03:序章②
お婆さんが亡くなって一人になった私だが、森での生活は特に変わることは無かった。春になれば新芽を摘み氷が解けた小川で魚を獲る、夏場には罠を使って獣を取り、秋には木の実を摘んだり小さな畑から野菜の収穫をする。
ここは幾年も【魔女】が管理していた自然の豊かな森だ、一人が暮らすだけなら特に難しい事ではない。
生活は変わりないが、しかし魔法使いとしての活動は多岐に渡っていた。
まずお婆さんに残された使い魔の
契約を終えて会話が出来る様になったが、彼が私を呼ぶその呼び名は、〝ご主人さま〟ではなく、〝お嬢様〟であった。
私はそれを聞き
(貴方はお婆さんから私の事を頼まれたのね)
「キーン、これからよろしくね」
『畏まりましたお嬢様』
続いて行ったのは自らの杖の選定だった。お婆さんは【魔女】ゆえに杖は必要としていなかったのだが、【賢者】である私は杖を持つことで、魔力がより強くなる効果を得ることが出来る。
さて簡単に杖と言うが、何でも良い訳ではない。
魔力を多く宿す素材である方が、魔法の助けになるのだからそう言った素材を探すことから始めるのだ。
例えば齢千年を超える樫の樹とか……
この─既に過去形だが─〝魔女の棲む森〟なら一本くらいはありそうかな~と思って、森を彷徨ってみたがそんな都合よく生えていなかった。
しかし散策の末に、森の奥に澄んだ湖を発見した。そこには湖の妖精が棲んでいて、対価次第では加護のある宝玉を譲ってくれると言う。
それは垂涎モノの提案であった。
杖の先端にその【湖の宝玉】を付ければ、そこらの拾った枝でさえ相当な杖に変わる事だろう。【賢者】モードに切り替えて、呼び出した妖精と交渉を始める。
「して妖精よ、対価には何を求む」
『淀みなく澄み切った水』
そう告げて妖精は湖に沈み消えてしまった。
じぃと妖精が消えた湖を見つめる私。
(う~ん、十分に湖は澄んでいると思うのだけどなぁ……)
湖はとても透明で、底に沈む丸太の本数まで数えられるほどなのだ。
難題に首を傾げながら、暇つぶしに丸太を数えてみたら十二本沈んでいたわ。
(あー、そう言いう事ね)
数えてみて理解した。
なるほど、あの妖精にとっては、その丸太の存在こそが澄み切っていないと言うのだろう。しかし安易に取り出そうとすれば、丸太に積もった塵が舞い上がって水はやはり濁ってしまうはず。
(なるほどなるほど、確かに〝淀みなく澄み切った水〟ではないわね)
答えが解れば簡単だ。
私は【賢者】になって得た、固有アビリティの一つ【
このアビリティは数多の多重世界に存在する知恵を納めた書庫から〝本〟と言う形で借り受けることが出来る、【賢者】が【賢者】たる由縁のアビリティだ。
ただしこれは真理を知るためのアビリティであり、とっかかりとなるキーワードを知っていないと調べられないと言う残念アビリティではあるが……
そこで役立つのは私の持つ不思議な世界の記憶だ。
〝魔法〟でダメなら異世界の〝科学〟に頼れば良いのだ。
濁った水から真水を得る方法を検索し、〝煮沸消毒〟やら〝ろ過〟と言う方法を知った。それを元に【
そして構築を終えた【
再び湖の妖精が─手には水の様に青く揺らめく宝玉を持ち─現れて、
『森の賢者よ、感謝する』
こうして無事に【湖の宝玉】を手に入れることに成功した。
さて湖が綺麗になった事で、絶好の散策場所を手に入れた私は、日がなその湖に足を運んでは妖精と語るようになった。それからさらに半年ほど、湖が綺麗になった事で、私はもう一つの副産物を得ることが出来た。
綺麗な湖にしか現れないと言う、
初めて見る
私は処女であるから後者の条件には合致する。
(であれば前者を満たせばあるいは、と言った所かしらね?)
私は森の木々に紛れて【
さてその試みだが、結論から言えば失敗だった。
『娘よ、邪な事を考えるでない』
十メートルも近づかないうちに、
発見されてしまったのなら【
少し離れた所から、
「貴方の素敵な角が欲しいのだけど、ダメ?」
(杖としてこれ以上の素材は無いと断言するわ!)
『娘に逆に問おう。
体の一部を気安く譲り渡す生物がいると思うのか?』
「私だったらお断りするけれど、その角は生え変わったりするのではなくて?」
先ほど【
『……角を無事に得たならなんとする』
少しの沈黙の後、
(どうやら生えてくるっぽい?)
ここで真剣に頼めばもしやと思って、賢者モードに切り替えて再度交渉を始めた。
「私は賢者として
その材料に、ぜひ貴方の角を譲ってください」
『ほぉ
聖獣は少し興味を惹いたように声のトーンを上げた。
「聖獣の貴方の望む物は、人の身の私には判りかねます。
是非とも教えて頂ければと思います」
低姿勢に丁寧に、と、頭の中で繰り返し呪文の様に唱えながら慎重に会話を進める。
『純潔の乙女に求める物は一つであろう?』
それはアレですかね……
要求された物に呆れた私は賢者モード及び丁寧さ等をかなぐり捨てると、
「残念だけど私はまだ十七歳なのよね、十八歳未満禁止の事はお断りするわ」
と、素で拒否してやった。
『言葉の意図は判らんが、〝初めて〟に勝る対価はそうそう無かろう』
なるほどねぇ。
大体解ったわ、この
だったら、
「では口付けで如何?」
『ほぉ……』
「これも乙女の初めてなのだから決して安くはないでしょう」
自分で自分を乙女と言う気恥ずかしさは、この際我慢するが、
たまらずに私が視線をつぅと逃がした所で、
『ふははは、よいよい。名も知らぬ賢者の娘よ気に入ったぞ。
それで対価といたそう』
どうやら無事に交渉は成立したようだが……
一つ問題がありましてね?
「えっと、その。
できれば人型になって頂けるととても嬉しいのですけども」
いざやると思えばやはり恥ずかしく、しかも一生の思い出になるのだからせめて馬面では無くて人型でお願いしたいと思う次第なのですよ。
私が言うが早いか
「これで良いかの?」
(喋り方がちょっとおじさんくさいのは我慢すべきよね?)
それよりもだ!
私は一度だけ深々と礼をしてから、彼に向かって満面の笑みを浮かべて首にヒョイと抱き付いた。
グイと迫る彼の顔、ほんの少し唇を前に出せばそのまま口付けできそうな至近距離。
「私は賢者シャウナです。
私の初めてのお方のお名前を伺っても良いかしら?」
彼の深い青い瞳を見つめながらそう問い掛ける。
彼は私を優しくそっと抱きしめると、一瞬だけの短い口付けを交わして口角を少し上げた。
どうやら笑ったようだが……
「生憎と我にはまだ名が無いのだ。
シャウナよ。そなたが付けてくれぬか」
「それって……」
私は決してそう言う意味で問うた訳ではない。
しかし聖獣に名を付ける意味、魔法を操る者がそれを知らないわけが無い。つまり彼は、私と契約すると言ってくれているのだ。
「さぁ名を呼んでくれるかな」
こうして私は無事、
(副産物の方が大きい様な気がするのだけど、私って運が良いのかしらね?)
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