第11話 貢ぎ物たち
人間の女はみなうつろな表情をしていて、ゾンビのように揺れながら歩いていた。
そのままゆっくりと操られるように、グレインの後ろで横一列に並ぶ。
「これは私からの貢物でございます」
そう言ってグレインが、ふぇっふぇっふぇと笑った。
「何の用だ、と聞いている」
俺は頬杖をついたまま、再びグレインに問いかけた。
「わたくしどもの組織を、タロウ様率いるダルゴス一族の配下に加えてほしいのでございます」
まあ、そんなところだろうとは思っていた。
親父が魔王だったころも、こういう輩がたびたびやってきたものだ。
小さい組織は生き残るため、もしくはのし上がるため、巨大な力の後ろ盾を欲しがるものだからな。
この手の話には、まったく興味が持てない。
そんな俺をよそにドランは、いそいそと並んでいる女の列へと近づいていく。そして端から品定めするように、顔を覗き込んでいった。
「旨そうだなぁ。なかなかいい土産を持ってくるじゃないか。グレインさんだったな。組織の大幹部、ドラン様がおたくの名前をしっかり覚えておくと約束するぜ」
「ありがとうございます。今後ともごひいきに」
よだれを垂らすドランに、なんとも胡散臭い笑顔で答えるグレイン。
二人の悪党ヅラ全開のやりとりに、思わずため息が漏れた。
俺は椅子から立ち上がると、人間の女たちのところまで歩み寄った。
グレインのすぐ後ろにいた女の顔をじっと見つめる。
女の服装からして、どこかの村の娘といったところか。
目は開いているが、どうやら俺は見えていない様子だ。
口が半開きで、今にもよだれが垂れてきそうな状態だった。
おそらく魔界の麻薬を投与されているな。
意識を飛ばして暗示をかけ、誰の命令をも受け入れるようになってしまう。この女たちを侵している麻薬は、そういったタイプのもののようだ。
この手の麻薬はあまりにも危険なので、魔界でも製造禁止になっている地区が多い。
俺は目の前にいる女の顔に、手のひらを向けた。
「
緑色の光が俺の手のひらから放たれて、女の体を覆った。その後、光がスーッとフェードアウトして消えていく。
目の前の女は支えを失った棒切れのように、そのまま倒れこんだ。
床に落ちる前に、女の体を腕で支える。
解毒の魔法が効いたみたいだな。
ついでに睡眠の魔法もかけておくか。
急に意識が戻って怖い顔の魔族に囲まれていると知ったら、恐怖で悲鳴をあげるだろうからな。
特にヴァディーゲの顔なんて見た日には、目覚めた瞬間に気絶もあり得る。
「な! 何してんですかい、魔王様!」
理解不能の行動と言わんばかりに、ドランが叫ぶ。
振り返ると、グレインも少々驚いた表情をしていた。
俺は構うことなく、他の女にも解毒の魔法をかけていった。
魔族が人間を供物として扱うこともあるというのは、百も承知だ。
しかし、どうもこういうのはダメだ。
こんなことをされた人間がいるなんてレイナックが知ったら、ショックを受けるだろう。
真っ先にこの考えが浮かんでしまい、見てられないのだ。
「どこからさらってきたかは知らんが、こいつらを人間どもに返してやれ。適当な人間の村の側あたりにでも捨て置けば、あとは人間どもが対処するだろう」
誰にともなく言ってから、俺は踵を返した。
「タロウ様。な、何かお気にでもさわりましたか?」
後ろから、グレインが不安げな声で問いかけてきた。
「別に。ただ、気が乗らぬ。それだけだ」
「いやいやいやいや、そりゃないですぜ、魔王様。グレインの旦那が遠路はるばる魔王様のために持ってきた贈り物ですぜ。受け取らなきゃ、礼儀に反するってもんだ! せめてグレインの旦那が納得できる理由を言ってくださいよ」
ドランがグレインをねぎらいつつ、ぼやく。
「魔王の俺が返してこいと言っているのだ。理由など、きさまらの知るところではない」
さすがにレイナックが嫌がるだろうから、とも言えないし。
ここは魔王の特権でごり押しといこう。
ドランはしばらく恨めしそうな目を俺に向けていたが、大きなため息をついて肩をすくめた。
「グレインの旦那。うちの魔王様はもっと上玉の魔力をもった女じゃなきゃ、満足できねえとよ。俺も手伝いますから、言うとおりにしましょうや」
「ドラン殿。お心遣い、感謝する」
いやドラン、余計なことを言うんじゃない。
まるで俺が欲しがってるみたいじゃないか。
ドランはいつもこうやって相手に共感し、親身になることで仲間を増やして自分の派閥を広げているわけだ。
なんとも魔族らしくない、すり寄るのが上手い男だな。
まあ俺のようにゴマすりの効果がないやつは、徹底して陰口の的にするわけだが。
おかげさまで、俺に不信感を抱く者は組織の半数もいるらしい。
それも別に構わんのだけどな。言いたい奴には言わせておけばいいのだ。
それはそれとして、ドランとグレインだけだと、ちゃんと人間の女を届けるか不安だな。
「リーリエ、おまえもこいつらを手伝ってやれ」
「え? は、はい! 了解しました」
声をかけられて驚きながらも、リーリエは人間の女たちを運ぶ手伝いを始めた。
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