48:男爵
このようにしてシアラー男爵の財産は護られたのだが、「勝手に使って悪いな」と、悪びれもしないこの国王に対して私は苛立っていた。
「次を呼べ」と宰相が告げると、再び兵が大きな扉に向かって走る。
続いて現れたのは、マクフォール男爵だった。
えっ彼が一体何をした?
私はマクフォール男爵をここに呼んだ真意を測りかねて、再び国王を睨み付けた。
「ふふふ、美少女に睨まれると言うのも悪くは無いが……
まぁ落ち着け、悪い様にはせんよ」
男爵が近づいてくる前だからだろう、国王はここらにしか聞こえないほどの声でそう言った。
こちらに向かって歩いてきた男爵は、宰相の隣に私が立っている事に気づき驚きの表情を見せた。私がこの手に─貴族の爵位を表す─銀の錫杖を持っていることにもきっと驚いている事だろう。
しかしここで勝手に声を出すことはきっと許可されていない。だから男爵は無言のまま平伏した。
私の隣にいた宰相は一歩前に出ると、頭を下げたままのマクフォール男爵に対して書面を読み始める。
「マクフォール男爵、そなたは自らの治める領地に移住した、ここにいる賢者シャウナに対して、不法占拠の名により罪を問うたと聞いたが真実か?」
「はいその通りでございます。
魔法によりその「男爵は聞かれた事のみ答える様に!」」
「……申し訳ございません」
「では次に、不法占拠として置きながら土地の代金を支払えば罪に問わぬと取引を持ちかけたと聞くが、これは真実か?」
「はいその通りでございます」
「マクフォール男爵に問う。
そなたはいつから陛下より預かった国土を自由に売買する権利を得た」
「申し訳ございません」
マクフォール男爵は平伏したまま震えていた。
「マクフォール男爵、賢者シャウナに掛けた借金は不問。これで良いな」
突然国王陛下が口を開いてそう宣言した。
「もちろんでございます」
どうやら私の借金はこれで消え去ったらしい。
「では続いて賢者を手元に置こうとした件、国家反逆罪の疑いがあるが如何か?」
「事実無根です」
「ではそのような意思はないと申すか」
「はい、一切ございません」
「ではなぜ賢者を手元に置こうとしたのか申してみよ」
「陛下よりお預かりした領地を繁栄させる、知恵を借りるため以外にございません」
模範回答だ、男爵は頑張っているよ!
そしてここで突然国王陛下が口を開いた。
「分かった。わたしはマクフォール男爵の領地運営の手腕を買っているつもりだ。
この度の件はさらなる領地の繁栄を持って返す様にいたせ」
「はい今後も精一杯領地の繁栄に努めます」
国王陛下の温情を聞き、ほぉと男爵は安堵のため息を吐いていた。
「しかし陛下、賢者の件はまだしも、国土を売買しようとした件について何も罰が無いと言うのは他の臣下に対して示しがつきますまい」
「なるほどな。では宰相はいかに考えるか?」
マクフォール男爵は再びビクリと震えた。
あまりにも出来過ぎている。これはきっと最初からシナリオのあった会話だろう。
「はいではお言葉ながら、先日に事故死しましたシアラー男爵領が領主不在で荒れております。
マクフォール男爵にはこちらの領地で、罪を償う機会をお与えになるのがよろしいかと愚考いたします」
「ふむ、分かった。
マクフォール男爵、そなたには領地転化を言い渡す。
直ちに現シアラー男爵領に赴き、領地の繁栄に精魂を尽くし罪を償うがよい」
「はっ!」
安堵のため息。
「陛下、それではマクフォール男爵が治めていた領地が空席になります」
ビクッとする男爵。
なんだか可哀想になって来たわ。
「おおなるほどな。
ではシアラー男爵よ、そなたが治めよ」
「へ、私?」
「(こらなんだその口調は! 承服の返事をせよ!)」と、宰相に叱られた。
「……畏まりました」
「なんだか不満げだなシアラー男爵」
「それほどでもございません」
私はニコッと笑顔を作って会釈した。
不満なんて通り越して私は腸が煮えくり返ってるよ!
これにて謁見は終了となった。
※
私はそのまま王宮の一室に連れられていた。
目の前には国王陛下と宰相、彼らの後ろには親衛隊の騎士が二人立ち、さらに扉の前を固めるのは金属鎧を着込んだ騎士二人だ。
私一人になんとも厳重な警備じゃないかと、呆れるのだがきっとあの噂を聞いて〝魔法使い〟を警戒しての事なのだろう。
侍女の手によってお茶が淹れられると、宰相が話し始めた。
「いま世界の各地で魔物が現れているのは知っているだろうか?」
「ええ鉱山に魔物が現れたそうで、鉄鉱石が高くなって苦労していますよ」
「そこでだ。そなたに「討伐はしませんよ」」
「報酬は払うぞ」とは陛下の言葉だ。
「報酬の問題ではありません。魔物が大量に焼ける匂いと断末魔、思い出しただけで震えが止まりません」
「しかし相手はこちらに害をなす魔物なのだぞ。誉れとは思えどそのような感情を持つ必要はあるまい」
その陛下の言葉に同意するかのように、この部屋にいる皆が不思議そうな表情を見せていた。
「私は騎士ではないので誉れなんていらないし、この恐れと言う感情こそ人でいられるかどうかの狭間なのでしょう。だから私はやりません」
「どうやら意思は固いようだな。
討伐は諦めよう」
どうやら強くは言って来ない様だが、心の内では〝今は〟と言う言葉がきっと隠されていることだろう。
「では別の話だが、
貴女は我が国の宮廷魔術師になるつもりは無いだろうか?」
「ありません」
「ククク即答だな、まぁ聞け。爵位は侯爵とするがどうだ?」
さらに「侯爵になれば領地が増えて今の数十倍の富が得られるぞ」と教えてくれた。
「生憎ですが、私は富や地位と言った物には興味がありませんので不要です」
もっと魔法使いが多かった古い時代ではそのような職に就いた魔法使いも居たと言うが、最近ではその職に就く者は現れずとうに失われていたはずだ。
もしもそれに私が就けば、その先の未来を想像するのは容易だろう。
少なくともスメードルンド王国は、他国に対して相当の優位を得るだろう。魔法使いどころか賢者が国に居ると言うのは、それほどに影響力が高いのだ。
下手をすれば小国ならば不利な交渉さえも無条件で受けるほどに、つまりは断れば攻め込むぞと言う脅しとしてだね。
そんなくだらない事に加担したくはない。
「話がそれだけでしたら失礼しますが?」
「そうだな。今回の話はこれだけだ
また話の機会がある事を願うぞ」
最後までその自信を疑わない国王陛下。彼の自信の根底は、私がこの国の男爵である限りはいずれ命令に従わせられるからだ。
私の呼び名で彼の言いたいことは察することが出来る。それを分からせるために、本日は分かりやすくしたのだろう。
ちょっと上向きにした好感度はとっくに最底辺へ。
この国王は気に入らない!
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