第12話 グレインと人間の密会


 タロウのいる魔王城へと足を運んだ日から三日後のこと。

 グレインは、ある滅びた廃村を訪ねていた。


 この廃村はS級魔王によって、十年前に滅ぼされた人間の村だった。

 その魔王というのはタロウの父、ダルゴス・ナパムデス。


 彼が健在だったころは争いが絶えず、いくつもの人間の町や村が滅ぼされた。むろん、多くの魔族も戦いの中で命を落とした。

 恐怖の象徴として、人間だけでなく魔族からも恐れられていた最強の魔王だったのだ。


 そんなダルゴスが魔王だったころは、彼の組織の傘下に加わるにも相応の覚悟が必要だった。

 巨大な後ろ盾はできるが、一度の失敗も許されぬ危機感が常に付きまとうわけだ。


 しかしダルゴスが封印され、その息子であるタロウが組織を継いだ。

 以前の魔王とは対照的で、人間にも他の魔族組織にも争いごとを持ち込まない、戦を恐れる腑抜けと聞く。

 故にもっと簡単に手なずけられると思っていたが、まさかこのような結果になるとは。


 貢ぎ物をタロウに突き返されたときのことを思い返し、グレインは悔しさで歯ぎしりした。


 いかんいかん、これから人と会う約束があるのだ。


 グレインは村の中心にある教会の前で、いったん立ち止まった。

 半壊した状態で屋根もほとんど残っておらず、屋上の十字架には数十ものカラスが羽を休めている。

 ふーっと息を吐いて気持ちを落ち着かせてから、グレインは教会の中へと入っていった。


 屋内に並んでいる長椅子の一つに、一人の男が座っている。

 男は近づいてくるグレインの気配を察したのか、立ち上がって振り向いた。


「やあ、どうも。よくぞおいでくださった、魔王グレイン」

「ふぇっふぇっふぇ。お待たせしてしまって申し訳ありませんなぁ、ベスケット殿」


 ベスケットはグレインが束ねる組織の居城から一番近い人間の国、アーガスの第二王子だ。


 アーガスの次期国王は長兄に決まっている。

 野心家のベスケットは、王にもなれない第二王子という立場に不満を抱いていたとのことだ。

 かといって長兄を暗殺して奪い取るにしても、リスクに見合うリターンがないとぼやいていた。

 小国の王というのは、彼にとってあまりにも魅力がなかったらしい。


 それよりも、もっと自分にふさわしい権力と力を手に入れる方法はないものか。

 そこで思いついたのが、魔族との裏取引。


 あえて裏の世界に君臨する魔族と手を組むことで、強大な組織と富を築いていこうと考えたわけだ。

 そんな理由でベスケットは直に手土産を持ってグレインを訪ね、取引を持ちかけてきた。


 グレインもまた、ベスケットの野心に賛同し、それに応じた。

 そう!

 人間と魔族が生産性のない無益な争いをする時代は、もう終わったのだ。


「あなたからもらった魔界の麻薬、あれは本当にすばらしい。単純な中毒性だけでなく、絶対服従の木偶人形にしてしまうというところが最高だ」

「ベスケット殿は本当にお目が高い。あれは魔族のみが持つ闇属性の魔法でしか生成できない代物ですからな。ふぇっふぇっふぇ」


 グレインは魔界の麻薬を渡し、ベスケットはその麻薬によって操り人形と化した人間を提供する。それが二人の間で行われている闇取引だ。


 人間は魔獣の食料にもなるし、奴隷や慰みの道具など、他にもさまざまな使い道がある。取引の贈り物としても、最適なのだ。


 しかし人間をさらったり襲ったりするのは、常にリスクが伴う。

 小さな村でも自警団は存在するし、魔族が村を襲ったとなればより強力な人間の兵士団が討伐に動き出す可能性もある。

 冒険者ギルドのクエストとして、お尋ね者にされるのもかなりやっかいだ。

 まず魔族の姿という時点で人間側も警戒するため、静かに速やかに事を運ぶのは意外と難しい。


 だからこそ人間側の協力者として、ベスケットの存在はありがたい。

 これは互いの利益のための、種族を超えた新時代のビジネスなのだ。


「ところで、例の魔王の傘下に加わることはできたのか?」

「それがですねぇ……。あなたからいただいた商品を貢ぎ物として持参していったのですが、取り繕ってもらえませんでした」


 垂れ下がる口ひげを指でなぞりながら、悩ましい表情を作って見せる。


「なんだと? いくら俺でも若い女を十人も用意するのは簡単じゃないんだぜ。くそ! 大陸最大組織の魔王だかなんだか知らねえが、親の七光りのくせして調子に乗りやがって!」

「ですねぇ。腑抜けと聞いていたので、もっと簡単に事が運ぶと思ったのですが」

「ちっ! そいつ、なんて名前だ? 以前の魔王は知らぬものなどいないくらいヤバいやつだったが、そいつの息子は名前すら聞かんぞ」

「まあ、争いを好まぬガキゆえに、活躍の場もないですからなぁ。もっとも、魔族の間では腰抜け魔王として名が通ってますがね。タロウ・ナパムデス、それがやつの名です」

「タロウ?」


 ここでベスケットが眉根を寄せて、考えるそぶりを見せた。


「どうかなさいましたか?」

「以前、俺に楯突いた下民の兵士がいてな。後から名を聞いたら、そいつもタロウっていう名だったのを思い出したんで、少し笑えたってだけだ。偶然にも間抜けな者同士、間抜けな名前が付けられたもんだぜ」


 確かに、どこか間の抜けた名前だ。しかし魔王の名など、どうてもよい。

 大事なのは、巨大な魔族組織を所有するタロウの傘下に入ることだ。


 今のままでは、いつまでたっても弱小組織のCランク魔王。

 ベスケットにしたって、次期国王の補佐的な役回りを押し付けられるだけの第二王子止まり。


 まずは巨大な組織の後ろ盾を得て、利益を伸ばしながら地位を手に入れていく。

 共に手を取り、裏の世界をのし上がっていこう。

 利害が一致し、グレインはベスケットのその言葉に乗ったのだ。


「魔王タロウはどうやら貢ぎ物の数ではなく、質に不満があったようですな。もっと上玉の魔力をもった女を所望らしい」

「大物ぶりやがって……」

「王族の血筋の女なら、あるいは……」


 グレインのつぶやいた一言に、ベスケットの眉がピクリと動いた。


「王族の者は歴史上の英雄や位の高い賢者の子孫である場合がほとんどだ。故に内在する魔力も高いと相場は決まっている。つまり、そういうことだな?」

「そのとおりです。しかし権力のある人間をさらうのは目立ちすぎるし、腕の立つ兵士が警備についている。小規模のうちら組織には、少々荷が重いですなぁ」


 口ひげをもてあそびながら困った顔をするグレインをよそに、ベスケットは薄笑みを浮かべた。

 そして、声をあげて笑いだした。

 何がおかしいのか、ついには腹を抱えてヒーヒー言っている。


「王族の若い女ね。くっくっく、俺は本当についてるぜ。これはもう、神が俺にのし上がれと言っているとしか思えねぇな。くひひひひ」


 怪訝な顔をしているグレインの肩にポンと手をのせて、ベスケットが言った。


「いるぜ、ちょうどいい女がな」


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