第1話 タロウという人間の朝はこうして始まる


「レイナック姫。俺の剣を生涯あなたに捧げると誓います」


 ひざまずいて放ったその言葉の先には、チョコンと椅子に腰かける一人の美少女がいた。


 透きとおった白い肌。多少の幼さを残しつつも、天使と見まごうほどに整った顔立ち。

 きれいに伸びたサラサラな金色の髪と、クリッとした銀色の瞳。


 まっすぐ俺に向けられたレイナックの微笑みを見上げながら、本気で思った。

 この人のためならば、たとえ命をささげることになったとしても本望だと。


 ああ、これが恋というものなのか!

 なんと苦しくも幸せな気持ちになれる感情なのだろう。これはハマる。


「あ、あの……。お気持ちは嬉しいんですけど。タロウさんの人生はタロウさんのものなんですから、簡単に捧げてはダメですよ」


 いつもどおり少し困った顔をして、かしこまっている。これがまたかわいい。

 誓いを立てた後の反応を見るのも、俺のいつもの楽しみだったりする。


 彼女の色んな顔が見たい。

 しかし一番のお気に入りの表情は、なんといっても笑顔だ。

 彼女を笑顔にして幸せになってもらうことこそが、俺の最大の望みである。

 だからこそ、こうして姫をお守りする兵士になった。


「姫、あれをご覧ください」


 俺は立ち上がると、部屋の窓を指さして注目するよう促した。

 窓の向こう側に、一人の兵士が見える。

 甲冑に身を包み、口ひげを蓄えた、厳つい顔の中年男性だ。

 彼はこの建物の入り口に向かって、まっすぐ歩いてくる。


「あ、シュガー隊長がきてくださったみたいですね」


 そう言いながらレイナックは、シュガーがそのうち開けて入ってくるであろう入り口のドアへと顔を向けた。

 三回ドアがノックされ、外からおっさんの声がする。


「姫、おはようございます! シュガー、ただいま参りました!」

「いつもご苦労さまです。どうぞ、お入りください」


 レイナックが返事をする。

 その声に反応したようにドアが開き、シュガーが入ってきた。

 と同時に彼の頭上から、調理室で拝借してきたボウルが落ちてくる。


 コツン。


 なかなか良い音を奏でたが、当のシュガーは無反応の無表情だ。


「ぷっ! あははははは!」


 思わず吹き出して、レイナックが大笑いする。

 この素敵な笑顔が見たくて仕込んだものだったが、成功してよかった。


「まぁたおまえの仕業か、タロウ!」


 俺の脳天に、シュガーのこぶしが振り降ろされる。

 そして彼は、笑い続けるレイナックをジト目で睨む。

 視線に気づき、レイナックはコホンと咳払いした。


「タ、タロウさん。だめですよ、こんないたずらをしちゃ。シュガー隊長にちゃんと謝ってください」


 主のご命令とあらば、仕方ない。


「すいませんでした、隊長」

「いや、おまえ……。これで同じ謝罪、何回目よ」


 呆れた顔で、シュガーがため息をつく。


「俺はただ、姫を笑顔にしたいだけなのです。そのための最適な方法がこれでして」

「あー、私のせいにしましたー!」


 レイナックが俺を指さして叫んだ。


 うーむ。

 これでは確かに、レイナックにまでいたずらの容疑がかかってしまうな。


「言い分が少々素直すぎたようだ。何事もまじめすぎるのが、俺の悪いところだな」

「何をぶつぶつ言ってんだ。おまえ、全然反省しとらんだろ」


 独り言をつぶやく俺の頭を、シュガーが再び小突く。

 だが、いくらでも俺の頭を殴るがいい。


 これまでレイナックを笑顔にするために色々試してきたが、シュガーをいじるのが最適解だと分かった以上、これからもおまえを利用させてもらうのだからな。

 おまえは彼女の笑顔を引き出すための、道具にすぎないのだよ。


「ふっふっふ」

「今度は一人でブキミに笑いやがって。見習いの分際で、ほんと生意気なやつだぜ」


 シュガーが俺の首根っこを掴み、部屋の外へと向かう。


「さあ、どうせやることもないんだ。今日も剣の稽古をつけてやる。いたずらした分、たっぷりしごいてやるぜ」


 見習いとして雇ってもらって以来、毎日のように朝と昼の稽古をしてもらっている。

 俺は兵士になるまで、剣を扱ったことはなかった。

 そんな俺にとって、シュガーの特訓は学びが多い。

 この時間はそこそこ好きだぞ。


「無茶だけはしないであげてくださいね」

「そうもいきませんよ、ただでさえ人手不足なんですから。早くこいつにも強くなってもらわんと。他の連中も、不真面目なやつらばかりですし」


 なんだか俺も一緒くたにされてやしないか?


「確かに他のやつらは役立たずばかりだが、俺は違いますよ! 命を懸けて姫を守ると誓ってますから! 本気ですよ、俺」

「ははは。オーケーオーケー、その意気だ。それでこそ鍛えがいがあるってもんだぜ」


 デカい手で俺の首根っこを掴まえたまま外へ出ると、シュガーはレイナックを残してドアを閉めた。


 * * *


 部屋の出入り口を抜けると、文字どおり扉の先は「外」である。


 ルドレンオブ国の巨大な城の隅っこにある、まるで突貫工事で取り付けられたような小屋。それがレイナックの寝床であり、部屋だった。

 ゆえに扉を開いたら芝生が広がっており、その先には高い城壁があるのだ。

 内装も姫の部屋とは思えない、まるで民家のような作りだった。


 もちろん、レイナックはれっきとした王族の姫だ。

 しかしこんな部屋に押し込められていることからも分かるとおり、王家の血筋でありながらも、レイナックに対する扱いはひどいものだった。


 ルドレンオブ国の王には長兄と三人の娘が存在し、レイナックは第三王女にあたる。


 本来なら第一、第二王女と同様、城の中で手厚くもてなされるべき存在のはずであろう。

 しかしレイナックはよりにもよって、城に仕える侍女と王の不倫によってできてしまった娘だったのだ。

 それが原因で王妃に大目玉を食らった王様はどうでもよいとして、怒りの矛先はレイナックにも向けられてしまったわけである。


 王妃としてはそのような娘を王族として扱うのは、我慢ならなかったようだ。

 しかし王の娘とあっては、捨ておくこともできなかったらしい。

 面倒なことにならぬよう、目に届く場所で監視したいとも考えたのだろうな。

 そんな理由があって、仕方なく城に置いているわけだ。


 とはいえ、城壁の内側の庭にポツンと一軒。

 城の者たちはレイナックのいる寝床を「下宿姫の小屋」と呼んでいた。


 しかも姫の護衛は、隊長のシュガーと見習いの俺を含めても五人しかいない。

 とんでもない話ではあるが、そのおかげでレイナックの側に居られるということもあって、俺としては複雑な心境だ。


「そんなに姫を慕っているのなら、早く強くなってもらわんとな。てことで、今日も俺が直々に剣の稽古をつけてやる」


 構えてみろ、といった感じでシュガーが顎を突き出す。

 俺は腰に携えた鞘から剣を抜き、両手で柄を持って構えた。


 踵は少し浮かせて、即座に動ける体制を作る。

 うむ、なんだかカッコよく構えられている気がするぞ。


「バッカ野郎! 持ち手が逆じゃねえか! あと足! もっと広げて重心を安定させろ! 何度教えりゃ分かるんだ」

「しかし隊長! 俺はこの構えのほうがしっくりいくのですよ」


 シュガーが顔を引きつらせ、額に血管を浮き出させる。


「てめえ。見習いのくせに口答えたあ、相変わらずいい度胸だぜ。剣の腕を磨きたいなら俺の言うことを聞け。そんなんじゃ、いつまでたっても姫様を守ることなんてできねえぞ」


 そこでレイナックを引き合いに出されると弱いな。

 剣術に関してだけは、俺よりシュガーのほうが上だろうし。

 ここは素直に応じておくか。


「分かりました、隊長! ここは言うとおり教えを乞うとしましょう。ふふふ、素直さこそ上達の要。さあ、存分に剣の技術を俺に教えるがいいでしょう!」


 ため息をつきながらシュガーがつぶやく。


「おまえ、なんでそんなにエラそうなのよ」


 ん?

 おかしいな。

 見習いになる前に敬語とやらも勉強して、ちゃんと使っているはずなのだが。

 俺のどこが偉そうというのか。



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