第9話 面倒くさい宿敵ども


 俺はシュガーの案内で城の医務室に連れられた。

 そこには人間の白魔道士がいて、回復魔法による傷の手当てが受けられるのだ。


「ねえねえ、傷の具合はどう?」


 治療を終えてベッドに座っているとき、医務室の入り口から声がした。

 振り向くと、そこにいたのはシャインという女だった。

 その後ろにはファルコもいる。


「勇者一味のお二人が、わざわざタロウのために来てくれたってわけか? お見舞いの品は持ってきたんだろうな」


 若干皮肉っぽい言い方をするシュガーの口ぶりから察するに、二人とはそこそこ近しい関係にあるらしい。

 第三王女の護衛は落ちぶれた連中ばかりと聞いているが、勇者パーティーにも気軽に話しかけられるあたり、シュガーだけは少々立場が違いそうだ。


「私はそのつもりで来たよ。ほら、おいしいフルーツ持ってきたもんね」


 シャインは小さな実が密集している果物を掲げて見せた。

 そして医務室にズカズカ入ってくると、シュガーをしっしと追い払ってから俺の隣に座った。


「ねえねえ、タロウ君だっけ? すごいねキミ、気に入ったよ。できればあのままクソ王子の顔を一発殴ってほしかったなあ。そしたらもっと盛り上がったのに。このクソ勇者が邪魔するもんだからさあ」


 シャインが軽口をたたく。

 こうして見るとかなりの美人だし、先ほどは鎧を身にまとっていたから分からなかったが、男を魅了する体つきだ。


 持ってきた果物の実をちぎっては、「はい、あーん」とか言って俺の口に持ってくる。


「いや、結構です」

「もう。照れなくてもいいのにぃ」


 なんだ、この女は。

 魔王を子供扱いとは、いい度胸だ。

 などという茶番が繰り広げられているところへ、ファルコが相変わらずの真顔を保ったままやってきた。


「おまえ、どこかで会わなかったか?」


 目を細めて、ファルコがじっくり観察するように俺の顔をにらむ。


「い……いやぁ、気のせいでしょ。俺はあんたのことなんか知らないし。はは……」


 やばい!

 魔王の姿で一戦交えたときは夜だったので、まあ問題ないだろうと思っていたのに。


 人間に化けているとはいえ、顔そのものは魔王のときとほとんど変わらない。

 せいぜい肌の色が魔族特有の灰色で、耳がとがっているくらいの違いしかないのだ。

 今後はフードを深くかぶって、なるべく顔を見られないようにせねば。


「私のことを知らない? この国で……いや、この大陸で私の顔を知らぬ人間などいないと思っていたが……」

「あ、勇者ですよね、勇者。面識はないって意味でして……あはは……」

「勇者だと? 市民は私のことをみな、勇者さまと呼ぶはずだが」


 こいつ、めちゃくちゃ面倒くさいやつだな。


「あ、すいません勇者さま。怪我してるもんで、少々頭がボーっとしてましてね」


 なんで俺が勇者なんぞに、ここまでへりくだった態度を取らねばならんのだ。


「おまえ、態度でかいな」


 うぜーーーー!!

 いや、おまえに言われたくねーーーー!!

 こいつ、絶対に嫌われてるだろ!


「はい、そこまで。タロウ君、困ってんじゃん」


 ぐいぐい迫るファルコの間にシャインが割って入り、引き離した。

 そこでようやくファルコは背を向け、無言のまま医務室を出ていった。


「ごめんねー。ウザいやつ連れてきちゃってさあ」


 言いながら、シャインが顔を近づけてくる。

 なんだこの女、まるでうちの組織のサキュバスみたいに迫ってくるやつだな。


 レイナック以外の女など、魔族だろうが人間だろうが興味はない。

 もしこれがレイナックだったら。

 うっかり想像してみたら、鼓動が高鳴り顔が熱くなってしまった。


「あー! タロウ君、顔が真っ赤! かわいいやつー!」


 違う!

 断じておまえに照れているわけじゃない!


 くそ、魔王に向かってかわいいなどとほざきやがって。

 あと、出ていったと思ってたファルコが、入り口の陰からずっと俺を睨んでるんだが。


 まだ疑っているのか、それともどこで会ったのか記憶を探っているのか。

 ホントしつこいな。


 そういや、あの夜もセオリー無視して執拗に追いかけてきたし。

 勇者は魔王の宿敵というのが常ではあるが、こいつとはなるべく関わりたくないな。


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