09:序章⑧

「よしよし! ここに決めたわ!」

 私は先ほど聞いた町はずれのさらに外にある、小さな森の入口に立っていた。

 町には興味が尽きないが、魔法使いと言う職業ゆえに、あまり人と交わり過ぎるのも良くないしこのくらいの距離感が適度で良いだろうと思うわね。


 住むにあたり、ざっと森の中と外を歩いてみたが、大きさは徒歩で歩いてに十分も掛からずにぐるりと回れるほどしかない。

 残念なことに森に生える樹はどれも若々しくて、暮らしていた森に比べればかなり貧弱ではあるが、しかし森の端には、妖精は棲んでいないが小さな泉もあるので、水源の確保も容易に出来ることだろう。

(でも暮らすには悪くない環境だわ)

 どうせ私は魔女ではないのだから、自然豊かな森は持て余すに違いない。



 日当たりやら泉の位置を考えて場所を決めると、私は愛用の【湖白銀の杖】を引き抜き、その先端で地面に魔法陣を描き始める。

 描いているのは【召喚の魔法陣】だ。ただし今回の魔法陣は特大サイズ!


 とてもとても大きな魔法陣だから【浮遊レビテーション】を使い上空から再確認を繰り返しながら、かなりの時間を掛けて描いた。


(う~ん、全体が把握できない大きい魔法陣はやっぱり難しいわね)

 しかし間違っていれば、召喚対象は次元の狭間に消えてしまうのだから、この作業で慎重さを失う訳には行かない。


 三回ほどの確認を終えて……

「よし!」

 気合の一言の後、私は長い長い呪文の詠唱を始めたのだった。


 魔法陣全体がぼぅと青白く光り始めて─町の方でもその光が見えたらしい─、詠唱の半分を終える頃には門を護る兵士らや武装した町の人らが慌てた様子で走ってきた。


 魔法行使中なのは見て分かるから手出ししてくることは無いらしい。

 こちらとしても暴走するから詠唱の途中でやめる訳には行かないので、そのまま無視しして呪文の詠唱を続ける。

 そして呪文が完成!


 ピカッと!

 魔法陣と同じサイズの眩い光の柱がが天に向かって走った。

 光りが収まった後、そこに現れたのは……


 愛しの我が家!


 契約したモノを呼び出すのが【召喚の魔法陣】と呼ばれる魔法だ。

 従って家などと言う無生物は呼ぶことが出来ない、しかし幸いな事に、我が家はダンフリーズトレントと同化していたお陰でここに召喚出来たのだ。

 さらに、ダンフリーズトレントの根っこが広がった範囲まで召喚したので、家庭菜園をしていた小さな庭まで完備ですよ!



 ちなみに突然家と大木が現れたのを見た兵士らは腰を抜かして倒れ込んでいた。

「これからよろしくね!」

 ニッコリと笑顔を見せて私は玄関の扉を開けて家に入って行った。







 翌朝、私は玄関をドンドンドンと激しく叩かれる音と共に目が覚めた。

(うー何よ、煩いなぁ)


 長い髪は手櫛で軽く整えて、寝間着の上に一張羅の白いローブを纏う。

 できれば顔を洗い、歯を磨きたいが、今にも壊れそうな勢いで叩かれている玄関のドアの方が心配だ。

 ちなみに心配しているのは扉を叩いている方の人だけどね。もしもの場合はきっとダンフリーズトレントが許さないはずだ。

 大木の枝が頭上から振り下ろされれば最悪の場合死んでしまう。

 玄関先で人死にされるなんて寝覚めの悪いことが起きたら私の方が困るじゃない。


 あまりやりたくはないけど仕方がないか─私は自分の私生活をサボる為に魔法を使いたくないのだ─。

「【浄化クリーン】」

 私の体が一瞬だけ光りに包まれてすっかり綺麗になった。



 ドンドンドンと言う音を出し続けている玄関に向かって、いそいそとドアを開ける。


 ガチャっと開けたドアの外。

 そこに立っていたのは、身なりの良いちょび髭の中年のおじさんだった。

 ちなみにその後ろには、ずらりと槍と鎧を身に着けた兵士が整列していた。

 昨日引っ越してばかりの私なので、もちろん見知った人ではない。

「おはようございます。あのぉ朝早くからなんですか?」


「お前がここに住む者か?」

 あっこれは引っ越し後のご近所挨拶というやつかしら?


 実は昨日のうちに〝引っ越し〟について、【知恵の館バイト・アル=ヒクマ】で色々と調べてみたのだ。

 そこには〝洗剤セット〟とか〝タオルセット〟と言う〝消えもの〟と呼ばれる物品を準備すると良いと書いてあったわね。それが何かが解らないので準備を終えていないのだが……

(う~んこんな事なら昨日のうちに準備しとくんだったわ)


 何も手渡す物は無いのだが、せめて挨拶だけはちゃんとしないとダメよね。


 私は渾身の笑顔を見せながら、

「はい、昨日引っ越してきましたシャウナと申します。

 よろしくお願いします」

 と、ぺこりと頭を下げた。


 するとその頭に、

「ではシャウナとやら、お前の家が建つこの場所はマクフォール男爵が所有する土地である。よってお前が行ったことは不法占拠と言う行為にあたる」

「へ?」

「お前の罪状は不法占拠である」

「それは一体……、ここは誰も使っていないって聞いたのだけど?」

「たわけぃ! この町の周辺は国王陛下より我が主のマクフォール男爵が賜り代々所有しておるのだ。

 使っているいないに関わらず、勝手に住んで良いわけが無かろう!

 ひっとらえろ!」

「えぇぇぇー!!」


 あれよあれよと私は兵士らに連行されていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る