第13話 アーガス国へ
どうやって婚礼を阻止してやろうか。
そればかりを考えつつ、実力行使以外のいい方法が浮かばないまま数日が過ぎた。
そんな、ある日の正午。
アーガス国から数名の使いの者たちが、一台の馬車を引き連れてルドレンオブ国の城にやってきた。
ベスケットとの婚礼前に、ヤツの国の王と王妃への顔合わせをすることになったのだ。
俺がもたもたしてる間にも、婚礼の準備は着々と進んでしまっている。
アーガスに攻め込んで花嫁をさらってしまう方法は最終手段で取っておくとして、もっと静かに上手く解決する方法を探さねば。
俺の気持ちをよそに、レイナックはこの日も綺麗なドレスに身を包み、アーガスの使いの者たちにまで笑顔を振りまく。
なんて可憐で温かい微笑みなのだ。
これがヤツのものになるなんて、絶対に許さん!
そんな思いを胸に秘めながらも、俺は彼女の手を取って馬車までエスコートする。
そして俺も一匹の馬に乗る。
国の近衛兵らを乗せて戦場でも活躍してきた、立派な馬だ。
これまで触ることさえ許されなかった馬だが、この日に限っては使用を許可されている。
普段は雑な扱いを受けている第三王女とはいえ、よその国に妃として送り出すのに自国から護衛もつけないというのは、さすがに格好がつかないからな。
そういった理由もあって、俺とシュガー含めた五人の兵士も護衛として付き添うことになった。
まあ俺とシュガー以外は、いてもいなくても変わらないのだけど。
アーガスの使者と姫の護衛の総勢十名足らずではあるが、とりあえず姫を送る部隊として形は整った。
一行は馬車と馬で、アーガス国へと向かう。
アーガスは、ルドレンオブの城からさほど遠くない距離にあった。
二国は友好的な関係ということもあって、多くの商人や旅人が互いの国を行き来している。
そのため道中も石畳でしっかり舗装されており、馬車での移動は比較的スムーズだった。
移動中、レイナックは馬車の小窓を開けて、外を眺めては景色の感想を述べていた。
草原やのどかな村、泉や遠くに見える山々。
ちょっとした魔物が出てきたときにも、すかさず小窓を開けてはしゃいでいた。
「ねえねえ、タロウさん! 今の見ました? 猫さんが空を飛んでましたよ」
ルドレンオブ国の周辺に生息している、ストレイキャットという魔物だ。
猫にコウモリのような羽が生えたような見た目をしている。
「姫、ああ見えても魔物です。刺激すると人を襲うこともあるんですよ。危ないですから魔物が出てきたときには、窓を閉めてください」
「むー。少しくらい大丈夫ですよ。タロウさんや皆さんがついているんですから」
その護衛たちが頼りにならないから「そうですね」とも返せないんだけど。
城をほとんど出たことのないレイナックにとって、外の景色は新鮮なのだろう。
彼女のせめてもの楽しみを奪うのも心が引けるし、ならば俺だけでもしっかり守護せねば。
この旅の行き先がベスケットの元でなければ、さらに楽しいものになったのに。
願わくば色んな場所へ連れて行き、世界を見せてあげたい。
しかし、そのためにはルドレンオブ国の第三王女として自由がきかない身の上を、どうにかしなければならないのだ。
ベスケットとの婚礼をつぶしたとしても、まだまだ障害は多い。
手っ取り早いのはレイナックを連れ去ることだが、そうすることが幸せに続いているかと言われると、そんなことはないだろう。
彼女がそもそも、俺とともに国を抜け出すことを良しとしてくれるのか。
万一その気持ちがあったとしても、魔族と人間という種の違いが、常に大きな壁となって立ちふさがるのだ。
馬車の小窓から無邪気な笑顔を覗かせるレイナックを見ていると、心の中がモヤモヤしてくる。
これから望みもしない婚約の相手に会いに行くというのに、なぜそんな顔ができるのだろう。
本当に純粋に楽しめているのか。
魔王の俺がこんな細かいことを気にして悩んでいるなんて、ドランたちに腑抜けと言われても仕方ないな。
* * *
道中の町で宿を取りながら移動を続けること三日。
ついにアーガスの城下町へ到着してしまった。
田舎でもないが、それほど都会というわけでもない。そんな町だった。
一同は到着してそのまま、城から少し離れたところにあるというベスケットの別邸へと向かった。
町についてから、馬車の小窓が開くこともなくなった。
緊張しているのか、それとも気持ちが沈んでいるのだろうか。
別邸に着くと、メイド服を着た数名の女たちが門の前で出迎えた。
俺やシュガーは屋敷の中に入ることを許可されず、ベスケット側の召使が手配した宿に泊まることになった。
「姫。どうかお気をつけて」
「大丈夫ですよ、タロウさん。心配しないでください」
そう言って微笑む姫の顔が心からのものなのか。見ていると、なぜか胸が苦しくなる。
「そうだ! ベスケット様のお父さまとお母さまにお会いするのは、明後日になるそうです。なので、明日は観光とかしようかなって思うんです。タロウさん、私とご一緒してくれますか?」
レイナック、君はなんて強くて優しい女だ。
俺なんかに気を使って、そんなことを言ってくれているのだろう。
「もちろんです、姫!」
「ありがとうございます、楽しみです」
満面の笑みで返す様子が、なぜか俺を不安にさせる。
何か嫌なことが起きる、そんな予感がした。
「それじゃあ、行ってまいります。みなさんもゆっくり休んで、旅の疲れを癒してくださいね」
俺や護衛の兵士たちに深々とおじぎをしてから、レイナックは使用人に連れられて別邸の中へと入っていった。
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