第15話 捜索


「姫が行方をくらました!?」


 翌朝、ベスケットの別邸を訪ねた俺たちを待っていたのは、レイナックの失踪という衝撃的な報告だった。


「そうなんだよ。どうやら俺との縁談が受け入れられなかったらしくてな。書き置きを残して、雲隠れさ」


 自分の婚約者が失踪したにも関わらず、ベスケットは鼻で笑うような態度だ。

 もし、本当に失踪したのなら、この男との縁談もなくなるだろう。

 それはそれで前向きに考えれば吉報なのだが、レイナックの安否が気がかりだ。


「その書き置き、見せてもらえますか?」


 俺がそう言うと、ベスケットは「ほらよ」と一枚の紙きれを渡してきた。


『ベスケット様、申し訳ありません。

 わたしには心に決めた人がいます。

 大変心苦しいのですが、縁談を受け入れることが私にはできませんでした。

 どうか、黙って出ていく私をお許しください』


 おかしい。

 この手紙、絶対に変だ。


 レイナックには家族の期待に応えたいという思いがあったはず。

 だから本当にレイナックが書いたのなら、おそらく自分の父への謝罪も手紙に書かれているのが自然だ。

 しかし、この手紙にはそれがない。


 それにレイナックなら父や家族だけでなく、ここまで護衛としてお供してきた俺やシュガーたちに対しても申し訳ないと考えるはずだ。

 こんなにも自分の気持ち優先。

 他者のことをまったく考えていないような、あっさりとした手紙だけを残して去っていくとは到底思えない。


 シュガーが横から、俺の持っている書き置きの紙を覗き込んだ。


「確かにこれは、姫の筆跡ですな」


 幼少のころからレイナックの護衛をしている、いわば育ての親と言っても過言ではないシュガーの言葉となると、どうやら本人直筆なのは間違いないらしい。


「婚約者に逃げられたとあっちゃあ、俺の立場がないな。あーあ、たぶん俺の父からも、そちらさんへ問題追及がいくだろうな。まったく、迷惑な話だぜ」


 違う。

 レイナックは昨日、一緒に観光しようと言ってくれた。

 約束を破って逃げ出すなんて、彼女らしくない。


 俺は無意識的に、その場を駆け出していた。


「おい、タロウ! どこへ行く!」


 シュガーの声を無視し、そのまま走る。


 城下町を人気の少ないほうへと向かって走り、人目のない路地裏へと入っていく。

 走りながら右手首の腕輪に仕込まれたダイヤルを回し、魔族の力を20パーセントほど解放した。


 加速しながら建物と建物の壁を飛び回り、町全体が見渡せる建物の屋上へと着地する。


「リーリエ、いるな?」


 呼びかけると、後方にリーリエが現れて俺に向かってひざまずいた。


「は、はい、いますです!」


 うむ。

 ヴァディーゲと違い、気配の殺し方もなかなかのものだ。


 今回はアーガスまで行くことになったので、俺を心配したヴァディーゲがリーリエを監視役に付けたのだった。

 実はアーガスへ向かう旅路の間も、かなりの後方からずっと着いてきていた。


 この女は隠密部隊なので、気配を消すことに長けているから目立たずに済む。

 もっとも、ルドレンオブ国で見習い兵士をしているときは、リーリエといえども側にいることは許可できない。

 いくら気配を消すのが上手いとは言っても、あの国にいる勇者やその一味ほどの強者には、気づかれる可能性もあるからだ。


 特に勇者ファルコ、あの真顔ヤロウは手強い。

 以前も数十キロ先にいたはずのヴァディーゲの気配に気づき、町の外まで追ってきていたほど魔族の気配に敏感な男だからな。


 しかし、この国なら問題ないだろう。

 むしろレイナックの行方が分からなくなった今、リーリエが来ていたのは不幸中の幸いだ。


「レイナック姫が行方不明になった。おまえの部隊を総動員させ、捜索にあたれ!」

「は、はい!」

「あと、ベスケットという男。この国の第二王子だが、そいつについても素性をさぐるのだ」

「はいー! わ、分かりましたあ!」


 どこか抜けた声で返事をしたリーリエが立ち上がり、その場から離れるそぶりを見せる。

 しかし、なぜか思いとどまったように動きを止めた。


「あ、あの……その……」

「なんだ?」


 リーリエが何を聞きたいのか分からないが、なぜかもじもじしていてどうにも煮え切らない。

 早くレイナックの捜索に向かってほしいのだが。

 しばらくして、ようやくリーリエが切り出した。


「レイナック姫って、タロウ様の何なのですか?」

「はあ?」

「す、すす、すいません! なんだかタロウ様が必死なので」


 いや、その疑問は確かに分からんでもないが、リーリエの顔が赤いのは気のせいか?

 何を考えている。なぜ人間の姫を探さねばならないのか、と怒っているのか?


「す、すいません! タロウ様にはタロウ様のお考えがあるんですよね。そ、それに相手は人間の女ですし。私が気にしすぎでした」

「気にしすぎって、何を?」


 俺が質問を返すと、リーリエはさらに顔を赤くした。


「な、なんでもないです! すいませんですー!」


 そう叫びながら、彼女はその場を去っていった。


 何を慌てているのだ。

 いや、慌ててもらわねば困るか。

 一刻も早く、レイナックを保護せねば。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る