エピローグ
今日もシュガーより早く、タロウが出勤してきた。
そしてレイナックはいつもどおり、人生をささげるという彼の言葉にちょっと困惑する。
「やっぱり、タロウさんの人生は自分のために使わなきゃダメですよ」
そう言うとタロウも、なぜか困ったような顔をするのだった。
そのあと、彼は決まって色んな仕掛けで笑わせようとしてくれる。
「姫、あれをご覧ください」
このセリフが合図だ。
レイナックはタロウが指さした窓の外へと目を向ける。
ちょうどシュガーがこの小屋に向かって歩いてくるのが見えた。
今日はどんな仕掛けなのだろう。
たぶんいつもどおり、何らかのいたずらをシュガーに仕掛けているのだ。
シュガーに怒られるから、本当は笑ってはいけない。
彼を注意しなきゃいけないのに、何が起こるのかいつも楽しみで見入ってしまう。
やがてシュガーがノックのあと、小屋のドアを開けた。
前回のいたずらを覚えていたからか、シュガーは腕を上にあげて落ちてくる何かに備えていた。
しかし横から何かが飛んできて、シュガーの横顔にヒットした。
「む?」
グーの形をした物体にバネが付いていて、バインバインと揺れている。
その物体に殴られたのに相変わらず何事もなかったようなシュガーの無表情が、やはりツボだった。
「ぷっ! あははははは!」
「姫、お気に召したようですね。上からと見せかけて横から作戦です。テーブルクロスに綿を詰めて作ったのですよ」
シュガーがムッとした顔でこちらを見ている。
笑っちゃ悪いんだけど、やっぱりこらえることが出来ない。
とにかく深呼吸して落ち着かせなきゃ。
「コ、コホン……。タロウさん、やっぱりいたずらはよくないです。シュガー隊長に謝りましょう」
申し訳なくて注意だけはしておくんだけど、やっぱりシュガーがジトっとした目でこっちを見てる。
「すいませんでした」
「てめえ……いつもいつもくだらんことしやがって」
シュガーがタロウの首根っこを摑まえて、外へ出ていった。
今日も剣のお稽古が始まる。
タロウはすごく上達していると、シュガーも言っていた。
しかしタロウが強くなりすぎたら、もうレイナックの護衛ではなく姉や兄、または父や義母直属の護衛に転属するかもしれない。
それはタロウにとって喜ばしいことだ。
だからもしそのときが来たら、笑顔で祝福しなければならない。
外に出ていくシュガーとタロウを見送ったあと、レイナックは洋服ダンスの引き出しを開けた。
そこにはタロウとお買い物をしたときに買った、ストレイキャットの人形が三つ入っている。
一つはタロウからもらった、ピンク色の人形。
もう一つは幼いころに友達になった魔族の子、つまり数日前に会った魔王へ渡すつもりだったもの。
もっとも、魔王と話してみても、やっぱり人形なんて喜んでもらえない気はしたけれど。
そして三つ目。これが謎だった。
この人形は数日前にレイナックが誘拐されて寝かされた、城の廃墟で見つけて拾ったものだった。
なぜあんなところに、この人形が?
ストレイキャットはこの国の付近でしか生息しない、空飛ぶ猫だと聞いた。
だからこの人形と同じものが別の国で売っているとは考えにくい。
そもそも、ずっと前に廃墟になったような城にこの人形が落ちていること自体、不自然だ。
レイナックは廃墟のお城で拾った人形をつまみ上げて、じーっと見つめていた。
しばらく眺めたあと、レイナックは人形を握りしめて小屋を出た。
外ではシュガーとタロウーが、剣の稽古をしている真っ最中だった。
邪魔をしてはいけない。
とりあえず鉄製のジョーロを持ち、花壇に水をあげることにした。
すべての花に水をやったあたりで、タロウが声をかけてきた。
「姫! いつも水やり、ご苦労様です!」
「私が好きでやってることですから。それより、剣のお稽古のほうは大丈夫ですか?」
「今は休憩中です。シュガー隊長は剣技においては相当な腕ですから、とても学びになりますね」
そうですか、と返してレイナックは微笑んで見せた。
「あ、そうです。このお人形が落ちていたので、拾っておきました」
「な、なんと! 申し訳ありません、姫! 実は探していたのです! どこでこれを?」
やはりこの人形は、タロウのものだったらしい。
なぜそれが、あの廃墟の城に?
レイナックの疑問はさらに深まる。
「姫?」
「あ、すいませんです。今朝、庭で拾ったのです。もしかしたら稽古のときにでも落としたのかもしれませんね」
そう言ってレイナックは、青色のストレイキャットの人形をタロウに渡した。
すると、本当にうれしそうに受け取ってくれた。
「おーい、タロウ! いつまで休憩してやがる」
シュガーの叫び声が聞こえてきた。
「姫、それではまた!」
タロウが小走りで去っていく。
「タロウさん」
呼び止めると、彼がぴたりと足を止めてこちらを振り返った。
「はい! 姫、何か御用でしょうか」
にっこり笑った顔には、何か特別な感情が含まれているように見えた。
それは単に思い過ごしなのか。
それとも何かしらの感情を持っていることをレイナックが期待してしまったから、そう見えただけなのか。
「すいませんです。なんでもありません」
そう言うと彼は、またニッコリ笑ってシュガーの元へとかけていった。
もしかして、タロウは魔王なのだろうか。
それともやはり思い過ごしなのか。
『タロウさん。
もしあなたが魔王のあの人だったなら、いつか聞かせてほしい。
あなたはなぜ、いつも私を笑わせてくれるの?
なぜいつも、そんな優しい目を向けてくれるの?
なぜいつも、そんな優しい笑顔を向けてくれるの?
あなたの口から、聞かせてほしい』
―――――――――――――――
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
もし面白いと思っていただけましたら、『フォロー』『☆』による評価などをいただけるとすごく励みになります。
続きは構想だけはあるものの、私が他でやらなきゃいけないことがたくさんあって……。
いつ続きが書けるか分からないので、いったん完結にしています。
続きを期待してくださる方には、たいへん申し訳なく思います。
改めまして、ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!
魔王だけど大好きなお姫様を守るために見習い兵士やらせていただく~姫と魔王の恋を許さぬ世界。ならば王族も魔神も勇者一味も配下に加え、世界そのものを変えてくれるわ~ 我那覇アキラ @ganaP_AKIRA
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます