07:序章⑥
町の門を抜けてイーニアスについて歩いていき、お婆さんの知り合いがいると言う家に案内して貰った。
「ブラードさん戻ったよ!」
出迎えてくれたのは、お爺さんとお婆さんの老夫婦に中年の夫婦の四人だ。
(全員が全員、背が物凄く低いわね)
一番小柄な中年の女性なんかは私のお
皆がそろって低身長だが、横幅は私の二倍ほど。特にガッチリとした体躯の中年の男性などは、まるで切り株の様に見える。
どうやら彼らは人族ではない様だ。
さて一緒にやって来た私の姿を見て、お爺さんとお婆さんはガッカリしている様なので、どうやら彼らがお婆さんの知り合いなのだろう。
「私はシャウナと申します。
森の魔女マルヴィナは数年前に亡くなっておりますので、本日は弟子である私が代わりに参りました」
「はぁ? あのくそ婆が亡くなっただと!?」
「お爺さん! 口が過ぎますよ」
やはり老夫婦が知り合いであったか。
そこで肩に乗っていたキーンが、「ホゥ」と一声鳴いた。
それを聞いたお爺さんは、「お前、もしかしてキーンなのか?」と、目を見開いて驚いていた。その問い掛けに再び「ホゥ」と鳴くキーン。
「そうか……あの殺しても死ななさそうだったマルヴィナが死ぬとはなぁ……」
彼が感慨深く呟いた。
知人の死を知って落ち込む気持ちは分からないでもないが、ここで昔話をする時間は無駄であろう。
「早速ですが病人を見せて頂いても?」
私の言葉でお婆さんが我に返り、
「あっごめんなさい、こちらにお入りくださいな」
一歩歩くとキーンはふわっと肩から飛び上がり、近くの棚に止まった。どうやら彼はここに残り、旧知の老人とお婆さんの思い出を語りたいのだろう。キーンはここで捨て置き、私はお婆さんに続いて玄関を抜けて家の中へを入って行った。
なお私が部屋に案内されていく後ろでは、中年の夫婦が、私を無事に連れ帰ったイーニアスに労いと感謝の言葉を掛けて貰っている。
(そう言うのは治ったらにして貰いたいわね)
これで治らなければその空気が壊れるかと思うと気が気でない。やはり初めての事なのでどうしても緊張してしまうのは仕方がないのかしら。
さて見せて貰った患者だが、やはり背の低い少年?
(実際に見てもいまいち年齢は判らないけど、小柄で童顔だから少年で良いかしら)
どうやら肺と喉をやられているようで、呼吸がままならない様だ。
「こうなった原因は分かりますか?」
「先日の大雨で川が氾濫しましてね、息子はそれの作業をやってました。
その後に風邪をひいたんですが、どうも治りが遅いと思ったら今度は突然倒れちまいましたんです」
(きっと肺炎と言う奴ね。後は、魔力酔いかしら?
それならこの霊薬と、こっちに霊薬で治りそうだわ)
私は二つの瓶を【魔法の袋】から取り出すと、
「飲み水を、コップに二杯分ほどでいいです。桶に入れて持ってきてください」
できれば綺麗な水が理想なのだが、大抵は小川か、井戸のどちらかだ。綺麗と言っても限度があるだろう。
中年の女性が水を汲みに行っている間に、どろりとした塗り薬の霊薬を指先にグイと取り、彼の胸から喉にかけて塗り延ばしていく。
大方塗り終えたら魔力を少しだけ流して、霊薬を体の奥に浸透させる。
魔力を入れ過ぎると魔力酔いが進むから気を付けないとね。じんわりと魔力を増していき、かと言って入れ過ぎない様にかなり慎重に力加減を操作する。
(よしっ! 上手く行ったわ)
これで傷んだ肺と喉はじきに治る事だろう。
汲んで貰った水が来たら、桶に湖の時に再構築した【
「これを毎日、朝起きた時、お昼の時間、寝る前の三回。
コップに半分だけ飲ませてください。
明日から三日間は私が滞在します、それで完治しなければ次の手を考えます」
【魔女】の治療はこれで終わりだ。
なお【賢者】の治療であれば、【神聖魔法】により強制的に病気を癒すことも可能なのだが、魔法による病の治療は抵抗力も落ちていくので良し悪しと言えよう。
そもそも今回の症状だと、魔力酔いを起こしているので【神聖魔法】による治療は危うかったと思うわね。
(まぁ三日経った後は魔力酔いも収まっているだろうから、第二案はそっちかしらね)
できれば頼ってくれた【
※
私は患者の居るブラード家の隣、つまりイーニアスの家に宿泊する予定になっているそうだ。
患者のいるブラード家では私に病気がうつる可能性があるから、しかし何かあったらすぐに駆けつけることが出来る距離と言う奴だ。
翌日の朝に軽く診断をしたが、どうやら患者はこのまま良くなる傾向が見られたので一安心した。
ちなみに床に伏せっていた少年は、今朝には自ら起き上がってきて食卓に座ると、パンを三個もお代わりしたのだとか。布団から起きることが出来なかった事を思えば、一家はもはや完治したかのような喜びようであった。
午前中はお婆さんの知り合いである老夫婦と話をした。
彼らはドワーフと言う種族だそうで、身長は人間の半分ほどだが力持ち、お婆さんとは一緒に冒険をした仲だそうだ。
長命な【魔女】と共に冒険できると言う事に驚いたが、ドワーフとは三百年から四百年ほども生きる長寿な種族だそうで、魔女であったお婆さんとは五十年以上も一緒に旅をしていたと言う。
ちなみにドワーフのお爺さんが戦士、お婆さんが神聖戦士だそうだ。
それで判明したが、少年に魔力酔いの症状が出ていたのは、お婆さんが【神聖魔法】を使った結果だと言う事が解った。
おまけに、病気の治療である【
(そりゃ用途が違うので治るわけないわよ)
余計な事を言うつもりは無いが、一応、
「病気と怪我は違いますので、次からは専門家に意見を聞いてくださいね」
と言って話を締めくくった。
さてお婆さんと彼らの冒険の話だが、
「ところでそれは何年前の事なのでしょうか?」
「そうさな、ざっと百五十年くらい前かの」
お婆さんとドワーフの老夫婦に加えて、神官と狩人の優男を入れての五人パーティ。
「えーっと、神官さんと狩人さんは何度か変わってるんですよね?」
五十年もの間、普通の人間族が一緒に旅が出来るわけが無いからこその質問だ。
なお狩人とはほんの十年ほど一緒だったそうだが─それでも長いと思うけど─、
「最初の二十年くらいで神官の息子が来て、最後にはその孫と一緒に旅したかのぉ」
「孫の代まで同じパーティーですか……」
驚く事に神官の方は孫の代まで三代も一緒に冒険したそうだわ。
その後も彼らから、お婆さんの話をいくつも聞くことが出来た。どのお婆さんも私には見せたことが無い表情ばかりの様で、少しだけ寂しく思ったけどね。
午後になるとドワーフの少年はすっかりと良くなり、庭と言うか町中を走っていた。
いや、正確に言おう。
私は止めたのだ。
「病み上がりはぶり返すからダメ!」とね。
しかし少年は、「だったらもう一度診てくれ」と、その場でさぁ診断しろとばかりに胸を肌蹴たのだ。
「あーはいはい。
一日で治ったらそりゃ凄いわー」
呆れながら診断してみたら、魔力酔いも無くなっている上に本当に病気が完治していて私の方が驚いたくらいだ。
さすがに無いわーと思った私は【
さてドワーフとは、酒を友としていて体が丈夫、頑強。体力の塊。
大よそ病気とは無縁の存在だと言う事が解った。つまりだ、傷治れば何でも治ると言う発想を持っていたドワーフのお婆さんは、ドワーフ的常識に伴う行動だったと言う訳か……
むしろ最初の肺炎って、人間だったらもう死んでたんじゃないの?
(はぁ仕方ないか)
「確かに治ってるみたい。でも無理は禁物、念のために渡した薬はちゃんと飲むこと!
良いわね」
「はーい!」
ダダダダと駆けていくドワーフの少年。
ちなみに……、ドワーフの少年だと思っていた、その子の年齢が私よりも軽く五歳も年上だったと知ってとても驚いたのは後の話だ。
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