10:序章⑨

 賢者的には新たな知識が得られて美味しいですが……

 知らなかった事とは言え勝手に住むと言う行為は犯罪だったらしくて、私には弁明の余地がないそうだ。

 そんな訳で、私は領主であるマクフォール男爵が居ると言う街へ搬送された。馬車酔いが酷くて地味に時間掛かったけどね。



 さて私が通された場所は、マクフォール男爵邸の応接室。

 一般的な罪人の扱いだと、普通は衛兵の取り調べ室か、その地下辺りにある牢屋の中のはずなのだが……

 私は何故ここにいるのだろうか?


 執事さんが淹れてくれた紅茶を飲みながら─これも罪人の扱いではないだろう─、しばし待っていると、ドアが『バンッ』と開いて、小太りかつ頭が半分ほど禿た中年のおじさんがツカツカと足音を鳴らしながら入って来た。

 ちなみに身なりはかなり良い模様。


「お前が儂の土地を不法占拠したシャウナと言う魔女か。

 儂はマクフォール男爵である」

 早口にそんなことを言いながら、私の前にあるソファへドカッと座るおじさんもとい、マクフォール男爵。

 お茶をぐびりと一口飲むや、ジロジロと無遠慮な視線が私の方へ向けられた。


 なお現在の私は白のローブ姿である。この部屋に入って早々、室内なので脱げとばかりに執事さんが手を伸ばしてきたのだが、寝起きであのまま連れて来られたのだから当然この中は寝間着であるからおいそれと脱ぐわけにも行かずに、気づかなかったフリをしてそのまま椅子に座ったのだ。


「女、なぜ室内でローブを着る?」

 常識的な質問であるのだけど、男爵の視線がやたらとイヤラシイので、どう好意的に考えてもローブの中が、つまりは私の体のラインが見たいと言う意味にしか聞こえない。


「これが正装ですので」

 しれっと、当然の様に返せば問題なかろう。魔法使いと言った職業はそもそも希少なのだから、どーせ実態なんて知るまいさ。

 私の予想通り、話はこれで終わった。

 うんそーだよ。もちろん服の話だけだよ!!


「まぁいい。

 お前の罪状は判っておるな?」

「土地の不法占拠と聞いております。

 この度は知らぬ事とは言え、大変失礼いたしました。

 戻りましたらすぐにでも、あの場所から退去いたしますので、ぜひともご容赦ください」

「は? それほど容易く退去できると言うのか!?」

 驚く男爵に首を傾げながら、

「来たことと同じことをやれば可能ですけど?」

 呆気にとられる男爵。

 どこに一方通行の魔法があると思うのか、いくら魔法使いが希少とは言え想像力が低すぎない?


「い、いや退去の必要はないぞ。

 実は儂はあの土地をそなたに売ってやろうと思っておるのだ」

「売って頂けるのですか?」

「うむ、近場の森を入れて金貨二百枚と言う所でどうだろうか」

 果たしてこれは高いのか、それとも安いのか……

 私の手持ちは銀貨三枚と、銅貨やら青銅貨が数枚だ。これが全財産ともいう。

 金貨と銀貨の換算数次第では頑張ればイケルと思うのだけどどうだろう?


「聞いて良いでしょうか。

 その金額の支払い期限と、あと恥ずかしながら……、金貨一枚は銀貨で言うと何枚分になりますでしょうか?」

 金貨は市民にとって一番馴染みのない貨幣なので、そう言った質問は無きにしも非ずに違いない。


「支払期限は一年としよう」

 そして一旦言葉を切った男爵の耳元に執事がいつの間にか忍び寄っており、ひそひそと何かを囁いた。

「ああそうだった金貨だが、銀貨で言うと百枚分だ。だから銀貨で支払うなら二万枚と言う事になるな」

 うゎ桁が跳ね上がった!!

 もう解った、絶対この土地高いよ!!

 金貨が市民に馴染みのない時点で気づくべきだった。そして貴族からすると逆に銀貨側に馴染みがないのだから教えて貰ったのだな~と、変な知識を得たわよ。



「申し訳ございませんが、私にはお支払することが出来ない様です。

 戻り次第早々に退去いたします」

「ふむ、そうであるか。では仕方がないな。

 不法に土地を占拠した使用料として、まずは金貨二枚を支払って貰おう。

 もしもそれが支払えないのであれば、致し方が無い。魔女よ、お主が儂の元で働いて返すがよい」

 一日借りただけで金貨二枚とか、どれだけ暴利貪ってんだー!! と、叫びだしたいのだが、今の言い方でやっと真意を理解できた。


 つまり男爵は、私兵として魔法使いわたしを雇いたいが為に難癖付けているのだ。そもそも希少な魔法使いを手にしているのは王家や上級貴族らだけで、男爵の様な下級貴族であれば雇うことは夢のまた夢だったはず。

 おまけに魔法使いの中でも【魔女】は偏屈にして孤高の存在だ、滅多な事では雇う事も叶わない。

 はぁ面倒くさい事になったなぁ……


「男爵様は勘違いされておりますが、私は【魔女】ではありません」

「なんと!

 町の者からは魔女の霊薬で病を治したと聞いていたが違うと言うのか?」

「いえ、治しました」

「えぇい! 一体どっちなんだ! はっきりせい!」

 かなり苛立っているのだろう、男爵の言葉は荒くおまけに顔が真っ赤だ。


「【魔女】は私のお婆さんで、その教えにより私が魔女の霊薬を使ったのは本当です。

 そして私が【魔女】でないのも本当です」

「ではお前は一体なんだと言うのだ。

 あれほどの魔法を行使したのだ、そこらの魔法使いなどと同じとは言わさんぞ!」

「実は……私は【賢者】でございます」

「なっ……、【賢者】だと!?

 よしお前は今から儂が雇うぞ!! 給金はそうだな、月に銀貨五十枚だそう」

 私の職業ジョブを聞き、慌てて給金をつり上げる男爵。

 そりゃそうだろう、魔女よりも賢者の方がより希少だ。さらに、事、魔法の行使に置いては魔女よりも賢者の方に軍配があがるのだ。


「あぁ良かった。男爵様は【賢者】の価値を知っておいでなのですね」

「もちろんだとも!!

 あ、ちなみにお主の様な美しい娘が、儂の夜の相手をするのであればさらに二十枚だすぞ?」

 調子に乗ってなに言ってんだ禿オヤジ!!


「それには及びませんが、賢者たる私の給金が月に銀貨五十枚でしかないのに、たった一日いただけのあの土地の代金がその四倍とは、どのような道理でございましょうか?」

 私は賢者モードに切り替えて、たっぷりの魔力を込めて好色な禿男爵を睨み付けてやった。

 小娘と侮っていた男爵は、その迫力に気圧されて青ざめる。


「くっ分かった。

 あの土地は金貨二枚でお主に売ろう。ただし期限は最初の約束通り一年だ。

 一年経って返済を終えなかった場合は、お前は儂の物になれ!

 これで良いな!」

 〝儂の物〟って……、それは夜のお供まで含めてと言う意味ですかね?

 聞いたらダメな奴かな~と、思いながらも知識欲に負けて渋々確認してみたらニタァと気持ち悪い顔を見せてきたからきっと含むと思われる。


「えっと、今日中に退去すると言うのは?」

「許さん!!」

 ですよねー

 領主が法みたいなこんな世界では、これが判決結果になる訳で……

 こうして私は金貨二枚の借金を背負う事となった。

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