第4話 姫の喜び
次の日の朝。
俺は人間の姿になって、再び姫のいる小屋を訪れた。
「うぃぃい。相変わらず早いねえ、タロウ君。ほんじゃ、交代よろしく。ヒック!」
明らかに酒を飲んだあとです、という顔をしたおっさん兵士が、そう言って帰っていく。
危うく姫の身に大変なことが起きようとしていたというのに、この体たらく。
ほんと、ぶん殴ってやろうか。
レイナックの護衛をしているおっさん連中は、元々は正式に城の警護を任されていた兵士だったらしい。
しかし不真面目だったり、何かしら失敗して落ちぶれたり。その結果、安い賃金で第三王女の護衛に回された連中なのだ。
そもそも本来なら、名のある家の出や騎士学校を卒業した者でもない限り、王族の姫の護衛として雇われることなどできない。
俺がここで護衛の兵士として雇われることができたのは、その対象が王族にとって邪魔者でしかないレイナックだったからだ。
出世コースから外れた者の行きつく先。
そんなレッテルが張られているとあっては、進んで彼女の護衛になろうとする者もいないだろう。
平民から志願を募っていれば希望者はいたかもしれないが、特に募集もしていなかった。
それらの事情を調べ上げた俺は、隊長を務めているというシュガーを捕まえて、安月給でもかまわないからという条件で志願した。
シュガーは意外にも、王家直属の騎士団長や勇者パーティーとのつながりもあるらしい。そんな彼を通したのが、功を奏したのだ。
そういった意味でも、シュガーにはかなりの借りを作ったと思っている。
まあそんなこんなで、俺が雇われることに成功したのはそういった経緯があるからなのだが。
それにしたって、真面目に護衛をしているのが俺とシュガーだけというのは大問題だぞ。
いずれこの俺自らが、レイナックを守護する最強の軍団を作ってやる。
固い決意を胸に秘めつつ、ドアをノックする。
「姫、おはようございます! タロウ、ただいま参りました!」
「あ、タロウさん! ちょっと待ってくださいね」
中から返事があったあと、しばらくしてドアが開いた。
鉄製のジョーロを手に持ったレイナックが、澄んだ笑顔を向ける。
「おはようございます、タロウさん。ちょうどこれから、花壇にお水をあげるところだったんです」
いつもどおり俺は姫の前でひざまずき、忠義の言葉を伝える。
「レイナック姫。私の剣を、生涯あなたに捧げると誓います」
「え、えっとですね。その、すごく嬉しいです。で、でもやっぱり! 私なんかのために生涯をささげちゃだめですから!」
あわわ、と手を振って、謙虚な姿勢を崩さない。
レイナックを守ることこそ俺の望みだが、やはりいつも困った顔をされる。それをストレートに伝えるのは、逆に迷惑なのだろうか。
いやしかし。
彼女の前にひざまずいて誓いを立てるのは、俺の楽しみの一つ。
取り上げられると、ちょっと悲しい。
「またやってんのか、タロウ。その捧げる剣がしょぼいんだよ」
眠そうにあくびをしながら、シュガーがのそのそ歩いてきた。
今日はいつもより早いな。
彼女を笑わすための罠を仕掛ける暇がなかったではないか。
「姫も大変ですね、朝から暑苦しいやつに絡まれて」
「い、いえ! そんなことないです。タロウさんのお気持ちは、すごく嬉しいです」
そう言うと彼女は少しだけ恥ずかしそうにしながら、パタパタと花壇のほうへと駆けていった。
* * *
お昼はレイナックとシュガーと俺の三人で簡素な昼食をとり、そして再び剣の稽古だ。
俺は人間の姿になるため、魔王の力を封印している。
そうでないと、魔王の力に肉体がついていけないからだ。
人間の肉体へと変貌する魔法は覚えたてで、まだまだこの姿に慣れていない。
人間の姿で魔族の力を使うには、もっと訓練がいるし肉体を鍛える必要もある。
理想は人間として、魔族の力なしでも魔王レベルの強さを身に付けることだが。
まずは人間の姿を保った状態で、魔族の力を開放できるようになることからだな。
もし人間の騎士として強くなることができたなら、ずっとレイナックの側にいることもできるだろうか。
レイナックと結ばれることも、可能なのだろうか。
いや、姿を変えたところで俺は魔族。
人間の彼女を伴侶として迎えたところで、幸せにすることはできないだろう。
「おーい、タロウ。稽古中にぼーっとするたぁ、偉くなったもんだな。集中しろよ」
シュガーに言われて、ハッとする。
「すいません。稽古の続きといきましょう」
「よし。いじめてやるから、かかってきな」
そう言って剣を構えたシュガーめがけて飛び込み、剣を振り下ろす。
我ながら、この姿だと何とも情けない一振りだな。
やはり俺の剣は受け流され、間髪入れずにシュガーが剣を横へなぎってきた。
身を低くしてその剣をかわし、いったん距離を取る。
「おまえって基本は出来てないが、身体能力はかなりのもんだよな」
魔王の力を押さえつけているとはいえ、まあそれなりにはね。
さて、もう一稽古つけてもらうかと、剣を構える。
そのとき、姫の小屋のドアが開いてレイナックが出てきた。
「シュガーさん、タロウさん。無理だけはしないでくださいね」
「姫は今日も城の中へ行かれるのですか?」
「はい!」
彼女は元気よく返事をしたあと、お辞儀をしてから城のほうへと歩いていった。
「姫はいつもこの時間になると城へ行きますが、もしかして他の王女のように城の中で暮らす予定でもあるんですか?」
「いや、第二王女が姫を呼びつけてるんだよ。侍女たちと一緒に、部屋の掃除や使いパシリをさせられているのさ」
「なんだって? それはどういうことですか、隊長!」
「まあ、嫌がらせってやつだな」
第二王女め。
魔王の俺が直々に仕えている姫を召使にしようとは、いい度胸だ。
いずれ灸をすえねばなるまいな。
「しかしそれにしては、楽しそうな顔をしていたけど」
「実際、楽しいのかもな。王様や王妃様に全然かまってもらえてないだろ。そのうえ、城の外へ出るにも許可が必要だし。周りにいるのは、俺みたいなおっさんばかりだし。以前の姫は本当にさみしそうだったんだ。だから理由はどうあれ、家族と関われるのが嬉しくてしょうがないんだろうな」
人間にとって、家族とはそれほどに重要な関係性なのか。
「まあ、あれだ。おまえが来てからの姫は、さらに楽しそうにしてるぞ。なにせ同世代のやつが近くにいることなんて、これまでなかったからな。だから、そんなに落ち込むなって」
俺では、家族以上の存在になれないのか。なんてことを思っていた矢先、まさかシュガーなんかに気を使われてしまうとは。
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