49:エピローグ

 王都から帰る時は久しぶりにサイラスを召喚した。

 魔法陣から現れたサイラスは、今回ばかりは何も言わずに私を背に乗せて走ってくれた。そして馬車では十七日の旅が必要だった道のりは、聖獣サイラスだとたったの半日で踏破する距離だったようだ。



 我が家に戻るとまずはダンフリーズトレントの枝に止まっていたキーンが、「ホゥ」と鳴き私の帰宅を喜んでくれた。


 その鳴き声で玄関のドアがバタンと開く。

 ドアから飛び出してきたのはリンネアだ。彼女は私に駆け寄ってきて「おかえりなさいですの、お姉さま!」と言って私に飛びついて来た。

「ただいまリンネア。ちゃんと留守番してくれたのね、ありがとう」

 そして彼女の頭を撫でて上げるとくすぐったそうに眼を細める。


 次にドアから出てきたのはアルヴィド。

 彼は小袋を出しながら「売上金だ」と短く告げた。

「ありがとうございます」

 一瞬だけ受け取りはしたが、再び差し替えして、

「実は借金が無くなりましたのでもうお金は要らないんです。

 だからこれはお父さんが報酬として貰ってください」


 アルヴィドは「しかし……」と渋ったが、

「分かった、預かっておく事にしよう」

 そうして小袋を仕舞い、「必要になったらすぐに言えよ。今度は嫁入り道具とか手配するからな」と笑った。

「聖獣様相手に嫁入り道具はいるのかしら?」

「だったら子供が生まれた時に使ってやるよ」

 クククと笑うアルヴィド。何とも気の早い事だが、そうか借金が無くなったのだからいよいよサイラスともそう言った事が……

 でもこの人、ヘタレだしなぁ~

 相変わらず一角獣のさがである乙女大好きの呪縛から逃れられない様だ。




 その翌日、私の帰宅を知ったらしい町の人たちが、ばらばらと我が家を訪ねて来た。


 一人目は早朝、ドワーフのグレタ婆さんだ。

 無事に帰ってきた顔が見れて安心したと言われただけだが、そう言ってくれてとても嬉しいと笑顔を返しておいた。

 そして彼女の帰りしな、

「バートル爺さんにお話がありますので、また明日に伺いますとお伝えください」と、伝言を頼んでおいた。

 私にはもう借金も無くなったので、この先のハナム工房との取引は全てバートル爺さんとマイコーに譲ることを伝えなければね。




 続いてやって来たのは同じく早朝で雑貨屋のジェニーおばさんだ。きっと店を開ける前にやって来たのだろうね。


 リンネアが私が不在の間、一人で霊薬の在庫補充と子供に文字を教えることまでまでやってくれていたのだが、帰ってきたと聞いて顔を見に来てくれたらしい。

「みなさんグレタ婆さんと同じ事を言いますね~」と、私が呟けば、

「あたしらにとってあんたは娘とか孫みたいなもんだからね、そりゃ心配もするさ。

 だけど顔を見たら安心したよ。ゆっくり休んだらまた店によっておくれよ」

「はい分かりました」




 さらに門番のプレザンッスに、丁度ハナム工房への輸送から戻っていたマイコーにヤンネがやって来た。皆が同じ理由で顔を見に来ただけだそうだ。


 さらにもう一人、久しぶりにイーニアスの姿があった。

 彼は私の借金の期限だからと心配して、わざわざ休暇を取って町に帰って来ていたそうだ。生憎私が留守にしていたので、危うくすれ違う所だったそうだが。

 ここでイーニアスに出会えたのは良かった。


「ねえイーニアス? 私のお願いを聞いてくれるかしら」

「変なお願いじゃなかったらいいよ」

 再開してすぐにそんなことを言い始めた私に、彼は首を傾げている。


「大したことじゃないわ。青銅貨一枚貸して欲しいのよ」

「えぇっ!! そんなに借金がやばいのか!?

 俺の給料は多くないけど結構貯めてるからさ、もっと出そうか?」

「いいえ、青銅貨一枚が一番いい・・・・のよ」

 そう言って私が満面の笑顔を見せると、やっぱり彼は首を傾げながら「まぁいいけどさ」と、財布から青銅貨一枚を出してくれた。


「ありがとうイーニアス」

 私は手紙を彼に差出し「来月が終わったら開いてね」と告げた。

「今じゃダメなのか?」

「ええ来月が終わったらよ。いい、無くさないでよ! 絶対ね!」

 大切な事なので、詰め寄り何度も念を押したらかなり怯えられたわ……




 続いて前に出てきたのは勇者になる予定のレジーナだった。

「賢者様ぁ、あたい金貨二枚貯められなかったよ~!」

 初めて会ったときと同じように瞳に涙を溜めながら、彼女は私に駆け寄ってきた。

 一年間、相当頑張ってやっと貯まった金額をたったの二ヶ月で貯められたら私の方がショックだわ。


「ぐすん。

 賢者様は男爵の慰み者になるんですか!?」

 きっと町で流れる噂の一つを聞いたのだろうね。

「いえ成らないわよ。

 ねえレジーナ。聞いてくれる?」

「はい?」

「貴女と私が例えば一緒に旅をしたとしても、助けられる人は目の前の人だけだわ。

 それよりも、人を集めて冒険者ギルドの様な組織を創りなさい。そしてそこから人を派遣すれば、もっと沢山の人が救えるはずよ」

「あたい馬鹿だからそんな難しい事は……」

「一緒に旅はして上げられないけれど、そう言う知恵なら貸してあげるわ」

「ほんとですか! だったらあたい頑張りますね!!」

 どこへ向かうつもりなのか、彼女は元気よく手を振るとなぜか町とは逆の方へ走って行った。

 いやマジ、どこ行くのよ~!?




 そして昼過ぎ頃に現れたのは主婦の皆さま。

 その中には今朝方に個別に話した、グレタ婆さんとジェニーおばさんの姿もある。


「お二人まで、一体どうしましたか?」

「実はね、いつも子供の面倒を見て貰ってるじゃない。そのお礼をね」

「いえお礼なんて別に、いつも新鮮なお野菜や狩猟の獲物を頂いてますから。

 むしろお礼を言うのは私の方ですよ」


「でも貴族のお坊ちゃんが通う学校では、教師にお給金が出るそうじゃないかい。

 だからさ、これみんなで集めたんだよ。良かったら貰ってくれないかい?」

 そう言って大きな袋が差し出されてきた。

 開けるまでも無くきっと……


「私が強情な所為で、色々な理由を付けて頂いて有難うございます。

 皆さんのお気持ちは感謝いたします。

 でも私の借金はすっかり無くなりましたので、これは受け取る訳には行きません」

 私がそう言うと、「ほんとかい?」「ほんとにほんとかい?」と何度も何度も「大丈夫です」「借金はありません」と言うやり取りをする羽目になった。

 しかし最後は納得してくれて、「良かったよー」と笑顔で泣かれて、皆からもみくちゃにされた。

 ここは大人しくもみくちゃされておくところよね~と諦めてもみくちゃにされたわ。




◆◇◆◇◆




 とある王宮で……


「シアラー男爵が参りました!」

 兵士からそう報告を受けたスメードルンド王国の国王は、今日こそはといきり立っていた。あれから一年。いくら相手が数多の知識を有する賢者とは言え、初めての領地の管理だ。専門的な知識も無くその手のことに長けた配下も居なければ、順調に立ち行く訳は無い。


 宰相とは綿密に話し合い、シアラー男爵シャウナの領地へはそう言った人材を行かせないようにさせた。

 そして一年。

 今年の収穫期の税収は昨年の七割ほどに減っていた。

 予想よりは下降しなかったのは流石は賢者であろうか?


 しかし減った。

 この事実は揺るぎない。

 豊かな領地の収入を減らした事、この責任をシアラー男爵シャウナに問うのだ。

「ふふふ、これが上手く行けば我が国は隣国に対して優位に立つであろうな」


「よしシアラー男爵を呼べ」

 宰相の言葉で兵士が大きな扉に向かって走った。

 彼もまたほくそ笑む。この案は彼が出した物で、無事に賢者あのむすめが宮廷魔術師となれば、その功績は自分の手柄となるのだ。


 大きな扉が開き入ってきたのは……

「「ん?」」

 白いローブを着た美少女ではなく、短い赤茶けた髪をつんつんとさせた騎士風の長身の若者。

 その若者の名はイーニアス。

 彼は陛下の前に平伏し、

「シアラー男爵、召還に応じ参上いたしました」


「おいお前」

 慌てた宰相は身を乗り出してイーニアスに走り寄る。

「はっ!」

「なぜお前がシアラー男爵を名乗るか。虚偽は罪となるぞ」

 彼はイーニアスの眼前に迫って彼の頭に向かって騒ぎ立てた。


「俺……(じゃない)いえわたしは間違いなくシアラー男爵です」

「ほぉどういう事だ宰相!?」

 国王は口の端を持ち上げて宰相に問い掛けた。


「おいお前、どういうことか説明せよ!」

 しかし宰相がその理由を知る訳もなく、再びイーニアスに向かって騒ぎ立てる。


「はい、実はシャウナ(じゃない)、えーと先代のシアラー男爵に金を貸しまして、約束手形の期日を過ぎても借金が返済されませんでした。

 その約束手形の担保が男爵の財産すべてだったので、わたしが引き継ぎました」

「なっ……」

「は、ははは。なるほどな、確かにあの娘は富や地位は要らんと言ったが……

 して、その手形の金額は如何ほどであったのだ?」

「えーっと……、青銅貨一枚でございます。

 そして恐れながら、先代のシアラー男爵より書面を預かっておりまして、是非とも陛下にお渡ししたく……」

「青銅貨一枚か、くっくくく。我が国の爵位も舐められたものだ。

 シアラー男爵、その書面はいま読んでみせよ」

「はい、『応手の機会を与えるのは下策です』、なんだこれ? えーと以上です」

「だそうだ宰相。お前ではどうやら賢者の知恵に勝てんようだ。

 実に、実に惜しかったぞ、ははははは」

 国王の笑い声はいつまでも続いたそうだ。




◆◇◆◇◆




 眼前には大きな森、なんでもかなり昔には〝神獣の森〟と呼ばれた場所らしい。

 しかし、

「ふぅん、全然魔力を感じないわね~」

 今ではすっかり抜け殻のような、ただの森になっていた。


「ねぇお姉さま、本当にこんな場所がいいんですの?」

 長年の修行の成果で、すっかり魔力を感じることが出来る様になったリンネアもその森の持つ魔力の少なさを知り不安げに問い掛けてきた─隣に立つリンネアはもう十代前半の子供ではなく、すっかりお年頃だ─。



「森の魔力は貴女が要ればきっと戻るでしょうね。だからきっと大丈夫よ」

 【魔女】の弟子だった私は【賢者】になった。

 そしてその【賢者】の弟子は、【魔女】となったのだ─彼女は魔力の伸びは余りなかったが、植物に関する知識は【賢者わたし】を上回る。どうやらそれが彼女の職業ジョブを決定したようだ─。

 だから【魔女リンネア】が居れば大丈夫、だって【魔女かのじょ】が棲む森は自ずと自然豊かになる恵みがあるのだから。

 それは【賢者わたし】には無い【魔女かのじょ】だけのアビリティ。



「きっとこの森は貴女の色に染まる。

 だから最初はこんな魔力も何もない真っ白な森がいいのよ」

「ふぅお姉さま。いくら雪が降って積もっているからってその表現は、まったく賢者らしくありませんの。真っ白では無くて真っ新と言うべきですわ」

 今度の土地は大陸の北の端ヴェイスタヤ、南の端のスメードルンドとは真逆の土地だ。寒さ抜群の土地だが、魔力を持つ私たちにはそれほど影響はあるまい。

「つまり賢者は詩人ではないと言う事よ」

「開き直りはみっとも無いですの」

 あーうん、すみません。



 家の中に入り荷物を纏める私と、荷物を解くリンネア。

 私は今日ここを去り、リンネアは今日からここで暮らすのだ。


 リンネアの修行が終わり一息ついた頃、私は弟子リンネアと離れて暮らすことに決めた。その頃には私はとっくにサイラスと肌を重ねていたのだが、年頃になり美しく成長した乙女リンネアに嫉妬を感じていることに気付いたのだ。


 サイラスの事は信じたいが、一角獣の本能までは制御できまい、とね。


 とても面白い。私にも嫉妬と言う感情があったのだと、一人で思い出しては何度も笑ったよ。

 気づいてしまうと私も女と言う生き物だったようで、彼女と一緒に暮らすことは困難になった。彼の視線の行方で、自分の機嫌の浮き沈みの激しい事、激しい事。

 丁度良い機会・・・・もあった事から、これ幸いとアルヴィドの家に厄介になる事に決めたのだ。


「ねぇ本当にダンフリーズを頂いても良いのですの?」

「ええあげるわ、でも私が帰ったら暖かく迎えて頂戴ね」

「それはもちろんですの。でもお姉さまはどうなさるのです?」

 この質問はどこに行くかはとっくに伝えてあるのでそう言う意味ではない。


「私にはサイラスだけで十分。

 いい困ったらまずはキーンに頼りなさいね」

 そう、キーンは私の元を離れて再び【魔女】の使い魔に戻った。元々【賢者わたし】には使い魔は必須ではなく、【魔女リンネア】にこそ必要なのだ。

 それに私にはもうサイラスが居るから、保護者じぶんは不要だと判断したのだろう。


 しかしアレだ。

 キーンよ、私は最後まで『お嬢様』で、リンネアには最初から『ご主人様』なのはどうなのだ?



「じゃあ行くわね。何かあったらすぐに連絡を頂戴ね」

「はいですの。ではお姉さまも息災で」

「ええ。今度来るときは子供を連れてくるわね」

「お、おぃ! シャウナよ何を勝手に言っている」

 それを聞いて慌てるサイラスと、「まぁ!」と口を驚きの形にするリンネア。


「勝手になんて言ってないわよ。

 ねぇ知ってたサイラス、貴方は来年にはパパになるの」

 妊娠と出産、そして子育て。

 義理とは言えアルヴィドおとうさんの所に行くのに、これほど良い機会・・・・はあるまい。

「は?」

「生まれてくる子は、人族かそれとも一角獣かどっちかしらね~」

 私はまだ大きくも無いお腹を擦りながら笑う。

 この世界にハーフなんて半端な存在は生まれない。生まれるのはどちらかの種族である。果たして生まれてくる子はどちらであろうか、今からワクワクするわ。




─完─



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賢者は借金返済のために奔走す 夏菜しの @midcd5

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