08:序章⑦

 さて患者が完治したので、すっかりやることが無くなった私はもう帰ろうかな~と真面目に思ったわけですよ。

 しかし、何事にも『もしかして』と言う事があるので、予定通り三日間は町に滞在することに決めた。



 さて病気の治療を終えた事で、私は少なからずの報酬と言う物を頂いた。

 霊薬の値段なんて私は知らないので、とんと相場は分からないのだけど、なんだかチャリチャリと一杯貰えたのは嬉しい。


 頂いた小袋から出てきたのは銀色の貨幣が三枚と銅色の貨幣が十枚だった。

「えへへーこれが銀貨って言う奴よね。

 それでこれが銅貨だわ」

 初めて貨幣と言う物を目にして私のテンションは上がっている様だ。



 貨幣が手に入り、患者も治った。だったら別にイーニアスの家にいる必要が無くなってくる。もちろん今日も泊まって行って良いとは言われているけどね~

(そうだなぁ、折角だし宿屋と言う物が経験してみたいな)

 私の知識欲が、次はそれを満たせと叫んでいる気がするわね。


(よし! 宿をとろう)

 ここはそれほど大きな町ではない、探してみたが結局二軒しかなかった─門番の兵士さんに止められた怪しい宿は除く─。


 二軒とも外見はそれほど変わらず、どちらが良いかは判らないので、イーニアスに聞いてみた。

「宿に泊まるのなら、お金が勿体無いから家に泊まればいいのに」

 と、開口一番呆れた物言いで言われたのだが、

「私は今まで一度も森から出たことが無いから、この機会に色々と経験したいのよ」

 そう返してやると、だったら仕方がないか、と、彼は一つの宿の名を教えてくれた。知り合いの知り合いの~辺りらしくて多少は融通が利くのだとか?


(うんうん、そう言う繋がりも有りだわ)

 私はイーニアスに教えて貰った方の宿をとる事に決めた。



 紹介して貰った宿屋に入って開いている部屋を尋ねると、すでにイーニアスから話は通じているらしく大変歓迎されたのだが、

「悪いねぇ一人部屋は生憎と埋まってるんだよ」

 他には二人部屋か、雑魚寝の大部屋だそうだ。

 雑魚寝の大部屋は選ぶ前から、「あんたの様な若くて可愛い女の子は駄目だよ」と釘を刺された。なんでも、旅人の中には足がつかないと言う理由で、強引に行為に及ぶ危ない輩もいると聞けば、頭から除外する以外にないだろう。


「だったら二人部屋で良いわ」

「そうかい、なら料金は少しおまけしておくわね」

 笑顔でそんなことを言われれば悪い気はしない。

 続いて何日と言う話なのだが、今回は知識欲の為のお試しなのだから当然一日で良いだろうと、それを告げておく。

「食事はどうしようか?」

 なんだか色々と決めることが多いのだなと、思いつつご飯は食べるから付けると何回か答えた。

 結局、朝昼晩と食事が付いてきたわけだが……

 確かに食べたことが無い料理ばかりで美味しいのだけど、量が多い。森の恵みだけの慎ましい生活を送っていた私にはこの量を食べきるのは不可能であった。

 お昼を食べたら夜が食べられず、朝は朝で量が多くて半分以上残す羽目になった。


 そして支払ったのは銅貨が三枚だ。


 ふむ一泊して、あれだけの量のご飯を三食頂いた代金が銅貨三枚なのか。

(ドワーフ一家に頂いた霊薬の代金って高すぎない!?)

 今からでも少し返すべきかな~と、しばし真剣に悩んだ。


 しかしこの報酬はこちらから言った訳ではなく、彼らが出してきた物だ。それを多いからと一部返すと言うのは何か違う気がする。

(うん。今回は有難く頂いておきますかね)




 午前中は宿屋に教えて貰った雑貨屋が並ぶ通りに行ってみた。

 その通りの店先には台が置かれていて、見たことも無い煌びやかな装飾品やら、何に使うか分からないけどなんだか立派な置き物なんかが、いくつも並べてあってやたらと目移りする。

 そう言えば不思議な記憶の中でもいろんな店を見たような気がする。

(確かウィンドウショッピングとか言ったかしら?)

 私は何を買うでも無く、通りに並べられていた色々な物を見て回った。



 昼になると町の大通りの方へ向かった。

 大通りでは店の前に小物などが並ぶ様な店は無くて、どれもドアを開けて店内に入る形式に切り替わっている。

 店頭の品を見て回るのと違い、店に入ると何か物を買わないといけない気になるので、最初の一軒目以外に入るのは諦めた。

(ふぅ店の人が笑顔ですり寄って来るのはやめて欲しいわね)


 しかしこの大通りには、道の左右に美味しそうな香りを漂わしている露店が何軒も並んでいる。

「うわぁ凄い!!」


 露店の数も凄いが、道行く人の数も凄い。

(この瞬間だけで今まで一生分を超える人数を見た気がするわ)


 宿屋の大盛りな朝食のお陰でお腹が一杯だったはずの私だったが、さすがにお昼になれば少々のお腹も空いてくる。何度も見比べた末に、私は露店で果実を搾ったジュースと、果実を飴で固めた物を購入して─それぞれ青銅貨一枚だった─ベンチに座り、それらを食べながら道行く人を眺めていた。



 私の棲む森での生活は常に一定で刺激がほとんど無い。

 もしも私がお婆さんの教え通りに【魔女】になっていたのならば、きっとそんな生活も悪くなかったと思う。しかし残念ながら私は知識を求める【賢者】である。

 残念ながら今回こんな刺激を知ってしまった。

「よし、引っ越そう!」


 思い立つが早いか、手に持つ甘い物を一気に口に入れると、私は町の外へ向けて走って行った。

 町にやって来た時の門を護る門番さんを捕まえて、

「私はぜひこの町に移住したいのですけど、何か必要でしょうか?」と、勢いよく問い掛けてみた。

 門番さんは最初こそ私の勢いに少し気圧されていたが、「もう少し詳しく教えてくれるか」と、親身に相談に乗ってくれた。


 私が今は森の中で自給自足の生活をしている事を伝えると、

「ここで暮らすのなら真っ先に要るのは住む場所ッス、つまり家ッスね。

 次がお金ッス。町中じゃぁ森の中と違って動物を獲ったり、果実を採ったりなんて出来ないッスからね。食べる分は自分で稼がないと生きていけないッスよ」

「商売……、と言う物をすれば良いのかしら?」

「そうッスね。

 商売でも良いし、どこかで雇って貰ってお給金を貰うのもいいと思うッスよ」

「そう、分かったわ。有難う!」

 ペコリと頭を下げて門番さんにお礼を言った。


 タタタと走りだしそうになった所で、もう一つ聞く事を忘れていた事を思い出す。

「ねぇあの小さな森って所有者は居るのかしら?」

 町のはずれもはずれ、門から徒歩十分は有に掛かるだろう場所にある小さな森を指差して、門番さんに聞いた。

 彼は指先を追って、遠くの森を見つめながら、

「んー、町の猟師らは南にある大きな森の方へ行くッスから~

 あんな小さな森は誰も使っていない・・・・・・・・と思うッス」

「そうなのね、色々と有難う!」


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