06:序章⑤
イーニアスの案内で森を出て外に置いてあった馬車に乗って、ずっと暮らしていた森を後にする。
(さて馬車と言う物は初めて見たぞ)
その大きさは想像よりも大きい物ではなくて、前方には御者席と言う物があり、ここから手綱で馬を操るようだ。
一頭の馬が引く荷台は大きさ以外、畑で使う手押し車となんら変わりのない物で、荷台には容赦なく直射日光がそのまま降り注いでいる。
(今が日光がキツイ夏場であれば、日射病になるかもしれないわね)
乗り心地はハッキリ言えば悪いと思う。そもそもガラガラとやたらとうるさい上に、地面の石を踏んではガタゴトと跳ねるのだ。
三十分ほど乗った所で、
「ごめんなさい、気持ち悪い、みたい……」
馬車を停めて貰ってしばし休憩を挟んだ。
そして一時間乗って再び気分が悪くなり二度目の休憩をお願いした。
(それにしても二度目のイーニアスの表情は怖かったわ)
町では病人を待たせていると言うのに、こんなに頻繁に停まられたら助かるものも助からないだろうが! って言う無言の怒りを感じましたよ、えぇ……
「ごめんなさい。どうやら私は馬車とは合わないみたい」
「ええっ! そんなこと言っても町まではかなりの距離があるぞ!?
一体どうするんだよ」
「しばしお待ちを」
そう言って私は腰に差していた杖を抜き、その先端で地面を削り始めた。
何事かと苛立つイーニアスを余所に黙々と線を描き続ける私。五分ほどかけて描き終えたのは、【召喚の魔法陣】だ。
私が呪文を唱え始めると地面を削って引いた線が青白く光り始める。呪文が完成すると、そこに現れたのは、一角獣姿のサイラスだった。
ちなみに今の彼の角はあの時に比べればやや短い。実はまだ魔力の補填が完了していなくて長さが戻っていないのだ。
『このような場所で何様か?』
「馬車の乗り心地が最悪なのよ、お願いだから貴方に乗せて頂戴」
『我に馬の真似事をしろと?』
嫌そうな声色を見せているがこういう態度の時、彼は絶対に嫌とは言わない。
だから先だって、「ありがとうサイラス」と言いながら彼の鼻づらを撫でて上げた。
さて無事馬上の人になった訳だが……
その案内役であるイーニアスは、初めて見る聖獣の姿に驚き、にあんぐりと口を開けて固まっていた。
「ほらっ固まっていないで、さっさと案内してよね!」
なお聖獣であるサイラスの乗り心地は、謎の記憶にある〝新幹線〟なるモノよりも断然静かだ。彼はどれほどの速度を出そうとも、一切も揺れることは無く、まるで氷の上をスゥーと滑るかのように走ってくれる。
ちなみに私はローブが捲れるので横乗りに乗っている。
サイラスは馬車の隣を並走するようにゆっくりと歩いていた。ちなみにこの速度は、一角獣のサイラスにとっては逆に遅すぎて苦痛になるほどの速度だそうだ。
それを聞き私には一つ疑問が湧いた。
病人が居るからイーニアスは急いでいると言いながらも、馬車の速度が増すことは無く、先ほどと同じ速度で走らせている。
それは何故か?
聞けば、馬が潰れるからだそうだ。
荷台を引いて速度まで上げれば馬が疲れてしまって、余計に時間が掛かるそうだよ。確かに疲れは大敵よねー
ところで、
「町は遠いのかしら?」
この速度を維持するとあまり遠くには行けないのじゃないかな~と思ったのだ。
「【転移の魔法陣】を通ってすぐだよ」
(ほほぉ、【転移の魔法陣】とは一体何かしら?)
『過去に一度失われたが、異世界から来た【聖姫】が解明し復活させた術式だ。人間どもはそれを使って長距離を移動するらしいな』
私の呟きが聞こえたらしいサイラスが解説してくれた。
ほお~また新たな知識を得ることが出来そうだな~と、私は楽しげに笑っていると、
『そう言う考え方こそが【魔女】に非ず【賢者】なのであろうな』
他人にそう言われてみてしっくりくる。
(確かにこの性質は【魔女】ではないわね)
どうやら私には最初から【魔女】の素質は無かったようだわ。
※
【転移の魔法陣】のある宿場町に入ると、イーニアスは門の近くにあった店に入り何やら話をして出てきた。すると店の店員らにより荷台が取り外されて馬だけが残る。
「ねぇあの荷台はどうなるのかしら?」
「最初から荷台はここで借りた物なんだよ。
荷台を転送すると個別に費用が掛かるからな、転移した先で荷台だけを貸す商人がいるんだ。シャウナさんは荷台がいらないみたいだし、ここからは荷台を借りずに馬を走らせることにするよ」
【転移の魔法陣】は国が管理していて、使用料金と言う物が定められているそうだ。その項目は国によって色々あるが、一番分かり易いのは重量だそうだ。
人を運ぶ馬車なら荷台をここで置いていき、転移した先で新しく荷台を借り受ける方が安く済むから、荷台貸しの商売が成り立つそうだ。
見学もそぞろに追われるように【転移の魔法陣】を抜けた。着いたのは目的地ではなくダマート帝国にある〝駅〟という施設だった。
くだんの【聖姫】が各国、各所に繋がる魔法陣をここに集中させたそうで、すべての人は一度ここに集まり、再び散っていく。
言われてみれば確かに、建物の中は人、人、人で溢れていて、大変賑わしい。
さらにこの建物の周囲にも大きな建物が並んでいるそうで、売店あり食堂あり宿ありと至れり尽くせり。
雇用も仕事のチャンスも多そうだし、ダマート帝国の一強は揺るぎないはず。【聖姫】さんなに考えてダマート帝国に肩入れしたのかしら。
物思いにふけっている間に順番が回ってきて、駅を堪能する前に、次の【転移の魔法陣】を抜けた。
その後はイーニアスも馬に跨り、サイラスと共に走り始める。
「悪いがこっちは普通の馬だ。
聖獣様には手加減するように伝えておいてくれ!」
並走しながらイーニアスがそう叫んできた。
伝えるも何も人語を解すのが聖獣なのだから、とっくに聞こえている。それよりも私は、彼が叫んだ内容の方に疑問が湧いていた。
(ねぇあれはどういう意味?)
『馬と言うのは隣を走るモノが居ると釣られて速度を上げる生き物だ。
我の速度に釣られれば、いずれ限界が来て潰れるであろうよ』
「そりゃ大変だわ、サイラス手加減してあげてよ!」
『ふん、馬などと張り合うつもりなど、我は最初から持っておらん』
サイラスは上手く半馬身から一馬身ほど後ろを走り、夕日が沈むギリギリの時間を迎える頃に目的の町へと辿り着いた。
さてその町の門では……
突然の聖獣の出現に、慌てふためく門番ら。それを宥めつつ必死に話を通しているイーニアス。その待っている間も、聖獣を一目でも見ようと門番が幾人も詰め所から出てきては「わぁ!」と歓声を上げていた。
すっかりと見世物になったサイラスは不機嫌さを隠さない声色で、『帰っても良いか?』とぶっきら棒に聞いてきた。
「ええもう良いわ有難う」
彼の鼻づらを撫でて軽く口付けをすると、ふわっと白い光が泡のように舞い、
「あぁ~」と落胆の声が周囲から聞こえるが私の知った事じゃないわ。
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