第41話 姫が持つ真の能力
「ぐおぉ!」
思った以上に気持ちいい感触が、右こぶしに残っている。
怒っているはずなのに、殴る快感を覚えるとは。これも魔王の血のようだな。
「術を解くにはおまえの魔力を絶つこと、だったな。じゃあ、おまえをぶっ殺せばいいわけだ」
吹っ飛んでいったクソヤロウに向かって、言葉を投げつける。
壁に激突したクソヤロウが、膝をガクガクさせながら立ち上がってきた。
「やってくれるじゃねえか。決めたぜ。今度こそ立ち上がれないようにおまえをボコボコにしてから、目の前であの女を何回も犯しまくってやる」
反吐が出るセリフが耳に入ってくるたび、怒りがこみ上げてきた。
今度はヤツが俺に突進してくる。
俺も迎え撃ち、やつが攻撃を仕掛ける前に蹴りを与えて吹き飛ばした。
「暴れるならよそでやれ馬鹿力。ここだとレイナックに危害が及ぶ」
クソヤロウは飛ばされながらも体制を立て直して床を蹴り、飛びあがった。
そこへ向けて、魔法の弾丸を飛ばす。
直撃だ。
俺の魔法を受けて、クソヤロウは床に墜落した。
落ちた場所へと追っていく。
「害虫駆除だな、まるで」
地面に転がるクソヤロウを見下ろしながら言った。
「ぐ! さっきとは威力がまるで違う。これがおまえの真の実力なのか」
性懲りもなく、クソヤロウが立ち上がる。
「くらえや! クソ童貞がぁああああ!」
叫びながら斧を振り下ろしてきた。
俺は魔力を防御力に転換して、斧の刃を左手で受け止めた。
「な! ば、バカな!」
そう来るだろうと思い、ここへ向かいながら強力な防御魔法の詠唱をすでに済ませていたのだ。
こういう筋肉バカは避けるよりも、真正面から受け止めてやったほうが精神的なダメージを与えられる。
しかし不思議だ。
怒りはとうに限界を超えているにも関わらず、先ほどのように意識が飛ぶことはなかった。
むしろ頭の中は妙に冷静なのだ。
左手で斧をつまむようにして持ちあげ、そのまま振り下ろす。
その勢いでカゼマルを地面にたたきつけた。
「うご!」
さらに足で踏みつける。
「おげぇ!」
「ずいぶんいい声でよがるじゃねえか。百回だったか? 俺がイカせてやるよ、クソヤロウが!」
蹴り飛ばし、浮いたデカい体をさらに殴りつける。
何度も殴りつける。
何度も何度も。
しかし、奇妙な感覚があった。
殺したいほどの怒りを感じているのに、殴りつける腕がそれを拒否しているようだった。
不思議に思い、自分の体をよく見る。
レイナックから発せられていた、あの不思議な金色の光が俺を包んでいた。
先ほどから頭がやけに冷静だったのも、この光の効果だったのか。
怒りの炎は消えていないのに、とても気持ちが落ち着いてくる。
そのうえレイナックを辱めたやつさえ、殺したいのに殺すのをためらわせる。
意味が分からない。どんな感情だよ。
殺したくないだと?
そんなわけあるか!
俺は苛立ち、クソヤロウの腹に横蹴りをくらわせた。
「ぐは!」
ついにクソヤロウが悶絶しながらうずくまる。
その様子を見届けてから俺は、戦いの最中に落としてしまった愛用の武器を取りにいった。
ネクロスサイズを拾い上げ、一振りする。
風を切るような心地よい音が鼓膜を震わせた。
この大鎌なら、俺の手がためらったとしても関係ない。
きっちりとどめを刺すことができるだろう。
元いた場所へ戻ると、カゼマルはいまだに腹を抑えて床にはいつくばっていた。
「苦しそうだな。今、楽にしてやろう」
処刑人さながら、ネクロスサイズを真上に持ち上げる。
そのまま振り下ろせば、首をはねて殺すことができるだろう。
いざ、とどめを!
そう思った瞬間、カゼマルの体が金色の光に包まれた。
ヤツだけじゃない。
俺の体も光に包まれている。
心が落ち着いていき、溜飲が下がっていくのを実感する。
しかし、これはいったいなんなのだ。
この光はレイナックから放たれていたのと同じものだ。
彼女には不思議な力が宿っている。
それは気持ちを落ち着かせて闘争心を緩和させる、その程度のものだと思っていた。
それだけじゃないのか。
これからいったい何が起こるというのだ。
やがて、うずくまっていたカゼマルが上半身を起こしてきた。
もはや戦う力など残されていない。それは明らかだった。
やつは震える手で、持っていた斧を自分の体の前に置いた。
そして、俺に向かってひざまずいた。
「タロウ・ナパムデス。おまえの強さに感服した。俺様を部下として従えてくれ。おまえの作る世界を見てみたいのだ」
突然何を言っているのだ、こいつ。
今、部下にしてくれと言ったのか?
いや、絶対おかしいぞ。
この男、そう易々と頭を下げるようなヤツじゃない。
戦ったから分かる。
自分の強さには自信がありつつも、騎士道なんてものはない。
自由に好きなことをして生きていく、そのために相手がどうなろうがしったこっちゃないの精神。
こいつは相手が自分より強いからといって、他人に従うなどできない男なのだ。
「まさか、これは……。テイマーの能力」
魔王城の書庫で読んだことがある。
数百年前、魔族と人間の大規模な戦争があった。
その戦争が激化する中で、人間側の味方をする裏切り者が徐々に増えていったという。
数は少ないが、魔族や魔獣をテイムする能力の持ち主が人間側にいたからだ。
その能力は天性のものであり、後天的に身に着けることはできないとされていた。
そうした事情もあり、やがて使い手もいなくなった。
だが、テイマーの能力を受け継ぐ血筋の者が、まだ残されていたのか。
それがレイナックだったというのか。
しかし戦記によると、魔族や魔獣はバトルで勝利せねばテイムすることはできないと記されていた。
ゆえに能力者は自らも腕を磨き、屈服するまで相手を傷つけてから能力を発動していたのだ。
つまりテイマーは自身の力で敵を倒し、味方につける能力者ということになる。
どういうことだ?
俺がカゼマルを倒し、そしてこいつは俺に対してひざまずいた。
さすがに俺がテイマーだったとは思えないし、そもそもこの不思議な光はレイナックから発せられたものだ。
そういえばグレインどもを蹴散らした後、やつらは今のカゼマルと同じようなことを言って、自ら俺の軍門に下った。
あのときも俺は、レイナックから発せられた不思議な光に包まれていた。
レイナックの能力が俺に宿っているのか。
テイマーの能力を他人にレンタルする。そんな能力なのだろうか。
謎は残るが、とりあえずカゼマルを俺がテイムしたと思っていいんだよな。
釈然としない。しかし、完全に毒気が抜かれてしまった。
まあいいか。
結局レイナックの貞操は守りとおせたし、とりあえずボコボコにしてやったわけだし。
「おい、カゼマル。姫にかけた魔法は解除されているんだろうな」
「俺様の魔力は、あんたの気合入った猛攻によって断たれた。スッカラカンってやつだ。つまりあんたの望みどおり、解除されてるぜ」
よし。
ならばあえて、こいつを殺す必要もあるまい。
テイマーによってこいつが配下に加わるというのなら、姫を守る駒として使えるかもしれないからな。
こいつの力は、かなり役に立ちそうだ。
「戦いは終わりだ。おまえの部下を全員連れて、そのまま退散しろ」
「了解だ。しかしタロウよ。思いのほかダメージが強くて、ろくに立てやしねえんだが」
仕方ないな。
俺は傷を治す魔法は苦手なんだが。
「
これで立つくらいはできるようになっただろう。
とはいえ焼け石に水程度。
カゼマルは踏ん張って力みながら、どうにかこうにかといった感じで立ち上がった。
「あれほどの魔力を持っていながら、この程度の回復魔法しか使えねえのかよ」
こいつ……俺の部下になったにしては態度がデカいな。
というか聖なる属性に近い回復魔法は本来、魔族が扱える代物じゃない。
そんな魔法を微力ながらも使えていることを褒めてほしいんだがな。
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