第10話 魔王城にて


 兵士の仕事を終えた俺は、魔王城へと帰還していた。

 かつて親父が座っていた、いかにも魔王といった感じの趣味の悪い巨大な椅子に座る。


 今回はベスケットも王や王妃との対談だけ済ませて、自分の国へと帰っていった。しかし婚礼の日は、そう遠くないだろう。

 レイナックもベスケットの元へ嫁ぐ決意を固めたようだし。


 さてさて、どうやって阻止してやろうか。

 手っ取り早いのはベスケットを抹殺するか、国ごと亡ぼすか。


「ぼっちゃま、その顔は……物騒なことを考えておいでですね」

「よく分かったな、ヴァディーゲ」


 椅子のひじ掛けにひじを置き、頬杖をついて苦笑いする。


「分かりますとも、ぼっちゃま。立派になられて……先代もきっとお喜びになられております」


 ヴァディーゲが涙を拭く素振りを見せた。

 いちいち大げさだし、過保護すぎるだろ。


「ですがぼっちゃま。人間を襲うにしろ亡ぼすにしろ、どうか計画的に。いくら我々のほうが個々の力では強くとも、人間を侮ってことを急ぐと痛い目に合いますぞ」


 確かにそれは間違いではない。

 魔族のほうが肉体的な強度も内在する魔力も上ではあるが、人間には独自の軍事技術と結束力がある。


 それにファルコ。

 やつは俺ともまともに戦えるほど強い。


 個々であっても、並の魔族では太刀打ちできないほどの力を持った人間が存在するのも事実。

 勇者ファルコとそのパーティー。


 確か一緒にいたのはシャインという女だったな。

 あの女からも、ファルコに似た強者の雰囲気が感じ取れた。


 やつらが先代魔王の親父と闘い、勝利したやつらか。

 話には聞いていたが、油断ならない連中だ。


「でもまあ、国の一つくらい滅ぼしても大丈夫じゃないか? 事情があって、潰したい国があるんだけど」

「ぼっちゃま、なにとぞ軽率な行動だけは控えてください。もちろんいざとなれば滅ぼすのもいいでしょう。しかし戦略を練って、万全の準備を整えてからですね……」


 やはり親父が敗れたことで、さすがのヴァディーゲもずいぶんと慎重になっているな。

 まあ、滅ぼすだのベスケットを抹殺するだの、そんなやり方はレイナックも好まないだろうし。彼女の嫌がることは、なるべく俺もやりたくない。

 さてさて、どうしたものか。


「いいじゃあないですかい魔王様! 先代に比べて腑抜けておられると皆がウワサしていたのですが、俺は信じていましたぜ。人間どもの国、攻め落としましょうや」


 会話に割って入ってきたのは、ドランという魔族の男だ。

 ああ、めんどくさいやつが来た。

 一応、俺たち魔族組織の幹部の一人なんだが、何かにつけてねちねちと嫌味を言ってくるやつなんだよな。


 腕や足は筋肉質で立派そうに見えるけど、腹はいい感じにたるんでいる。

 火竜の皮で作られているとか言っていた巨大なブーツや、サーベルタイガーの毛皮でできたコートを身に包んでいる。

 豪快さをアピールした、成金趣味のコスチューム。


 一見すると強そうに見えるのだが、正直言って実力は大したことない。

 しかしこずるいやつで、こそこそと組織の大部分の者に根回ししているらしく、自分の派閥を作って広げているようだ。

 虎視眈々こしたんたんと、魔王の座を狙っているともうわさされている。

 そしてドランの派閥の間じゃ、俺は腰抜け扱いされているらしい。


 ま、別にいいんだけどね。


「ドラン、きさま! 魔王ぼっちゃまに向かって何という暴言を!」

「いやあ、だってよお。人間とも他の魔族組織とも、全然戦おうとしないじゃないの。いや、俺は違うよ。魔王様にはさぞや立派なお考えがあってのことだと思っているのよ。でも、他の連中がどうやらそういう噂をしているらしいのよ。このままじゃ俺たちは、他の魔族どもに舐められちまうってな」

「そのように吹聴しているのはきさまだろ!」

「いやいやいやいや、ヴァディーゲさんよ。何を証拠にそんなことを言っとるのよ。俺はもう、先代のころからずっと魔王様に仕えてるんだぜ。そのご子息のタロウ様にだって、もちろん忠誠を誓いまくってるのよ」


 やれやれ、始まったか。

 ドランとヴァディーゲ恒例、いつもの不毛な口喧嘩が。

 巨漢の魔獣と大男の魔族、暑苦しいことこの上ない。


「ドラン、国を亡ぼすというのは冗談だ。親父との闘いも記憶に新しい今、人間を刺激すれば全面戦争は避けられん。ヴァディーゲの言うとおり、我ら魔族も暴れるだけの時代は終わったんだよ」


 俺がそう言うと、ドランはわざとらしいほど大きなため息をついた。


「魔王様がそう言うなら仕方ありませんな。せっかく暴れられると思い、魔族の血が騒いでいたところでしたのに」


 などとドランは言っているが、実際に暴れるのは部下たちだ。こいつは安全圏内から威張り散らすだけだろう。

 にも関わらず、こいつに賛同してついていく者も少なくないのだから、その辺は大したものだと関心してしまう。


 ドランは意外と自分の力量をしっかり見極めているふしがあり、決して無茶な戦いはしない。

 俺に突っかかってくるのも、自分の派閥の者たちへ向けたパフォーマンスの一つだろう。


「ドラン! きさまごとき小心者が、ぼっちゃまに意見しようなど片腹痛い」

「ふん! きさまこそ、図体がデカいだけの腰抜けだろうがよ」


 なんやかんやで再開したヴァディーゲとドランの、愉快な口喧嘩を眺める。

 そのとき、魔王の間の扉が重々しい音を立てて開いた。

 そして一人の女魔族が、ヒョコッと顔をのぞかせる。


「あ、あの……タロウ様。えっと、その……お客様がお見えです」


 たどたどしく報告しに来たこの女魔族は、リーリエという名の忠実なる部下だ。


 成人前の女子のように幼い顔をしており、オドオドした態度がさらに弱々しい乙女さを際立てていた。

 魔族の年配連中からは「美味しそうな娘だ」とセクハラまがいにからかわれることも多く、そういった意味では人気が高い女である。

 そのくせ胸は大きくて露出度の高い忍び装束を身にまとっているところも、おっさん魔族のスケベ心をくすぐっているのだろう。


 もっともそれはリーリエが諜報活動を主軸とする隠密部隊長だからこその衣装であり、決してエロ担当というわけではない。

 こう見えてもリーリエは、親父から四天王に抜擢されるほどの実力の持ち主なのだ。


「俺に客人だと?」


 また面倒な話じゃないだろうな。

 そう思っていた俺の心中を察してか、リーリエがあたふたした様子で説明を始める。


「は、はい! 客人です。私たちの領からちょっと北にいったところあたりでご活躍されている、グレインという魔王様だそうです」


 北か。

 確かレイナックの婚約者の国、アーガスも北だったな。

 まあ、関係ないとは思うけど。


「グレイン? 聞いたことないが、ランクは?」

「えっと、Cランクの魔王様のようですね」


 それを聞いて、ドランが鼻で笑った。


 人間の冒険者にもランクがあるらしいが、魔族の王にもランクが存在する。

 そもそも魔族というのは一枚岩ではなく、大小さまざまな組織が各所に点在していた。


 大規模な戦争はせずに盗賊のようなことをしている小さい組織もあれば、人間の大国や他の魔族でさえ脅かすほどの巨大な組織も存在する。

 それぞれの組織のトップに立つのが魔王であり、魔王ランクは王自らの強さと組織の大きさを加味したうえで付けられる単位なのだ。


 先代魔王の親父が最上位のSランクだったのだが、それを引き継いだ俺は陰で親の七光り扱いされているらしく、でもまあSランクの息子ってことでとりあえずのAランク。

 ちなみに俺の組織は世界に七つある大陸の中でも最も大きなラインベルド大陸に存在し、かつ大陸最大規模の魔族組織だ。


 その名も、ダルゴス一族。

 ダルゴスとは、一代で我が組織を作り上げた俺の親父の名だ。


 大陸最大ゆえに他の巨大組織からは目の敵にされているし、小さな組織からは恐れられたりゴマをすられたりしている。

 そしてCランクの魔王というと、ドランが鼻で笑ったことからも分かるとおり、組織としては中、小規模だろう。

 Cランクとはいえ、一応は魔王様なんだけどね。


「話くらいは聞いてやるか。その者を通せ」

「は、はい! 分かりました!」


 またも慌てながら返事をして、リーリエは魔王の間を出ていった。

 しゃべり方はたどたどしくて慌ただしいのに、移動のときにまったく足音を立てないのはさすがだ。


 しばらくして、リーリエがグレインという男を魔王の間に連れてきた。

 部下らしき魔族も数名ほど連れてきている。


 体格的にはドランと同程度だが、Cランクと言えども魔王だけあって、なかなかの力を感じる。

 鼻で笑っていたが、ドラン。たぶんおまえよりは強いぞ。


 それはさておき。

 細長い目をしていて、やたら長い口髭が胸のあたりまで垂れ下がっている。

 どうにも好きになれない顔つきだと思った。


「魔王タロウ様、お会いできて光栄でございます」


 揉み手なんてしながら、ふぇっふぇっふぇと笑う様子がなんとも胡散臭い。


「グレインと言ったな。俺に何か用か?」

「その前に、わたくしから贈り物がございます。おい、例の物を」


 グレインが、横にいた側近らしき男に指示をする。

 側近らしき男は魔王の間から一旦出て、すぐに十名ほどの人間の女を引き連れて戻ってきた。

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