第14話 姫の危機


 レイナックが別邸の一室に案内されてから、かなりの時間がたっていた。


 あれからベスケットに会うどころか、使用人が食事を運んでくるとき以外に人との接触もない。

 すでに就寝の時間だ。


 部屋のベッドに座りながら目を閉じる。

 レイナックは別邸の門前で別れたときのタロウの顔が瞼の裏に浮かんだ。


 なぜだろう。

 タロウの顔を始めてみたときから、不思議に思っていた。


 彼の顔を見ると、とても懐かしい気持ちになるのだ。

 あのときの魔族の子供と、ときどき重なることがあった。


 その魔族の子供とは、レイナックが六歳の頃に出会った。

 たぶん初めて出会った、同じ年頃の子供。

 もっとも、あの子は魔族だったから、見た目は子供でも年齢はずっと上だったのかもしれない。


 その子供がどう思っているかは分からないが、レイナックにとっては初めてできた友達だった。


 思い出すと、涙が流れてしまった。


 今の状況が不安でたまらないから?

 それとも婚礼を前にして、断ち切ったつもりの未練が残っているから?


 あの子に会いたい。もう大きくなっているだろうか。

 魔族だから、まだ子供の姿のままなのだろうか。

 もし大きくなっていたら、どんな顔をしているだろう。


 そう思ったとき、なぜか再びタロウの顔が脳裏に浮かんだ。


「しっかりしなきゃ!」


 涙を拭いて、パシパシッと頬をたたく。

 ベスケットから守ってくれたときに見せたタロウの勇気を思い出し、自分を奮い立たせた。


 この縁談は、父にとって大事なもののはず。

 それにベスケットも少し乱暴なところはあったけど、ちゃんと話をしてみたら悪い人じゃないはずだ。


 人間と魔族だって分かり合えたのだから。

 あのときの魔族の子が、それを教えてくれたのだ。

 だからもっと彼を知れば、たくさんいいところが見えてくるはず。


 レイナックはそう思っていた。

 たったの一度、数日間一緒にいただけの魔族の子との出会いは、レイナックの考え方に大きな影響を与えていたのだ。


 コンコン。


 不意にドアがノックされ、扉が開いた。


「おや、まだ起きていましたか」


 ベスケットが挨拶しながら、部屋の中へ入ってくる。

 さらに四人の男がぞろぞろと入ったあと、ベスケットが扉を閉めた。


「ベスケット様、この度は城にお招きいただき、ありがとうございます」

「いやぁ、すいませんねえ。長いことお待たせしてしまって。本当はお休みいただいてから、静かに進めるつもりでしたが。我が邸宅のベッドの寝心地はいまいちだったようだ。飯に薬でも混ぜておけばよかったな」

「え?」

「さて、遠路はるばる来ていただいて、お疲れのところ恐縮ですが。あまり時間をかけてる暇もないので、手早く済ませていただきますよ」

「あの……何を言って……」


 突然、四人の男がレイナックを取り押さえ、一人の男が後ろから顔に布を押しあてた。

 瞬間、視界が揺れて、体から一気に力が抜けていく。


 布にしみ込んだ香りで頭がくらくらし、不思議と気持ちがよかった。

 しかし、それが逆に怖くてたまらない。


 意思とは関係なく気持ちよさが押し寄せ、自分が自分じゃなくなっていく感覚があった。

 意識が徐々に閉じていく中で、レイナックはあのときの魔族の子の顔が浮かんだ。それなのに、なぜか別人であるはずの彼の名をつぶやいた。


「タロウ……さん……」


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