きする場所へぽすんと腰を下ろした。



 満足げに寄り掛かってくるサイラスを余所に、【知恵の館バイト・アル=ヒクマ】を開き、植物と日光に関する本を読み漁ったが、出てきたのは〝光合成〟と言う言葉だけだった。

 これを元に魔法を構築してみても良いのだが、きっと今この瞬間だけの陽光となり、妖精の望む結果には至らないだろうと判断して断念。

 結局、サイラスの言う通り私は無為に時間を潰すこととなる。


 ちなみに……

「ねぇペタペタ触らないで欲しいのだけど」

 寝そべったサイラスが私の腰の辺りからお腹を抱きかかえる様にすり寄って来ていて、時折お腹の前で組んでいた手をほどき私のお腹から腰をその手で擦ってくるのだ。


(それがこそばゆいのなんのって!)

 最初なんかは、「くはっあはは、や、やめぇあははは」と笑い転げて暴れまわったのだ。なおその時の彼の言葉は、「もう少し色気のある声を出せぬのか」と言う呆れ声だったけどさぁ!!



 昼食後の軽いお昼寝も終わって、これじゃ本当にピクニックしに来ただけだわ~と私が頭を抱え始めた昼下がり、ついに妖精が言った意味が私にも理解できた。

 その光景を見た私は驚いて、─私の─腰に張り付くサイラスを見つめると、彼は面倒くさそうな表情でそっぽを向いていた。この聖獣とは一年ほども一緒に過ごしているのだ、この表情は知っている。

(これは盛大に照れているポーズだわ)

 素直じゃない私の聖獣様をじぃと見つめてくっくと笑ってやった。



 さて問題の光景だが、昼下がりになり太陽が天辺を過ぎて傾き始めた今、日差しはお花畑の側に生えるひときわ大きな樹によって遮られて影になっていた。

 つまりあの樹をどうにかすれば妖精の要望は叶えられると言う事だろう。

(だから『しばし待て』なのね)

「ありがとうサイラス」

「ふん、我は何もしていない。だたお前と共に過ごしたかっただけだ」

 どうやら彼なりの照れ隠しの様だが、逆にそっちはそっちで殺し文句じゃないかしらと、しばし首を傾げる私だった。




 さて原因の大木は、この森にしては新参と言えるかもしれないが、ゆうに齢百年を超える大木であった。


 長く生きた樹には魂が宿る。

 ちなみに、長く生きた樹が行きつく先は【トレント】と呼ばれる木の魔物である。

 しかし百年程度ではまだまだ不足であるから、そこは私の魔法で少し補填してみた。そして新たに生まれた【トレント】と交渉した結果、新しい居住を与えると言う約束を取り付けて、そこから退いて貰う事に決まった。

 とは言え簡単に移住先が見つかる訳はなく、【トレント】は私の棲む小屋をそのまま身に取り込む形で今後は生きていくことになる。


 私の魔法により新たに生まれたトレントであるから、当然名を与えて契約した。

「貴方の名前はダンフリーズよ。これからよろしくね!」

 家を護る守護者としてこれ以上の適任はきっとどこにもいないだろう。



 これによって花の妖精の願いは叶い、私は対価により妖精らが織った『綿花の布』を手に入れた。

 真っ白の厚手の布地の端の方には、草と同じ緑の色で葉の様な模様が入っていてお洒落なアクセントとして丁度良い。おまけに陽の光を浴びると春のお花の香りが漂うと言う何とも風情ある布であった。

 これでローブを作れば相当魔力が向上することだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る